人間脳の話
他人から批判されると過剰に反応し、激しく怒る人がいるとします。「自己愛性人格障害」という用語でくくられるその特徴は、自分のことが大好きで周りを気にしない、いわゆる「自己中」とは根本的に異なり、一見自分のことが大好きなように見えて実は自分に自信がなく、人からどう思われるかを異様に気にします。ささいな批判も受け入れず、文句を言われると、相手を悪者にして逆恨みし、攻撃します。
以上の話は例に過ぎませんが、今回はこうした問題と脳との関係について少しだけ触れてみたいと思います。
「人間脳」の進化には順序があって、特に、幼少期に体験した記憶が蓄えられる「扁桃核(へんとうかく)」とその後に進化する情動コントローラーである「前頭葉」の働きが人格に大きな影響を及ぼすとされています。情動を乗っ取られて起きる問題行動には、「扁桃核の暴走」と「前頭葉の機能不全」という2つの現象が大きく関わっており、それぞれ、扁桃核の暴走には親からの虐待や暴力が、前頭葉の機能不全には過保護などの甘やかしが影響を与えていて、両者がそろえば、より深刻な症状が出るとも言われています。
また、年齢と共に、人は、本能の暴走を抑える理性、考える力、創造性、先見性と判断力、我慢、継続的な努力をするための抑制力、人を思いやり共感する力、記憶力、複数の知的作業を振り分けて同時進行する力など、複雑に「人間らしく」脳を進化させていくのですが、一方で、本能活動や情動を司る原始脳も持っていて、敵か味方か、強いか弱いか、損か得か、戦うか逃げるかといった二者択一の単純行動を決定する働きを担っています。自分だけが得をしたい、安全でいたい、優位に立ちたい、早く楽に欲求を満たしたいといった動物的本能です。
もちろん緊急事態に陥った時には原始脳が重要な働きをするでしょう。しかし、例えばもしも、ささいなけんかを生存危機レベルだと脳が捉えれば、自己否定を怖れて謝ることさえできなくなります。逃げ出したり、相手を侮辱したりするなど本能的な行動選択を優先し、暴言を吐き、物に当たるといった攻撃にも発展します。
反抗期であれば健康的な成長と言える反応なので、心配する必要はありませんが、大人でもこうした脳の暴走はいつでも誰にでも起こり得ます。そこまで深刻ではないが何だか不安と感じるような時は、専門の先生にみてもらい適切な治療やケアを受ければ安心です。普段から何でも相談できる先生を見つけておくと心強いので、どなたにもお勧めしたいと思います。
このコラムの著者
教育専門家 福島 摂子
教育相談及び、海外帰国子女指導を主に手掛ける。1992年に来豪。社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命とした私塾『福島塾』を開き、シドニーを中心に指導を行う。2005年より拠点を日本へ移し、広く国内外の教育指導を行い、オーストラリア在住者への情報提供やカウンセリング指導も継続中