「国家を止める競馬(ストップ・ザ・ネーション)」の愛称を持つ「第159回メルボルン・カップ」が、11月5日にビクトリア州メルボルン市内のフレミントン競馬場で開催される。毎年11月の第1火曜日に10万人以上の観客を集めて開催される、フル・ゲート24頭、芝3,200メートルと世界で最も高い水準の3歳以上馬のハンディキャップ・レースである。世界で唯一、開催日が州の祝日となる国家公認の競馬で、賞金総額は昨年より70万ドル増額されて800万ドル、1着賞金440万豪州ドルとなった。優勝馬を予想し、メルボルン・カップを楽しむためのポイントを紹介する。
本記事の情報は9月23日時点のもの
昨年優勝のゴドルフィン軍団
筆者は、昨年のメルボルン・カップで最も注目すべきは、“アラブ首長国連邦の王族”モハメド殿下が率いる馬主の団体、ゴドルフィン軍団対メルボルンの最有力馬主、ロイド・ウィリアムズの戦いと書いた。そして結果はモハメド殿下が所有する英国馬クロスカウンターが優勝を飾り、初めてゴドルフィン馬がメルボルン・カップを制することになった。
クロスカウンターの調教は、ゴドルフィン軍団の中核専属調教師であるチャーリー・アップルビー、騎手は2000年、16年にもメルボルン・カップで優勝しているケリン・マカボイと最強の布陣で固められていた。そして昨年の優勝でケリンは、現役最多タイ3回目の優勝を記録した。ちなみにケリンは、オーストラリアで最高賞金額となるレース「ジ・エベレスト」で17年と18年に連続優勝しており、15年に女性騎手として初めでメルボルン・カップを制したミシェル・ペイン(プリンスオブペンザンス騎乗)は、ケリンの妻キャシーの妹である。
クロスカウンターの所有者であるモハメド殿下は、エミレーツ航空や世界最高峰ホテルと言われるブルジュ・アル・アラブ、そしてドバイ国際金融センターの事実上のオーナーであり、数兆円の巨額資金を出資して、世界中の牧場に600頭以上の有力馬を保有している。なお、ゴドルフィンの名は、サラブレッドの三大始祖の1頭であるゴドルフィン・アラビアンに由来する。
今年もゴドルフィンの出走馬は間違いなく第一に検討すべきである。
メルボルン最有力馬主ロイド・ウィリアムズ
ゴルフィン軍団迎え撃つのは、地元メルボルンのロイド・ウィリアムズ・ファミリーである。ロイド・ウィリアムズは、豪州最大のカジノであるクラウン・カジノの創設者であり、ギャンブル界や「チャンネル9」などのオーストラリアのテレビ・新聞メディアにも影響力を持つ経済界の大物である。
またメルボルン・カップでは、2016年(馬:アルマンダン、騎手:ケリン・マカボイ、厩舎(きゅうしゃ):ロバート・ヒックモット)、17年(馬:リキンドリング、騎手:コーレイ・ブラウン、厩舎:ジョセフ・オブライエン)の連覇を含め、過去最多の6回の優勝を勝ち取っている有名馬主でもある。しかし今年で79歳となり、現在は、息子のニック・ウィリアムズが取り仕切っている。
ウィリアムズ軍団は、今年17頭をノミネートしているが、中でも18年の「アイルランド・ダービー」優勝馬のラトローブ(アイルランド、4歳、厩舎:ジョセフ・オブライエン)、マスタジャー(英国、6歳、厩舎:クリス・リース)、ユカタン(アイルランド、5歳、厩舎:エイダン・オブライエン)に注目したい。
「ジ・エベレスト」と世界の高額賞金競馬
格式ではアジア・太平洋圏でナンバー1のメルボルン・カップだが、最高賞金額ではシドニーのロイヤル・ランドウィック競馬場で開催される「ジ・エベレスト(The Everest)」が芝の世界最高金額である。12頭立て、芝1,200メートルのスプリント・レースで、賞金総額は1,400万豪ドル、1着賞金は605万豪ドルだ。2017年に第1回として始まり、レッドゼル(騎手:ケリン・マカボイ)が2年連続優勝を飾った。
19年の世界最高額は、「ドバイ・ワールド・カップ」の賞金総額1,200万USドル。その他の高額賞金のレースは、フランス凱旋門賞の賞金総額500万ユーロ、日本有馬記念の賞金総額6億円などがある。
冠スポンサー
昨年からトヨタ自動車がエミレーツ航空(UAE)に代わって冠スポンサーになった。高級車ブランドの名を冠して「レクサス・メルボルン・カップ」と称される。
オーストラリアでスポーツ・イベントが祝日となるのは、メルボルン・カップとオーストラリアン・フットボールリーグ(AFL)の決勝戦グランド・ファイナルがあるが、どちらも冠スポンサーは、トヨタ自動車が独占することになる。
日本馬
メルボルン・カップやスプリング・レーシング・カーニバルでは日本馬が毎年活躍しており、今年は3頭の出走が予定されている。
昨年は、春の天皇賞5着馬のチェスナットコート(騎手:川田将雅(ゆうが)当時4歳、厩舎:栗東・矢作芳人(よしと))が純日本チームで挑んだが、14位に終わっている。
今年は、マイネルヴンシュ(5歳、厩舎:美浦・水野貴広)、メールドグラース(4歳、厩舎:栗東・清水久詞)、リスグラシュー(5歳、厩舎:栗東・矢作芳人)が出走を予定している。メールドグラースは、メルボルン・カップの前哨戦「コーフィールド・カップ(コーフィールド競馬場、芝2,400メートル、総賞金515万豪ドル)」にも参加する。2006年のメルボルン・カップでは日本馬のデルタブルースとポップロックが1、2着を独占し、今でもオージーに日本馬は人気である。
スプリング・レーシング・カーニバル
オーストラリアはスポーツ好きの国民だが、AFL、ラグビー、クリケットが開催されていない10月から11月初旬にかけて、VIC州ではスプリング・レーシング・カーニバルと呼ばれる競馬のG1レースが集中的に行われる。G1とはレースの格を表し、最高レベル(Grade 1)を意味している。
主に、コーフィールド・カップ(10月19日開催)、ジローン・カップ(10月24日開催)、コックス・プレート(10月26日開催)、ビクトリア・ダービー(11月2日開催)、メルボルン・カップ、VRCオークス(11月7日開催)、VRCステークス(11月9日開催)の7戦を指す。ビクトリア・ダービーからVRCステークスまでをメルボルン・カップ・ウィークと言い、G1の4レースが集中して街中がお祭りムードに包まれる。ちなみにコーフィールド・カップとメルボルン・カップの両レースで優勝するとカップス・ダブルと呼ばれる。
ハンディキャップ
一般的に出走馬は決められた負担重量(騎手、鞍などの総重量)を背負って出走しなければならない。レースによって負担重量は異なるが、メルボルン・カップでは、実力が違う出走馬の条件を均等にするため、有力馬に付加重量を乗せて均等な条件にするハンディキャップ制が取られている。そのため、ハンディキャップは勝ち馬予想の中で非常に重要な要素である。
基準重量に、獲得賞金、勝利度数、勝利したグレードなどによって重量が加算され、良い結果を残した有力馬ほど重い重量が課される。この3年は、軽量のハンディキャップ馬が優勝しており、負担重量が51kg~53kgの軽量ハンディ馬が一般的には有利と見られる。
昨年の有力馬
以下に紹介する昨年の上位入賞馬は、今年も有力馬と考えて良い。
●昨年の1位:クロスカウンター(英国、当時3歳、騎手:ケリン・マカボイ)
●2位:マルメロ( 英国、当時5歳、騎手:ヒュー・ボーマン)
●3位:プリンスオブアラン(英国、当時5歳、騎手:マイケル・ウォーカー)
●4位:フィンシュ(英国、当時4歳、騎手:ザカリー・パートン)
●11位:ユカタン(アイルランド、当時4歳、騎手:ジェームズ・マクドナルド)
などが出走を予定している。
調教師
メルボルン・カップの馬券の買い方の中で、筆者が最も注目しているポイントは、調教師(厩舎)と馬主との組み合わせである。昨年メルボルン・カップ優勝馬、クロスカウンターが代表的な例と言える。
有力調教師は名門厩舎を経営し、富裕層のオーナーから多数の有力競走馬を預かり、高額賞金の競馬レースに出走させている。勝つべくして勝つのがメルボルン・カップと言える。
注目しておきたい有力調教師を以下に紹介する。
●チャーリー・アップルビーとサイード・ビン・スルール
ゴドルフィン軍団の専属調教師。オーナーの多くが富裕層ということもあって、豊富な財源で調教を行い、数々の競走馬を重賞レースで優勝させている。ゴドルフィン軍団は欧米や日本の競馬界に旋風を巻き起こしている。
■チャーリーが調教した有名馬:イズポリーニ(英国、4歳)、クロスカウンター(英国、4歳)
■サイードが調教した有名馬:レッドガリレオ(英国、8歳)
●父エイダン・オブライエンと息子のジョセフ・オブライエン
2017年のメルボルン・カップでは、息子のジョセフが調教したリキンドリング(騎手:コリー・ブラウン)が1着、父親のエイダンが調教したヨハネスフェルメール(騎手:ベン・メルハム)が2着と、親子でメルボルン・カップの1-2着を制した初めての例となった。エイダンは、世界で最も名高い調教師の1人に、ジョセフはメルボルン・カップ史上最も若い優勝馬調教師となったのだ。
更に見逃せないのは、リキンドリングとヨハネスフェルメールの2頭の馬主が共にロイド・ウィリアムズであるという点である。今年のメルボルン・カップでは、息子のジョセフが調教したラトローブ(アイルランド、4歳)、マスターオブリアリティ(アイルランド、4歳)、父のエイダンが調教したユカタン(アイルランド、5歳)、コンスタンチノープル(アイルランド、3歳)が出走予定だ。
●クリス・リース
現在オーストラリアでナンバー1の調教師。今年はウィリアムズ親子所有の人気馬マスタジャー(英国、6歳)で勝負する。
●クリス・ウォーラー
名馬ウィンクスを手掛けた名調教師。今年引退したウィンクスだが、コックス・プレート4連勝などG1レース25連勝を含む33連勝、2018年の世界ランキング1位、通算獲得賞金で世界歴代1位など、数々のタイトルを獲得した。2,000メートルまでの短中距離の競走馬であり、3,200メートルのメルボルン・カップに出場することはなかったが、もし出場していたらメルボルン・カップの歴史を変えたかもしれない名馬であった。クリスが調教した馬としては、今年4月のGIレース、シドニー・カップで勝ったシュラオー(アイルランド)、フィンシュ(英国)が出場予定だ。
●ロバート・ヒックモット
2012年(グリーンムーン)、16年(アルマンダン)でメルボルン・カップを2回制した調教師。元、AFLオーストラリアン・フットボールの選手でもある。ロイド・ウィリアムズに見出され、今年はジャンゴフリーマン(ドイツ)で挑む。
ジョッキー
メルボルン・カップでは、オーストラリア、ヨーロッパ、アジアから世界のトップ・ジョッキーが集結する。まだ騎乗馬などは決まってないが、有力騎手を紹介する。
※【】内は9月23日付けの世界ランキング順位
●ケリン・マカボイ【6位】
南オーストラリア州出身。今年もクロスカウンターに騎乗して2連覇が期待されている。「ジ・エベレスト」でも2連覇を果たし、好調を維持している。
●ザカリー・パートン【1位】
香港ジョッキー・クラブに所属だが、オーストラリアのブリスベン出身。昨年は、クリス・ウォーラー調教のフィンシュに騎乗して4位。現在、好調のジョッキーで狙い目である。
●ライアン・ムーア【4位】
2014年メルボルン・カップ優勝馬プロテクショニストに騎乗した英国人。欧米のG1レース、ジャパン・カップなどを制し、昨年までに日本でも94勝を上げておりファンが多い。昨年9月の世界ランキングでは1位だった。
●ヒュー・ボーマン【2位】
オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州出身。昨年のメルボルン・カップでは、マルメロで惜しくも2着。前述の名馬ウィンクスが勝利したレースの大半で騎乗した。ウィンクスと共にヒュー・ボーマンの名声も高まった。
●ジェームズ・マクドナルド【33位】
ニュージーランド出身の27歳で、今、注目の若手スター騎手。ゴドルフィン軍団の馬に騎乗予定だ。
●ダミアン・オリバー【62位】
2013年のフィオレンの騎乗などでメルボルン・カップ優勝3回の記録を持つ。2006年のメルボルン・カップでは日本馬のポップロックに騎乗し2着。
ファッション
スプリング・レーシング・カーニバルの期間中、メルボルンの街は華やかに着飾った人たちで埋め尽くされる。メルボルン・カップの一般入場者にはドレス・コードはないが、男性はスーツ、ネクタイ、皮靴の着用など正装に準じるドレス・アップが求められている。海外からの来場者向けに、フォーマルな民族衣装の着用も歓迎されている。また、メルボルンの老舗デパート、マイヤーが開催する豪州ファッション界の最高峰ファッション・コンテスト「ファッション・オン・ザ・フィールド」も開催される。出場者は全国各州で予選を行うが、ビクトリア州ではダービーのレース会場などで予選を行い、優勝者はオークス・デー(11月6日)に決定する。
ちなみにメルボルン・カップの前哨戦であるコックス・プレートはムーニー・バレー競馬場で行われるが、こちらのファッション・コンテストの主催はシドニー出身のデビッド・ジョーンズである。いずれのレースでもファッション・ビジネスの最先端の舞台として、各社が熾烈(しれつ)な戦いを行っている。
レース
メルボルン・カップ・デーには、全10レースが行われる。第1レースは午前10時50分出走。メルボルン・カップは第7レースで午後3時出走。一般観客席には、臨時馬券売り場が設けられる。販売係のスタッフが馬券の買い方を親切に教えてくれるので、初めて馬券を買う人でも安心だ。
会場への行き方
フリンダース駅から多数の特別列車が運行している。トラムで行く場合は、フリンダース駅エリザベス通りで57番トラムに乗車。レース当日はフリンダース駅は日本のラッシュ・アワー並みに大混雑するので時間に余裕を持って移動しよう。
競馬場
当日、一般入場券($89)は競馬場では発売していない。ウェブサイトやフェデレーション・スクエアの特設売り場、フリンダース駅、サザンクロス駅などで事前に購入しておこう。入場券がないとフレミントン駅から出ることもできないので注意。開場は午前8時半から。なお、会場にアルコール飲料は持ち込めない。
会場に着いたら、レース・コースのすぐ前に陣取ることが観戦のコツ。レースがスタートすると全員が立ち上がるので芝生席では最前列付近以外はレースが全く見えなくなるので、良く考えて場所取りを。
家族連れのエリアもあり、子どもたちも楽しめる施設もある。車いすでの入場も可能だ。競馬場内はアルコール禁止区域なので安心して楽しめる。スマートフォンで、フレミントン競馬場ガイドのアプリをインストールしておくのもお勧めだ。
馬券購入ガイド
競馬場、フェデレーション・スクエア特設馬券売り場、クラウン・カジノ、インターネットなどさまざまな方法で馬券は購入可能。
●Win(ウィン:単勝) 選ぶ馬は1頭。1着の馬を当てる
●Place(プレイス:複勝) 選ぶ馬は1頭。3着までに入る馬を当てる
●Each Way(イーチ・ウェイ:単勝と複勝の組み合わせ) 選ぶ馬は1頭。1着に入ればWinの配当、3着までに入ればPlaceの配当というお得な馬券
●Quinellas(キネラ:連勝複式) 選ぶ馬は2頭。1着、2着を当てる。1着、2着が逆でもOK
●Exacta(エグザクタ:連勝単式) 選ぶ馬は2頭。1着、2着を着順通りに当てる
●Trifectas(トライフェクタ:3連単) 選ぶ馬は3頭を着順通りに当てる
●First Four(4連単) 選ぶ馬は4頭を着順通りに当てる
これ以外にも複数のレースにわたって賭ける馬券もある。
■Melbourne Cup
会場:Flemington Racecourse(448 Epsom Rd., Flemington VIC)
日程:11月5日(火)3PM出走
Web: www.melbournecup.com、www.racingvictoria.net.au
文・写真= イタさん(板屋雅博)
日豪プレスのジャーナリスト、フォトグラファー、駐日代表
東京の神田神保町で叶屋不動産(Web: kano-ya.biz)を経営