「スカルプチャー・バイ・ザ・シー」出展
ガラスの彫刻家
家住利男さん
インタビュー
シドニーのボンダイ·ビーチで毎年恒例となっている人気アート·イベント「スカルプチャー·バイ·ザ·シー(Sculpture by the Sea Bondi)」に常連として作品を出展してきた家住利男さん。今回出展した作品も、彫刻では珍しい板ガラスを素材に作り上げられており、見る角度や光の入り方によってさまざまな姿を見せ、多くの人びとを魅了している。異彩を放つ本作に込めた思いや、手作業で彫刻を作る意義などについて話を伺った。
(文・インタビュー=石神恵美子)
――家住さんはガラスで彫刻を作っていらっしゃいますが、こだわっていることは何ですか。
まずは板ガラスを接着して塊を作り、その後は石の彫刻と同じように削っていくのですが、板ガラスは表面をコーティングすると鏡のようになり、反射値を変えることができます。そういった板ガラスを接着していくことで、塊の中に反射するコーティングの膜をたくさん作ることができ、それによって作品に差し込む光を塊の中で何層にもわたって反射させることができるのです。
後は板ガラスの色も重要ですね。板ガラスはガラスの中で最も安いのですが、その理由は材料の質が悪く、不純物が入っているからです。不純物が入っていると、光が入った時にぶつかるため、透過する光の量が少なくなります。板ガラスの不純物の多くは鉄で、0.0何パーセントと、ものすごく少ない量ではあるのですが、それが緑に発色します。そして、板ガラスの厚みが増していくにつれて、緑色が強くなって水のような色になるのです。
――不純物の混入を逆手に取って、作品の味にするのが面白いですね。
古代から職人たちがずっと目指してきたのは無色透明のガラスなんです。今となっては、カメラのレンズのように徹底的に不純物を排除したガラスが作れるようになりましたが、昔はそれがとても難しいことでした。ダイアモンドでも、高いものは無色透明のものですよね。しかし、アクリルという無色透明の素材が出てくると、アクリルと区別が付かなくなってしまうことから、無色透明なガラスへの憧れみたいなものが薄れた気がします。逆に人間の手では施せない不純物があることで奇麗な緑色を作れる。不純物自体に初めて意味があると思えるようになった点が、面白いですよね。
そして緑色という色もすごく重要です。というのも、人間の目ってものすごく緑に対して敏感だからなんです。例えば、デジカメの撮影素子はRGBではなく、Gが2つあるRGGBです。1千万画素あるとすれば、レッドが250万、ブルーが250万、グリーンが500万画素という具合に緑の領域の情報が多くなっています。緑色は水とか森とか自然界に溢れている色で、人間が一番落ち着く色でもありますよね。そういう意味でも作品にあの緑色があることで、観た人がその中に吸い込まれていくような感覚になるのだと思います。人工的な色をガラスに付けることもできますが、板ガラスの色は調整できないものなので、本当に特別な色なんだなと感じています。
――今回の作品に込めた思いを教えて下さい。
ガラスの彫刻には、反射する光と透ける光の両方があります。鏡を見ると、鏡に写っているのは自分たちがいる世界だと分かりますが、ハーフ・ミラーの場合は、向こう側の景色とこちら側の両方が見えますよね。透過する光と反射する光によってそのような現象が起きます。それと同じように、ガラスの彫刻でも反射する光と透過する光を上手く取り込めると、反射しているのか透けているのか分からなくなるのです。透けていて向こうが見えているのに反射しているように見えたり、そういう作品を作りたいと思いました。
また、石の彫刻も金属の彫刻も、一般的に作品自体はどこにあっても自分が作った作品そのままの表現になりますよね。彫刻自体に色もテクスチャーもありますから。でもガラスの彫刻の場合は、テクスチャーがなくて置く場所によって異なる作品になります。鏡を置くと、鏡自体はあっても鏡が写し出す物が変わるように、私の作品も置く場所によって変わります。そういう風に、物を見せるというよりも出来事を見せると言いますか、観る人が作品の周りを動くことによっても変化するので、その変化を体験してもらいたいと思っています。ボンダイの場合、海自体がガラスのようで色もとても青いですよね。また、水平線がはっきりしているので、その点も面白い場所だと思います。
――海外で展示される作品ということで、あえて日本らしさを意識することもありますか?
日本人らしさを意識的に反映するというよりは、結果的にそうなってしまうのでしょうね。日本人の作品の方が緻密と言いますか、技術的に繊細だと思います。私は、もともとガラスの工芸をやっていました。それが転じて、今は彫刻を作っています。でも、彫刻も工芸も変わりません。実際に使える小さいものであれば、おそらく工芸と呼ばれるだろうし、ちょっと大きくなって使えないものだと、彫刻、もしくはオブジェと呼ばれるのではないかと思います。
また、素材との関係性についても思うところがあります。おそらく、海外の彫刻家には作品を作るために素材を選んで扱うという意識がある気がします。素材を自分が支配できるという立場です。日本人には、対等な存在として素材と向き合う人が多いと感じます。人と人との出会いにも通じますが、自分の自由にならないことを前提として、素材と自分双方が合わさって作品が出来上がるのです。私の場合はガラスですが、ガラスと関わることで作品が立ち現れてくる瞬間があります。そういう意味で作ることは面白いですね。
――ガラスならではの難しさもあるのでしょうか。
やはり他の彫刻と違って透明であることだと思います。彫刻自体はもともと、観ている私たちに近付いてくるような、圧迫感が重要で、重さがないといけないのです。圧迫感がある事によって、その作品自体を見せるイメージです。それに対して、ガラスは透けてしまうので、圧迫感がないんですよね。圧迫感がない分、絵画や鏡みたいに奥行きが大事になると思います。ガラスの中に奥行きを出すことで周囲の空間とつなげることができ、作品の中に“別世界”が見えることを目指しています。
――室内で飾られる場合と、また違いますよね。
室内は人口光ですしね。でも、室内だと外に向かって作品が広がっていく感じがあって、室内空間自体を広くしてくれる気がします。一方、屋外だと、空間自体が広いので、作品に光が集約していくような、どこか違う次元の空間に行ける窓のようなものになる点が面白いと思っています。
――縦長のシルエットにも何か意図があるのでしょうか。
海があってその上に空が広がるという水平線に対して上下を貫くような筋があれば、それが空と海をつなぐ1つの何かになる気がしました。もしくは、1つの空間を作り出す絵として捉えることもできるんじゃないかと……。見え方の変化を体験して頂くのも目的の1つなので、作品の周りを歩き回ってもらいたいという意図もあります。次の作品は床に置く水滴みたいな形のものを作っていて、縦長のものとは全然違った作品になると思います。
――世界中からのさまざまな彫刻作品が展示されている中で、家住さんの作品は観た瞬間に心に響く美しさが印象的でした。
コンセプトがあってその説明を聞いて「なるほど」と思える作品と、観ていて何となく落ち着くなど身体的な部分で惹かれる作品と、2つのタイプがあると思います。言葉と身体で感じることには違う点があるでしょうから、どちらが良い、悪いということはありません。例えばおいしいものを食べたり、音楽を聞いたりするように、身体に即した作品があっても良いと思います。特に現代は視覚に偏りすぎていますから。作品を観て何かを感じるというのは、体験しているということでもあります。そして体験するには、そこに居合わせることがとても大切だと思っています。
作っていても、身体ってすごく大切なんだなと感じます。しかし、彫刻の世界も3Dプリンターの登場で大きく変わっていくと思います。皆さんは大したこととは思っていないかもしれませんが、あれはすごいことです。3Dプリンターがあったら、体を使わなくても物ができてしまうのですから。私たちの体を介さずにいろいろなものが知識として、そのまま携帯できるようになるというのはすごいことで、これからの社会がどうなるか、本当に想像がつかないです。スマホで操作するだけで、3Dプリンターで物が出来上がる時代が来たら、手で作ること自体がなくなっていきますよね。プリンターができたことで染色が変わってしまったように。
――手で作られる物が減っていく可能性があるということですね。
例えば、写真でもスマホは被写体をそのまま写しているのではなく、それらしく見えるように作っているのです。だから誰でも奇麗に撮れますよね。私は「それって良いこと?」と思ったりします。私は良くないことだと思っていて、なぜならそれは誰かが作ったものであって、多くの人が見たいと思うものを見させられていると思うのです。そして人びとはそれに違和感を感じなくなってきている。どんどんこの世の中にはノイズがなくなっています。さっき話した板ガラスの緑色も、ノイズなんでしょうね。ノイズがあるから面白い。薬品や技術が進歩したり、この20~30年でさまざまなことが急変化しました。それでも思うのは、一番自分なのは身体であって、それにもかかわらず一番意識しないのも身体なんです。身体をどこかで意識することが必要なのかなと思います。ものを作ると、自分の知らなかった自分の身体に出合えます。学生たちに立方体を作らせたことがあるのですが、全員違うものを作りました。見事に全員違うんです、面白いくらいに。それが個性だと思います。
■日程:開催中~11月10日(日)終日
■料金:無料
■Tel: (02)8399-0233
■Email: info@sculpturebythesea.com
■Web: sculpturebythesea.com
プロフィル
家住利男◎栃木県出身。高等学校卒業後カメラ·メーカーに就職し、レンズ研磨の技術を習得する。1983年東京ガラス研究所に入学、グラス・アートを学ぶ。在学中に板ガラスを用いた彫刻制作を始める。1985年に同研究所卒業。その後、板ガラスを用いた独自のガラス彫刻技法を開発。日本国内外で高く評価され、展示・コレクションされている。作家活動の傍ら1995~2016年の間、倉敷芸術科学大学で教鞭を取った。