【第16回】最先端ビジネス対談 (後編)
作野:星野リゾートにとって、オーストラリア観光客の重要性はどういった点にありますか。
星野:日本の観光産業にとっての課題は平準化です。日本の観光産業は、自動車や金融などにも引けを取らない大きな産業の1つですが、他の産業に比べて収益率、生産性が圧倒的に低い。そのため、他の産業に比べて正社員比率が低く、給料もあまり高くないなどの課題があります。ではなぜ大きな売上があるのに生産性が低いかというと、原因はシーズナリティーの激しさにあります。ゴールデンウィーク、お盆、年末年始は値段を4倍にしても満室になります。しかし、ゴールデンウィークの次の週は値段を4分の1にしても客室が50%程度しか稼働しなかったりします。そのため、需給関係の平準化が、日本の観光産業の最大の課題というわけです。では、それをどのように解決するかというと、かねてから観光立国戦略会議でも提案してきたのが、日本人の休日分散化でした。そして、インバウンドの集客というのも1つの方法だと思っています。冬のシーズンを例に取ると、年末年始は日本人の予約でいっぱいになります。そして、年始明けからオーストラリアの夏休みが始まり、スキー場は再び盛り上がります。その後、今度は旧正月の休みがあり、中国、台湾から多くの人がスキーリゾートを訪れます。このような、それぞれの国の大型連休をしっかりと利用して、日本の冬のレジャーを楽しんでもらう仕組みを作ることがとても重要です。日本の自治体の中には、とにかくたくさんの外国人観光客を集めることを目標に掲げているところも多くありますが、1つの国からたくさんの人を呼ぶのではなく、日本人も含めて年間稼働の平準化に取り組むことがまず重要で、その1つの手法としてインバウンド・マーケティングを行う。そこが日本の地方の観光産業が意識して取り組む重要な論点だと思いますね。
作野:豪州人旅行者でいうと、平均訪日滞在日数が12~13日、他の国の旅行者に比べて傾向があります。
星野:オーストラリア人のスキーヤーには「スキーバム」と呼ばれる、1カ月近く滞在する若い人たちがたくさんいますね。彼らはこれから何十年もスキーを続ける人たちなのでライフ・タイム・バリューが高い。彼らの中には毎年仕事を辞めて日本に1カ月来るというような人も珍しくありません。帰国後すぐに仕事が見つかるからこそ辞めてまで来られるわけですが、その点は羨ましいですね。
作野:豪州在住日本人の立場として、オーストラリア人から学ぶ最も重要なことの1つにライフスタイルがあります。人生に対するプライオリティー、仕事に対するプライオリティー、ライフスタイルの重要性、オーストラリア人はそのあたりをしっかり白黒はっきりさせます。何のために生きているのか、楽しむためだろ、というスタンスに考えさせられますよね。
星野:私自身も、60日の年間滑走日数を目標に設定をするなど工夫をしましたが、オーストラリア人のそのような姿勢には学ぶところがあります。
作野:ところで、日本人のスキーヤーにとって、オーストラリアのスキー場への潜在ニーズは感じますか?
星野:とてもポテンシャルは高いと思います。スキー、スノーボードというのは旅の一部なんですよね。スキー旅行の真の目的は友達や家族と過ごす時間、そして行った先の文化や風景、食文化を楽しむことにあって、スキーはアクティビティーとしてその中に組み込まれているんです。スキー旅行で、カンガルーに出会えるなどという体験はオーストラリア以外の観光地では絶対にできません。
コロナ禍、「倒産確率」を公表
作野:コロナ禍で苦戦を強いられた旅行業界ですが、その中でも星野リゾートは業績を伸ばし続けました。その戦略にはどのような試みがあったのですか。
星野:複合的な要素が絡み合っているのでひと言では言い表せないのですが、私たちが30年前から培ってきたフラットな組織文化の強みが生きたと思っています。危機対応の際には物事の優先順位を変えなければならない局面が多々ありますし、その期間に集中して取り組まなければならない新しいタスクや目標が出てきます。星野リゾートはかつて人材獲得に苦労したこともあり、良い人材を確保する方法として「偉い人のいないフラットな組織文化」を掲げてきました。フラットな組織においては、自分で考え、意見を出して議論することができる環境を整えることが重要です。そのような文化があるがゆえに、コロナ禍で設定した全体戦略に対して「自分には何ができるのか」と社員が自ら考えてすぐに行動できたのが一番大きかったと思います。そして、向かっていく方向付けには私も貢献できた点があったと思っていて、例えば移動制限のあった時期は施設から2時間圏内に暮らす人をターゲットにする「マイクロツーリズム」という概念を示しました。その上で、どのようなサービスを提供することでマイクロツーリズムエリアに暮らす人びとに自分の施設をアピールできるのかというアイデアは全て現地のスタッフに考えてもらいました。例えば、浜松の近くの舘山寺温泉にある「界 遠州」では、東京、大阪、ニューヨークなどからいらっしゃるお客様のためにうなぎを提供していたのですが、浜松市からいらっしゃるお客様にうなぎをそのまま提供しても興味を持っていただけません。ですので、そのうなぎを地元の方々にも興味を持ってもらえる内容にアレンジしました。具体的な打ち手や商品を考える力を全国各地の施設が持っていたのは大きかったです。また、私たちのコロナ禍の危機対応を見て、オーナーや投資家から星野リゾートに運営を依頼して頂く機会が増えました。この3年間で都市ホテルの運営数を増やすことができたことも、コロナ禍で私たちが業績を伸ばせた大きな要因の1つでした。
作野:コロナ禍中、星野リゾートが「倒産確率」を逐次アップデートしているというニュースを拝見し驚きました。倒産しない自信があるからこそできることだと思いますが……。
星野:社員向けに配信しているブログがあるのですが、2020年4月ごろは危機対応に関して積極的に情報発信をしていました。その内容は「優先順位を変えよう」、「コロナウイルスの特徴」というものから、(スペイン風邪を参考に)18カ月程度でワクチンや治療薬が登場するという仮説を立てて、その期間の道筋を説明するものまで多岐にわたりました。そして、社員は私自身がこの状況下においてどのくらい倒産する可能性があると考えているのか、知りたがっていました。そこで、きちんとした数理計算のモデルを作って計算して発表したところ、大きな反響がありました。最初の倒産確率は43%と高いものでしたが、みんな大喜びで、むしろ安心感が増したようです。数理計算の内容を知りたがった社員も多かったのでそれを公表したところ、何を減らせば倒産確率が減るか分かるので、自分のやるべきことが見えたという社員もいました。倒産確率を少しでも下げられるように、全国各地の社員が精力的に取り組んでくれたのがありがたかったのですが、更にそれがメディアの方々にも「倒産確率を発表する星野リゾート」ということで注目していただけたこともまたうれしかったですね。
「世界大旅行時代」の到来
作野:これからの旅行業界、10年後はどのような市場になっているとお考えですか。
星野:星野リゾートは運営会社ですから、ホテル運営においてより優れた会社になりたいと考えています。かつてはホテルでのサービスや料理など、高い満足度を獲得できるハードを有することが競争力として重要でしたが、今はスマートフォンを使いオンライン上でホテル予約をする時代に移行し、そのシステムの利便性が問われる時代に変わってきています。ホテル運営における競合との主戦場が泊まる前の段階に移ってきているんです。どうすれば私たちのホテルに泊まろうと決意してくださるか、予約そのものや予約内容の変更は容易であるか、など、システムの改善に特に力を入れています。現在では50人以上のエンジニアがよりお客様にとって利便性の高いシステムを構築するために日々活動しています。このように自社でシステム開発に踏み切れるだけのスケールを得ることができたのは、この20年間における活動の大きな成果だったと思います。また、コロナ禍以前、「世界大旅行時代」の到来についてお伝えしてきましたが、その状況は今でも変わらないと思っています。世界中で中間層の人が増え、生活がより豊かになってくると、人は国外旅行に出掛けるようになります。実際、オーストラリア人も国外への旅行人口比率はかなり高いのではないでしょうか。
作野:人口約2500万に対して、1100万人なので高いですね。
星野:日本人の国外旅行率は20%以下と未だに低いですが、世界全体を見ると国外旅行の人口比率はどんどん伸びています。もちろん、世界大旅行時代においては日本を選んで頂く確率も高まりますし、人口減少、産業縮小が取り沙汰される日本でも、旅行業界が成長産業であることは間違いないでしょう。その中で引き続き目的地として選ばれるポジションを築いていくと同時に、日本がまだ観光地としてのプレゼンスを持っている間に、海外の運営拠点を増やしていくための足固めをしたいと思います。
作野:星野さんの時代に、星野リゾートをこれくらいスケールしたいというイメージはありますか。
星野:星野リゾートは現在、日本国外で4施設を運営しています。先ほどもお話した通り海外で星野リゾートの存在を認めて頂くための足掛かりを作るには、やはり温泉旅館で勝負する必要があると思っています。日本国外で、最初に成功する本物の温泉旅館、それを今後5年間で到達したいと考えています。繰り返しになりますが、世界への最初の一歩が成功すればこの分野はオーナーや投資家にとって無視できないものとなるはずです。
作野:星野リゾートの温泉旅館がゲーム・チェンジャーになるわけですね。
星野:日本のホテル業界が世界に出てうまくいかなかったバブル時代に比べると、今の方がはるかにに良い状況であると思います。30年前、「俺はロー・フィッシュなんか食べない」と言っていた当時の同級生たちも、最近は「俺たちは価値あるものが分かるんだ」などと言いながら寿司を食べていますからね。日本食、日本文化に対する理解やリスペクトが以前と比べると明らかに高まっている今が挑戦の機会なのです。インタビューなどではよく「市場調査だと日本国外で温泉旅館に泊まりたいという人はいない」と指摘されますが、80年代に市場調査で寿司を食べたいなんて答える人はいませんでした。ニーズがないから失敗するのか、逆にニーズがないからこそチャンスがあるのか、そのどちらなのかを直接確認することが私たちの使命だと思っています。その結果をこの目で見ない限り、僕は死ねないですね。
作野:そこまでは絶対やりきると。楽しみにしています。最後に本インタビューを読んでいる日豪プレス読者へのメッセージをお願いします。
星野:日本では人口減少が深刻な問題で、今後10~20年と当面人口減少に歯止めがかからないことは、周知の事実です。そのような状況の日本において、私たちに何ができるかというと、1つは観光のように流動人口を増やして外貨を獲得していくことです。そしてもう1つは積極的に海外に出て仕事をすることだと思います。海外で活躍して、日本の企業、日本の知恵、日本のベンチャー・スピリットを示し、日本のプレゼンスを高めていくと共に日本に対するリスペクトを高めることが重要だと思います。日本は高度経済成長の時に、ものすごい勢いで国内の生産性を高めて輸出を増やした時代がありましたが、私たちは今こそ、世界に向けてチャレンジしてそこでの成功を目指すべきです。オーストラリアはまさに人口が増加している場所の1つですし、人口が増加する場所で事業を展開すること、それこそが成功に向けた大事な要素の1つだと思います。
(7月19日、doqオフィスで)
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