首都特別地域政府のマリファナ「解禁」
ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹
9月25日、首都特別地域(ACT)の一院制議会は、労働党政府が上程したマリファナ「解禁」法案を可決している。
法律の内容
「マリファナ解禁法」は、個人がレクリエーションのため、すなわち娯楽や気晴らしのためにマリファナを使用したり、栽培したりすることを合法化するものである。周知の通り、医薬品としてのマリファナの使用は既に認められつつあるが、レクリーエーション用としての合法化は、ACTの政策が全国9政府の中でも(注:連邦政府と6州政府、そして州のステータスを持たないACTと北部準州NT)初めてのものとなる。
具体的には、18歳以上の者が、最高で50グラムまでのマリファナを保持することや、1世帯で4株までのマリファナを自宅で栽培することが合法化される。なお、施行は来年の1月31日からとなっている。
労働党には、ドラッグ/麻薬中毒問題を犯罪問題ではなく、健康・医療問題と捉えるべきと考える向きが多いが、労働党のバーACT主席大臣も同様の主張を行っている。またバーは、マリファナを「解禁」することによって、警察の貴重な資源をドラッグ密売人ネットワークの摘発といった、ドラッグ関連犯罪者の追及により振り向けることができると強調しつつ、「解禁」を正当化している。
ACT政府の歴史と現行政府
連邦制を採用する豪州だが、連邦や6州に加えて、NTに自治政府が誕生したのは、約40年程前の1978年のことである。一方、連邦直轄地のACTに自治政府が誕生したのは89年、すなわち、ホーク第3次連邦労働党政権の時代であった。実は皮肉なことに、ACT住民の多数は自治政府の設置には反対で、初期のACT議会には、自治政府反対を唱えて当選した無所属議員がいたほどである。いずれにせよ、州とは異なり、連邦結成から長年を経てようやく誕生したNT及びACT政府だが、州のステータスを持たないだけに、連邦憲法内にも記載されておらず、また両政府共に、州とは異なるさまざまな特徴を備えている。
ACT議会だが、前回ACT選挙が実施されたのは2016年10月のことで、現行の議会情勢も基本的には同選挙直後のものと同様となっている。NT議会と同じく、定数が25のACT一院制議会における選挙直後の政党勢力分布は、バー率いる与党の労働党が12議席、ハンソン率いる野党自由党は11、そしてグリーンズ党が2であった。最大勢力の与党労働党も、過半数には1議席だけ不足していたわけだが、ただ与党は12年のACT選挙以降、グリーンズ党1議員の閣内協力を得てマイノリティー政権を維持していた。16年選挙後もグリーンズ党は労働党への支持を明確にし、その結果、バー労働党政権が存続することとなったのである。これで労働党は連続して5選を達成し、20年10月に実施される次期ACT選挙まで、ACTでは実に19年もの長期労働党政権が続くこととなる(注:現在ACTでは4年間の固定任期制を採用)。
改めて言うまでもなく、労働党とグリーンズ党はイデオロギー的にも近く、それどころか、とりわけグリーンズ党が重視する気候変動対策では、バー労働党は過激なグリーンズ党並みであるし、一方で、自由党とのスタンスには相当な差がある。労働党とグリーンズ党との「近さ」を如実に示したのが、12年ACT選挙後に両党が交わした覚書の中身で、同覚書は政策を中心に合計で100程度もの項目での協力、協調が謳われていた。これは、いみじくも両政党には「共通項」が多いことを再認識させるものであった。
ところで、ACTが採用する特殊な「ヘアー・クラーク選挙制度」の下では、一般に小政党や無所属議員も比較的容易に議席を獲得することができるとされ、逆に言えば、2大政党の一方が、議会で過半数を制することは極めて困難となる。実際に、1989年に自治政府が誕生して以降、ACTでは89年、92年、95年、98年、2001年、04年、08年、12年、そして16年選挙と、合計で9回の選挙が実施されたが、2大政党が単独過半数を制したのは、04年選挙で労働党が9議席を獲得したケース1件のみであった(注:当時のACT議会定数は17)。ところが、16年ACT選挙には総計で141人という、記録的な数の候補者が出馬したものの、換言すれば、相当数の泡沫候補/小政党候補が出馬したものの、2大政党及び環境保護のグリーンズ党以外の候補者は当選していない。附言すれば、ACTの歴代選挙には、それぞれ独自の勝因や敗因があったわけだが、ただしACTは、そもそも労働党が勝利するのが自然な地域と言える。
ACTが労働党の地盤であるのは、ACTの労働人口に占める連邦/ACT公務員の異常な高さと、労働党が自由党よりも「大きな政府」を志向していること、そして組織率の高く強力な公務員組合の影響もあって、各地の労働党政府が公務員の待遇向上に極めて熱心との事情がある。さらに言えば、ACTには高学歴で高所得の住民が多く、また進歩的な有権者が多いとの事情もある。そのため、ACT「本流」の労働党を破るためには、自由党には相当な「追加」要因のあることが不可欠となる。同要因の中で最も重要なのは、リーダーに対する評価の高さ、人気で、かつてACTに自由党政府が誕生したのも、カーネル女史と言う、人気政治家が存在していたおかげであった。
ちなみに、現在のバー主席大臣は、労働党の(強硬)左派に所属するが、自身が同性愛者ということもあって、社会的弱者の権利擁護、増進にはとりわけ熱心である。
ACT及びNT政府の限界
以上のようなACTの政治状況、政治環境を背景にして、保守層から見れば極めて過激なマリファナの「解禁」法案が成立したのだが、ただNTと共に、州のステータスを持たないACTの権限は相当に限定されている。実のところ、「解禁」政策の行方にも不透明感が漂っており、同政策の行方は連邦政府/議会の意向次第と言える。
と言うのも、州と特別地域とのステータス、権限には大きな違いがあり、連邦はその気になれば、NTやACTの法律を無効にする力があるからだ。要するに、州に比べてNTやACTの裁量権は、著しく制約されているのだ。
好例であったのが、かつてNT政府の施行した安楽死法が、連邦議会によって無効にされた一件であった。このNTの安楽死法は、当時は世界でも初の試みであった、「能動的」な安楽死を認めるというもので、実際に何人かの希望者がNTのレジーム下で安楽死を遂げている。ところが、強硬保守で鳴ったハワード連邦保守連合政権はこれに強く反発し、同じく社会的には強硬保守のカトリック系野党労働党議員の支持も受けて、1997年にNT安楽死法の無効化法案を連邦議会に上程し、同法案を成立させることに成功したという経緯がある。
一方、ACTでも連邦の介入により、ACT労働党の政策が否定、無効となるという事態が発生している。それは2013年の12月に、豪州最高裁が全員一致で、ACT議会の制定した「ACT婚姻均等法」(同性婚姻法)は、連邦婚姻法に違反し、競合する故に、無効であるとの判決を下したことであった。ACT婚姻均等法が施行されたのは判決の1週間ほど前で、その後ACTでは合計31組の同性愛者が同法のもとで正式に婚姻したが、婚姻の法的認知もわずか1週間の短命に終わっている。周知の通り、同性愛者間の婚姻の法的認知問題は、ターンブル保守連合政権下の17年に大きな政治イシューとなったものだが、結局、法的認知の是非を問う郵便国民/住民投票での圧倒的支持を受け、17年の12月には認知法案が連邦議会で成立している。ACT労働党政府、しかも労働党左派のリーダーに率いられていたACT政府は、それから4年以上も前に、早々と同様な政策を採択していたのである。
ところが、13年9月に誕生したばかりの保守連合政権を率いていたのは、自由党の強硬保守で、しかも敬虔なカトリック教徒でもあるアボットであった。そのためアボット政府は、最高裁に違憲訴訟を行ない、その結果、最高裁は無効判決を下したのである。ACT同性愛婚法に関しては、判決の詳細は公表されなかったものの、主要理由は連邦制の観点からのものであった。
連邦憲法は第51条において、合計39項目にわたり、連邦議会の持つ法律制定権限を列記しているが、その21号では「婚姻」、そして22号では「離婚及び夫婦たるの要件、並びにこれらに関連する親権及び未成年者の後見監督」と規定している。ただ現在、婚姻関連の法律は連邦法だけではあるものの、婚姻関連の法律を制定する権限は、連邦議会だけが持つ専管的権限ではなく、連邦と州議会が併せ持つ共管的権限とされる。実際に「1961年連邦婚姻法」が制定される以前には、各州に婚姻法が存在していた。
ただし、他の共管的権限分野と同様に、連邦と州議会が同一分野で独自の法律を制定した場合、しばしば両者に矛盾が生じる、両者が競合することとなる。そこで連邦憲法の第109条には、「州の法律が連邦法に違反(競合)する場合においては、連邦法が優先し、また違反(競合)する限度においてその効力を失う」との規定が設けられており、両者が衝突した場合の解決手段が用意されている。確かに憲法の規定は、連邦法と州法との競合問題に関する規定であり、一方、ACTは州のステータスを持たないわけだが、ただ88年にACTに自治政府を誕生させた法律には、第109条と同様の規定が盛り込まれている。
さて連邦婚姻法には、婚姻とは男性と女性との間で行うものと明瞭に定義されていることから、同性間の婚姻を法的に認めたACTの婚姻均等法は、当然のことながら連邦婚姻法と衝突し、従って無効となるように思えた。しかしながらACT政府の論点は、ACT婚姻均等法とは、男女間の婚姻を規定した連邦婚姻法とは別の制度、別のレジームを構築したもので、同性間婚姻を除外した連邦のレジームを補完するもの、連邦レジームと共存するもの、という点であった。
ACT政府としては、それを強調した法律の条文作りに配慮もしたのだが、結局、最高裁の判決は、連邦婚姻法に矛盾するというものとなった次第である。同判決は、婚姻といった、社会の基本的な制度に関する法律制定権は、全国統合的かつ公平なレジームを構築できる、連邦議会の主要な権限、換言すれば、連邦の専管的権限に相当に近いものであるとの、最高裁の判断を示すものと言えよう。
マリファナ解禁法の行方
さて、ACT労働党政府の今回の動きに対しては、「ドラッグ撲滅戦争からの敵前逃亡」との声や、比較的無害とされるマリファナの解禁が、コカインや覚醒剤といった、より危険なドラッグの使用インセンティブを刺激する、あるいは、マリファナは決して無害ではなく、統合失調症を始めとする精神疾患の原因になる、さらには、マリファナ使用者による交通事故の発生の危険性等、さまざまな問題点が指摘されている。
一方、法的にもやや混乱した状況となることが予想されている。というのも、当然ACT住民にも適用される連邦法では、マリファナの保持や使用は依然として犯罪行為であるからだ。そのため警察側からは、取り締まりが複雑化する、あるいは警察官によってマリファナ使用/保持者への対処ぶりが異なる可能性、なども指摘されている。
なお、この点に関してバー主席大臣は、仮に連邦法に基づき摘発、起訴されても、ACT法の存在は使用者/保持者への強い擁護となる、云々と発言しているが、やはり混乱させるものであるのは否定できない。
ただ何と言っても重要なのは、上述したように、ACTやNTの立法、行政への介入力を持つ連邦の動きである。ACT解禁法については、関連するモリソン連邦政府の有力閣僚であるハント保健大臣、ダットン内務相、ポーター法務相(兼労使相)が、こぞって反対、反発しており、今後同法を精査して、必要ならば然るべき措置を採ると述べつつ、連邦の介入によるACT解禁法の無効化までを視野に入れた、対応策の可能性を示唆している。連邦の動きが注目される。