メルボルン特集
最新の統計局の集計で都市圏の人口がシドニーを上回り、オーストラリア随一の都市となったビクトリア州の州都メルボルン。さまざまな国からの移民が各々の文化を大切に守りながらも、ダイナミックな融合を寛容に受け入れる、魅力あふれる多文化社会都市として日々変化し続けています。ルボルン市民になくてはならないコーヒー、そしてアートの街について紹介します。(執筆=原田糾、協力=ビクトリア州政府観光局)
芳ばしい香りに包まれた街
個性豊かなコーヒーを提供するカフェが建ち並ぶ市内の小道では、エスプレッソ・マシンから上る湯気に朝日が反射し、通り全体がコーヒーの芳ばしい香りで包まれる──。出勤前に好みのコーヒーをテイクアウトしようと、多くのビジネス層がカフェの前で出来上がりを待つ姿は、「オーストラリアのコーヒーの首都(Coffee Capital)」と呼ばれるメルボルンの朝の見慣れた風景です。
メルボルンでは街を歩くと至る所にカフェを見つけることができます。その数は2000軒以上にも上り、シドニーやパリをも上回るそうです。豆の産出国や焙煎するロースト会社はどこを使っているか、酸味や苦味などフレーバーにどんな特徴があるか、コーヒーを淹れるバリスタの人柄や腕前は、店は落ち着ける雰囲気か、心地良いテラス席はあるか……。市民にとっては数ある中からそんな自分のこだわりを満たしてくれるカフェを見つけるのも楽しみのうちです。
個性豊かなカフェが多いからこそ好みにうるさい客が生まれ、そして洗練された客の注文に合わせて更にさまざまなカフェが増えるのでしょう。
そして「世界のコーヒーの首都」へ
世界に冠たるカフェの街として成長を続けるメルボルンのコーヒー文化の第1歩は、戦後、イタリアとギリシャの移民によって持ち込まれた1台のエスプレッソ・マシンから始まったと言われています。
スチーム・ミルクにきめ細かいフォーム・ミルクを少量加え、ラテに比べてエスプレッソの味わいがより楽しめる「フラットホワイト」をはじめ、エスプレッソより抽出時間を短くした甘みの強いリストレットにスチーム・ミルクを少量加える「マジック」など、さまざまなコーヒーが生み出されたように、メルボルンのコーヒー文化は独自の進化を遂げながら発展。新しいスタイルが今も日々生み出されています。
それは、伝統を頑なに守るヨーロッパとは異なり、新たな製造法を積極的に取り入れながら「新世界ワイン」として発展を遂げたオーストラリア・ワインと似ています。異なる国からの移民が互いを認め合い共存する文化のメルティング・ポット、メルボルンだからこそ、コーヒーに関しても変わったもの、新しいことを拒まないという気質の中で発展していったのでしょう。メルボルンは今や、世界大会で優勝するバリスタを何人も輩出し、腕自慢のバリスタが世界中から集まる「世界のコーヒーの首都」となったのです。
さて、日本で多くの人が行きつけの定食店やバーを持つように、メルボルンではほとんどの人が自分のお気に入りのカフェを持っているものです。ただし、もちろん好みは人それぞれ。「あそこのカフェはイマイチ」「あそこは味が最高」なんて好みを同僚や友人に押し付けることはご法度です。それぞれのこだわりを尊重するという、スマートなマナーを身につけることもメルボルンのコーヒー文化の1つかもしれません。
気に入ったカフェで好みのコーヒーをオーダーし、街の雑踏や静かな音楽を楽しみながら過ごすメルボルンの午後は、きっと幸せを感じられる贅沢なひと時となるはずです。
コーヒーに魅了され、移住を決意
日本人バリスタ、佐藤拓也さん
1杯のコーヒーによって、その後の人生がガラリと変わってしまった日本人がいます。メルボルン市内の有名カフェ「アクシル・コーヒー・ロースターズ(Axil Coffee Roasters)」で、メイン・バリスタとして活躍中の佐藤拓也さん(30)です。「日本ではイタリア料理のシェフだったんですよ」と、飾らない笑顔で自己紹介してくれました。
料理人としてもっと視野を広げ世界で勝負しようと、拓也さんが日本を飛び出したのは2015年。西オーストラリア州の州都パースでのレストラン経験を経て、南オーストラリア州のワイン産地クナワラで農業経験を積んでいた際、メルボルンから来ていた日本人と出会い、メルボルンのコーヒー文化のすばらしさについて熱弁されたと言います。
飲食業界に関するあらゆる知識と経験を吸収することを貪欲に追求していた拓也さんは、すぐさまメルボルンに移動。当時、ラテ・アートの世界チャンピオンとしてメルボルンで活躍していた日本人バリスタ、下山修正さんが開催するコーヒー教室に顔を出しました。
「え、おいしい。これがコーヒーって、本当に驚いたんです」と、下山さんの淹れた1杯のコーヒーに一瞬にして心を奪われたそうです。日本で拓也さんはコーヒーが苦手であまり飲まなかったのだそう。それもそのはず、「単にコーヒーのおいしさを知らなかったんです」。そして、料理人としての血が騒いだのでしょう。最高のコーヒーを淹れられるようになりたい──その一心でコーヒー作りの世界に飛び込んだのです。
しかし、カフェ激戦区のメルボルンで待ち受けていたのは、即戦力を求められる厳しい現実。採用のためのトライアルでは何度も苦汁を舐めましたが、どうせなら自分が成長できるカフェでと、店選びには妥協しませんでした。何度も通い、これはと認めるコーヒーを出す店に絞ってトライアルを繰り返す。そして、やっとの思いで採用を勝ち取ったのは5軒目だったそうです。
「とても忙しい店でしたが、おかげでコーヒー作りの基礎や接客の仕方をしっかりと身に付けることができました。自分の淹れたコーヒーをまた飲みに来てくれる。最初の店でバリスタとしての楽しさを知ってしまったという感じです(笑)」
そして20年、コロナ禍によって帰国か滞在継続かの選択を迫られた時、なんと日本に戻るという選択肢を捨てることになります。先輩の日本人バリスタから「出てしまったらもうオーストラリアにいつ戻れるか分からない」とアドバイスをされ、滞在継続を決断。帰国予定日の前日に日本行きのチケットをキャンセルし、バリスタとしての道を極めることに腹を決めたのだそうです。
現在、拓也さんが働くのは市内でも指折りの人気店。同店のバリスタ・トレーナーが、22年に行われた世界大会でバリスタ世界一に輝いたためです。「世界一のトレーナーから学ぶことは多い。一緒に働くことがとても刺激になっています。それにこだわりの強い客も多い。だからこそとても楽しいですね」
拓也さんは、この5月に開催されるバリスタ全国大会の「ブリュアーズ部門」に挑戦する予定です。そこで1位になり、6月に行われるギリシャでの世界大会にオーストラリア代表として出場するのが目標とのこと。その拓也さんにコーヒーの魅力について尋ねると、「淹れ方次第で味わいが全く変わるところです」。毎朝、その日の天気や気温に合わせて、選ぶ豆や豆の挽き方、プレス時の圧力、そしてコーヒーの抽出時間を微妙に調整する。するとさまざまに異なる酸味や甘み、コク深さといった自分ならではのフレーバーが生まれるのだそう。
「かつて自分がコーヒーの奥深い味わいを初めて知った時のように、1人でも多くの人にコーヒー本来のおいしさを知ってもらいたいですね」。そのために、客とバリスタが気さくにコーヒーについて語り合えるような小さくてもアットホームな店を持つこと、更に、自分好みのコーヒーを自在に淹れられるような家庭用のエスプレッソ・マシンを作ることが夢だと話します。
その飾らない人柄でカフェの同僚や常連客からも愛される拓也さんは、今日も最高の1杯を淹れることに情念を注いでいます。
Axil Coffee Roasters Melbourne Central
■住所:Shop GD087, Melbourne Central Tower, 360 Elizabeth St., Melbourne VIC
■営業時間:月~金7AM~4PM、土・日8AM~4PM
■Tel: (03)9671-4440
■Email: info@axilcoffee.com.au
■Web: axilcoffee.com.au
1度は訪れたいメルボルンのカフェ
洗練された空間で非日常を体験
☕️ハイヤー・グラウンド・カフェ
かつての発電所建造物を改装した、メルボルンで今、最もおしゃれなカフェ・レストラン。ダイニング・ルームの天井は15メートルの高さがり、差し込む自然光が非日常的な空間を演出。元々のレンガ構造を利用した洗練されたインテリアの中で、独創的なフード・メニューと種類豊富なコーヒーが楽しめる。
上階にはバリスタ・ステーションがあり、好みのコーヒーと共にゆったりとしたラウンジで読書、仕事、食事など各々の時間を過ごせる。
キャビアを添えたブルースイマー・クラブのベネディクト、ブルーベリーと特製リコッタ・ホットケーキなど自慢の朝食メニューをぜひ試してみて。
Higher Ground Cafe
■住所:650 Little Bourke St., Melbourne VIC
■営業時間:月~金7AM~5PM、土・日・祝8AM~5PM
■Tel: (03)8899-6219
■Email: info@highergroundmelbourne.com.au
■Web: highergroundmelbourne.com.au
天井の椅子が目を引く超人気カフェ
☕️ブラザー・ババ・ブーダン
メルボルンのカフェ代表格とも言える自家焙煎カフェ「セブン・シーズ(Seven Seeds)」チームが同店以外で初めて市内で展開した姉妹店。
店内天井にぶら下げられた大量の椅子が奇抜でユニーク。思わず目が釘付けになるはず。
店舗のテーブル数は限りがあり、常に満席。そのため多くの客がテイクアウトでコーヒーを買い求める。
店に通い詰めるファンはわずかなコーヒー・ブレイクの時間を目一杯に使い、セブン・シーズでローストされた香り豊かなコーヒーを求めて市内中から訪れるとか。「これぞメルボルンの味わい」という1杯に出合えるかも。
Brother Baba Budan
■住所:359 Little Bourke St., Melbourne VIC
■営業時間:月~金7AM~5PM、土・日8AM~5PM
■Tel: (03)9606-0449
■Email: hola@sevenseeds.com.au
■Web: sevenseeds.com.au/pages/brother-baba-budan
「世界一のクロワッサン」で人気爆発
☕️ルーン・クロワッサンテリー
おいしいコーヒーと共に食べるおいしいクロワッサンを提供したい。その一心で、本場パリまで伝統製法を学びに行くというほど、クロワッサンの魅力に取り憑かれたオーナーのケイトさんが特製クロワッサンを提供するカフェ。
ニューヨーク・タイムズ紙に「世界で一番おいしいクロワッサンかも」と取り上げられたことをきっかけに、早朝からクロワッサンを買い求める客の長蛇の列ができるほどメルボルンで爆発的な人気を博している。
手作業で作るクロワッサンを眺められるオープン・キッチンのあるフィッツロイ本店のほか、メルボルン市内のコリンズ・ストリート店もある。連日の長蛇の列に1度は加わり、おいしいコーヒーと共に世界一のクロワッサンを公園のベンチで頬張ってみては。
Lune Croissanterie Fitzroy
■住所:119 Rose St., Fitzroy VIC
■営業時間:月~金7:30AM~3PM、土・日8AM~3PM
Lune Croissanterie CBD
■住所:Shop 16 , 161 Collins St. (enter via Russell Street), Melbourne VIC
■営業時間:月~金7:30AM~3PM、土・日8AM~3PM
■Tel: (03)9419-2320
■Web: lunecroissanterie.com
メルボルンの小道でコーヒーを堪能しては
☕️センター・プレイス/デグレイブス・ストリート
センター・プレイスとデグレイブス・ストリートはメルボルンのコーヒー文化を象徴するキースポットの1つ。フリンダース・レーンを経由してコリンズ・ストリートからフリンダース・ストリート駅まで突っ切れる近道としての役割を持ちながら、数多くのブティック・カフェが軒を連ねる「カフェの小道」として有名。
道にはパリジャン・スタイルのカフェ・テーブルで、コーヒーやケーキ、世界各国のカフェごはんを思い思いに楽しむ客で常に賑わいを見せる。
Cafe Streets
Centre Pl. / Degraves St., Melbourne VIC
メルボルンのもう1つの顔
「芸術の街」
自由で勢いのあるストリート・アートを楽しむ
ホージア・レーン、エーシーディーシー・レーン、ダックボード・プレース、メーヤーズ・プレース
メルボルンは世界有数のストリート・アートの中心地として知られている。イギリス統治下時代の面影を残すレトロな建造物と近代的なビルが融合した街並みを彩るユニークなアート表現は、自由で勢いを感じるものばかり。街の多くの小道には、色とりどりの壁画やバンクシー風のステンシル・アート、プリントを張り合わせたペーストアップ・アート、複数の素材や技法を駆使して作られるミクスト・メディア・アートであふれている。
日々作り変えられる小道のアートはいつ見ても新鮮。常に進化を感じることができるはず。ホージア・レーン(Hosier Lane)、エーシーディーシー・レーン(AC/DC Lane)、ダックボード・プレース(Duckboard Place)、メーヤーズ・プレース(Meyers Place)など、ストリート・アートで有名な小道を散歩しながら、お気に入りのアートの前で記念撮影を楽しんでは。
Street Arts
■Hosier Ln. / AC/DC Ln. / Duckboard Pl. / Meyers Pl., Melbourne VIC
訪れる者を圧倒する新しいデジタル・アート・ギャラリー
THE LUMEメルボルン
THE LUMEメルボルンは、この街で最も新しい芸術アトラクションの1つとして、大きな反響を呼んでいる最先端デジタル・アート・ギャラリー。メルボルン・コンベンション&エキシビション・センター(Melbourne Convention & Exhibition Centre)内に常設される形で、2021年から巨匠による絵画作品をモチーフにした、南半球初となる没入体験型デジタル・アート展示を展開している。
壁だけでなく床から天井まで会場全体の空間が巨大な展示スクリーンになっており、ゴッホやモネといった巨匠たちの絵画作品は美しくアニメーション化され、光景、音、味、香りを組み合わせて、来場者を包み込むように圧倒する。
芸術作品の一部になるような全く新しいアート体験をぜひ味わってみたい。
THE LUME Melbourne – An Epic Adventure into Art
■住所:5 Convention Centre Pl., South Wharf VIC
■営業時間:月~水・日10AM~6.30PM、木~土10AM~9.30PM
■Email: enquiries.melbourne@thelume.com
■Web: www.thelumemelbourne.com
魅惑の都市メルボル特集シリーズ
■第1回
「人生を変える1杯」をコーヒー文化の首都で味わう──オーストラリア最大都市メルボルンでカフェとアートを堪能
■第2回
温泉にワイン、休日は心弾む楽しみの宝庫へ──メルボルンから車で1時間ほどのモーニントン半島
■第3回
絶対訪れたい! メルボルンのお薦めナイトスポット─歴史的な6つの劇場、話題のレストラン「ビクトリア」
■第4回
ビッグ・イベント目白押し! スポーツ天国メルボルンに行こう─競馬G1レース、テニスのグランドスラム、F1グランプリ、国際マラソン大会