メルボルン特集
【第23回】最先端ビジネス対談
日系のクロス・カルチャー·マーケティング会社doq®の創業者として数々のビジネス・シーンで活躍、日豪プレスのチェア・パーソンも務める作野善教が、日豪関係のキー・パーソンとビジネスをテーマに対談を行う本連載。今回は、ビクトリア州日豪ビジネス協会(Australia Japan Business Council of Victoria/AJBCV)CEOセレステ・コラボス氏にご登場願った。
(撮影:クラークさと子)
PROFILE
Celeste Koravos(セレステ・コラボス)
明治大学や早稲田大学ビジネス・スクールで学ぶなど、日本での活動経験を生かし2012年からAJBCVに参加、現在CEOを務め、日豪のつながりの深化に尽力している。弁護士及び土木技術者の資格を持ち、現在はヨーロッパの再生可能エネルギー開発会社「Xodus」で脱炭素化とエネルギー転換の責任者として従事。オーストラリアの再生可能エネルギー・プロジェクトへの日本の投資に焦点を当てている
PROFILE
作野善教(さくのよしのり)
doq®創業者・グループ·マネージング・ディレクター。米国広告代理店レオバーネットでAPAC及び欧米市場での経験を経て、2009年にdoq®を設立。NSW大学AGSMでMBA、Hyper Island SingaporeでDigital Media Managementの修士号を取得。移民創業者を称える「エスニック·ビジネスアワード」ファイナリスト、2021年NSW州エキスポート・アワード・クリエティブ産業部門最優秀企業賞を獲得
作野:日本での留学経験やこれまでのキャリアについてお聞かせ下さい。
コラボス:私は大学で土木工学、法律、そして日本語を勉強しました。自分のキャリアで日本語を使う機会があるとは思っていませんでしたが、法律事務所で働いていた時に、香港やシンガポールなど、アジアの英語圏の国での勤務の機会を与えられました。その際、日本に興味を持っていたので、日本に行っても良いかと尋ねました。10年間日本語を勉強した経験を生かしたかったのです。その結果、東京で働く切符を手に入れることができました。ビジネスで日本語を使うのは初めての経験でしたが、日本語と英語、両言語を使いながら、外国人スタッフだけでなく、現地の日本人スタッフと仕事をする機会も多く得ました。そしてオーストラリアに戻った際、私は日豪間のつながりを保ち続ける役割を担いたいと考え、ビクトリア州日豪ビジネス協会(AJBCV)でボランティアを始めました。11年間ボランティアを続け、過去2年間はCEOを務めています。
私はこの組織の中で最年少かつ、初の女性CEOとなりました。AJBCVは、とても多様性(diversity)がある包括的(inclusion)な組織で、理事会は、オーストラリアや日本の学生から組織のCEOまで、多様なメンバーで構成されています。プログラムのテーマも、「日豪ビジネス女性ネットワーク」や「メンタリング・プログラム」「奨学金プログラム「インターンシップ・プログラム」「キャリア・フェア」など多岐にわたり、学生(小学生~大学生)とビジネスを結び付けるさまざまな取り組みが実施されています。
作野:すばらしいですね。若いころ、オーストラリアで日本語を勉強しようと思ったきっかけは何だったのでしょう。
コラボス:日本に興味を持った最初のきっかけは、子どものころから空手をやっていたことです(編注:黒帯二段)。武道を通して日本に興味を持つ中、高校入学の際に日本語かヨーロッパの言語学習を選ぶ機会を得ました。私は、日本がオーストラリアの将来にとって重要な役割を果たすと感じていたので、日本語を選んだというのが経緯です。
作野:日本での生活や経験についてもう少し詳しくお聞かせください。
コラボス:明治大学で世界中から集まった外国人弁護士のグループと一緒に日本の法律と司法制度を学んだというのが最初のキャリアになります。日本とオーストラリアにおける法制度と法律の違いや、日本の法律の文化的側面を理解することができたすばらしい経験でした。
日本では、弁護士への依頼や法的問題への関与に対する姿勢がオーストラリアとは大きく異なり、その出発点を理解することが非常に重要なのです。例えば、日本では法律を盾に戦うことには一般的にネガティブな印象がありますが、オーストラリアではビジネスの一部として溶け込んでいます。ですから、オーストラリア人が日本でビジネスを行う際は、日本の顧客が紛争や契約に対して抱くであろう躊ちゅうちょ躇を理解することが大切です。日本には、人間関係や信頼関係を基にした文化的側面があるめ、オーストラリアのように何百ページもの契約書を作成する必要はありません。契約書を読む前に、その関係性によってビジネス関連の問題が解決されると考えられているためです。明治大学の法学研究では、そういったことを学びました。
以降、明治大学でゲスト講師として招かれる機会も持つようになりました。法律を学ぶ日本人学生を対象に、日本の法律と国際法の比較やキャリアの可能性、更に広くグローバル・ビジネスにおける日本の位置付けについて話をしてきました。そして法律を学んだ後、今度は「逆風下の変革リーダーシップ養成講座(グローバル・レジリエント・リーダーシップ)」というプログラムで国際ビジネスを勉強しました。早稲田大学のビジネス・スクールとアメリカのウォートン・スクール、日産グローバル財団が共催したもので、日本に焦点を当てながら、課題を通して国際的にビジネスをリードすると
いう内容でした。
日産の再生と変革、日本だけでなく国際的な企業とのさまざまな提携、中国における日産の成功など、日産の事例に関連する多くの内容を学びました。カルロス・ゴーン氏が私たちに講演する前に逮捕されたため、このコースが実施された1週間はとてもドラマチックでした。そして私は、このコースを受講した最初の外国人でした。優れた内容はもちろん、日本の国際企業で働く日本人40人と一緒に教室で、彼らの視点や考え方を聞けると共に、彼らのグループ演習への参加姿勢を見られたのは本当に光栄なことでした。オーストラリアではアクセスできなかった視点について非常に深い洞察を得ることができました。
作野:法律業界で働くオーストラリア人女性として、日本での勉強と日本人との仕事の両方を経験
したわけですね。
コラボス:ええ。ただ、今は法律に関わる仕事ではなく、Xodusという会社で、水素/アンモニア、CC(U)S、陸上風力、洋上風力、太陽光、海洋エネルギー、重要な鉱物などの分野にわたる、脱炭素
化とエネルギー移行に向けたオーストラリアのパートナーシップについて日本のクライアントにアドバ
イスをする仕事をしています。私はオーストラリアにある日本の商社で働いたことがあり、そこで日本
の大手グローバル企業の仕組みを内側から理解する機会を得ました。意思決定の方法、仕事の進め方、コミュニケーションの取り方など、日本のビジネスに関する重要なことを多く学びました。
ビジネス文化の指標で見ると、オーストラリアと日本はさまざまな点で正反対のため、AJBCVや政府のリクエストに応じて、私は時折トレーニングを提供しています。その1つに「日豪ビジネス文化トレーニング」というものがあります。これは私が日本の商社にいた際に開発したモジュールで、主にオーストラリア人の現地職員と日本人駐在員に提供しており、AJBCVのコミュニティーでも非常に人気があります。オーストラリアと日本の違いについて、人間関係、意思決定、上下関係、コミュニケーション、意見の相違、フィードバックなど多岐にわたるにテーマで話をさせて頂いております。
メルボルンを拠点に日豪をつなぐ
作野:日本とオーストラリアのジェンダー・ダイバーシティの違いについてはどのようにお考えですか。
コラボス:AJBCVでは、もちろんそのような取り組みに非常に関心を持っています。そのため、私たちはオーストラリアと日本、それぞれで日豪ビジネス女性ネットワークという団体を立ち上げました。現在メルボルン、シドニー、ブリスベン、東京の4 都市で展開しています。最近ではFIFA女子ワールドカップにちなんだイベントも開催され、大変盛り上がりました。また、日本との技術協力に関するイベントを行った際は、私の本職であるXodus、トヨタ自動車、RMITからパネリストを招き、ジェンダー平等、ダイバーシティ、インクルージョン、イノベーション、そして日本特有の課題について講演して頂きました。男女共同参画に関して、オーストラリアと日本は異なる段階にあるため、日豪ビジネス女性ネットワークにどのようなフォーラムを提供するのがベストかという点については、未だ検討中です。
作野: AJBCVのCEOとしてメルボルンを拠点に日本とオーストラリアをつなぐ組織を率いておられるわけですが、今後メルボルンと日本がより良い関係を築く要素となり得るものは何だと思いますか。
コラボス:メルボルンと日本の良い協力分野の1つに、スペシャルティー・コーヒーが挙げられます。私は以前、日本人向けにメルボルンのスペシャルティー・コーヒー・ツアーを運営するビジネスをしており、メルボルン・コーヒーに関するマスター・クラスを行っていました。また、日本の専門バリスタとコーヒー焙煎士が主催するウォーキング・ツアーでは、メルボルンの特別なカフェを5~6軒訪れるなどさまざまなコーヒー文化体験を得ることができました。ゲストにはメルボルンで作られた持続可能で再利用可能なキープカップ(KeepCup)が贈られ、日本に帰国してからも、スペシャルティー・コーヒー運動に関心のある日本のパートナー・カフェで割引を受けられるシステムも構築しました。
メルボルンと日本はコーヒーを媒介に協力できることがたくさんあると思います。日本人はものづくりに見られるように、1つのことを深く追求することに優れています。メルボルンでは、イタリア系移民の歴史から伝統的なエスプレッソ・スタイルのコーヒーが多く飲まれますが、私は日本のバラエティーの豊かなコーヒー文化もすばらしいと感じています。
それぞれの考えを一致させ理解し合うことが重要
作野:doq®では、オーストラリアに進出を考えている日本企業や経営者から、シドニーとメルボルンのどちらに進出すべきかという質問をよく受けます。それぞれメリットとデメリットはありますが、日本企業がメルボルンに進出することについてはどのようにお考えですか。
コラボス:近年、オーストラリアの日本企業の70%がメルボルンに進出していると聞きました。Xodusでは脱炭素化と再生可能エネルギー分野に携わっていますが、再生可能エネルギー・プロジェクトはオーストラリア東海岸に集中しているため、西海岸の日本人クライアントが東海岸のオフィス所在地を探しているケースをよく目にします。メルボルンはシドニーよりも比較的家賃が安く、世界レベルの大学を始め、非常に強力で優秀な人材が集まっている都市です。もちろん、シドニーにも優れた大学があり、私たちは両都市の大学と協力していますが、メルボルンは、日本とオーストラリアの関係がどのようなものであるかという点で、もう少し広い視野を持っていると考えています。メルボルンには200社以上の日系企業があり、多様な分野にまたがっていますが、より顕著になりつつある分野はイノベーションとクリーン・エネルギーです。新規参入企業だけでなく、既に現地に根ざした企業の動きもにも同じようなことが言えます。
作野:最後に、日豪プレスの読者に向け女性リーダーからのメッセージ、アドバイスを頂けますか。
コラボス:日本とオーストラリアは特別なパートナーシップを構築してきていますが、それぞれ自国の立場や価値観を当然のことだと考えないことが重要だと思います。AJBCVは設立60周年を迎えたばかりですが、日豪関係はそれよりも長く続いています。日本側にどのような期待があるのか、どのような情報やサポートが必要なのか、どのような文化的背景があるのか。それぞれの考えを一致させ、できる限り理解し合うために、皆さんも一緒に仕事をするオーストラリアの人びとに、考えや思いを伝えてください。
キャリア形成という点では、オーストラリアにいる日本人の方々は日本にいる時より自由な感覚を持っていると思うので、それを生かすと良いでしょう。人と意見が違っても良いし、自分の意見を表に出しても問題ありません。また、関係性だけを優先するのではなく、付加価値に基づいて客観的にあなたのビジネスに適合するパートナーシップを選んでも良いかと思います。オーストラリアではぜひ、ビジネスに関する自由を享受頂ければと思います。そして自分のキャリアを発展させるためには、社内であれ社外であれ、できるだけ多くの経験を積んで欲しいと思います。オーストラリアには終身雇用という概念があまりなく、転職も問題ありません。どのようなスキルを身に付けたいか、どのような経験をしたいかなど、信頼できる同僚やビジネス・パートナーと遠慮なくオープンに話し合うと良いかと思います。そして最後に、オーストラリアに来て頂きありがとうございます。別の国で働き、第二言語でビジネスを行うということは、個人的な犠牲を伴うことでもあると思います。オーストラリア人として、改めてありがとうと伝えたいです。
作野:すばらしいコメント、ありがとうございます。