バンヨー/ブリスベン
友人宅へ定例のマージャンに向かう道中に赤れんが造りの工場がある。一見すると、道路沿いの一部は廃工場のようだが、ジュースや缶詰で有名なブランドの工場の一部でまだ現役だ。フェンス越しに最新設備の新しい建物が見えるので、おそらくこの古い建物はメインの生産工程には使われていないようだ。
ブリスベンの街では、時折、「こんな所に!?」というような場所で操業している工場に出くわす。人びとが暮らすレジデンシャル・エリア(住宅地)からそう遠くない場所で長年稼動している、そのような工場が、QLD州随一の乳製品工場だったり、誰もが知るあのビスケットのブランドだったり、朝食には欠かせないあのシリアルの工場だったりするから面白い。
今回の工場も、かつてインダストリアル・エリア(工業地帯)だった場所がレジデンシャル・エリア(住宅地)に侵食されてきている感じの場所に立っている。こういう立地だと、遠くない将来「移転か閉鎖か」という決断を迫られる時が来るだろう。
そのタイミングで古い建物は取り壊しの憂き目に遭いかねないが、最近は、古い建物の特性を生かした再開発も多く見られるので生き残りの可能性もゼロではない。戦後すぐから続くこの工場は、開設以来、多くの近隣の住民の生活を支える存在であり続けたはずで、移転や閉鎖ということになれば生活を脅かされる人びとも多いに違いない。
この連載を書き始めて以来、街中の何でもない光景に目が留まり、そこで紡がれる人びとのさまざまなドラマに思いを馳せるようになった。建物の数だけドラマがある──。多くの人びとの生き様を見守ってきた古い建物をめでられるような、余裕のある歳の取り方をしたいものだ。
からりと晴れた日曜の午後、そんなことを考えた。
植松久隆(タカ植松)
文・写真 タカ植松(植松久隆)
ライター、コラムニスト。ブリスベン在住の日豪プレス特約記者として、フットボールを主とするスポーツ、ブリスベンを主としたQLD州の情報などを長らく発信してきた。2032年のブリスベン五輪に向けて、ブリスベンを更に発信していくことに密かな使命感を抱く在豪歴20年超の福岡人