新女王誕生と絶対王者の存在感
テニスの4大大会、グランド・スラム(以下、GS)の今季初戦となる全豪オープンが、メルボルン市内のメルボルン・パークで1月14日から27日まで行われた。今大会で最大の話題となったのは、大坂なおみ(21歳、5位)が昨年の全米に続きGS2連覇を飾ったことである。男子シングルス決勝では、昨年の全英と全米を制したノバク・ジョコビッチが、全仏優勝のラファエル・ナダルを破りGS優勝回数を15回に伸ばした。テニス界に新たな歴史が刻まれた2019年の全豪オープンを振り返る(文中敬称略。世界ランクは2018年末時点)。(文・写真=板屋雅博)
大坂なおみ、昨季からのGS連覇達成
大坂なおみは、昨年の全米で最強と謳われていた女王セリーナ・ウィリアムズ(アメリカ、37歳、16位)を実力で打ち破って衝撃の初優勝を遂げ、日本人として男女を通じ初のGSチャンピオンとなった。入れ替わりが激しい女子シングルスの世界で、今回のGS連覇がいかに難しいかはデータが物語っている。2015年にセリーナが全豪から3連覇したが、大坂のGS連覇は実に14大会ぶりであった。世界のトップ選手たちは、大坂に勝つための対策を十分に練ってきていた。そうした状況下でのGS連覇は価値が高く、全豪優勝により2,000ポイントが加算され、大会後の1月28日付け女子テニス協会(WTA)世界ランキングで、大坂は頂点に立った。日本・アジアで男女を通じて初めての1位という快挙を成し遂げた。過去アジア勢の最高位は、14年に全豪を優勝した中国のリー・ナ(李娜)の2位だった。
GS連覇が期待された今大会、大坂は第4シードで全豪を迎えた。
1回戦マグダ・リネッタ(ポーランド、26歳、81位)、2回戦タマラ・ジダンセク(スロベニア、21歳、79位)をストレートで破って、快進撃をスタートさせた。
3回戦は、台湾のシェ・シュウェイ(謝淑薇、28位)。年齢は選手としてピークから下り坂と言える33歳、サーブは時速110キロ台と中学生にも劣るスピードの小柄な謝に対して、強打の大坂が難なく勝つと誰しもが思ったであろう。ところが試合が始まると謝は、大坂の強打・巧打をことごとく打ち返し、圧倒的に大坂が有利と見られる中、ラリー戦を制し始めた。すると、根負けした大坂がミスを繰り返し、第1セットを落とした時点で大坂は精神的に追い詰められてしまった。第2セットの第3ゲームまでアンフォースト・エラー(凡ミス)は、謝が17本だったのに対し、大坂が29本。気落ちした大坂がコートに倒れこむシーンもあり、勝負あったかに見えた。大坂のすぐ隣で撮影していた筆者もこの試合の負けを覚悟した。
しかし、大坂の精神面での成長が見られたのはここからであった。第7ゲームで大坂が5ポイント連取でブレークして謝に並び、第3セットも6-1で制した。筆者は、謝との第2セットが大坂の全豪優勝のターニング・ポイントであったと思う。それにしても世界28位の謝が見せたテニスは見事であった。世界にはまだすばらしい選手がいることを大坂だけでなく我々も思い知った。
筆者が驚いたのは、厳しい暑さの試合後に大坂が飲んだペットボトル5本をゴミ箱に捨ててから帰ったことである。試合後は疲れ切っていたであろうはずなのに、淡々と片付けて会場を後にする大坂はまさに日本人であると感銘を受けた。
4回戦は、強豪アナスタシア・セバストバ(ラトビア、28歳、11位)。両者とも1セットを取った後の第3セットは双方ブレークを取って互角の試合運びであったが、第7ゲームで大坂がブレークして勝利した。大坂は、2000年の杉山愛以来19年ぶりに全豪ベスト8入りを決めた。準々決勝の相手は、エリーナ・スイトリナ(ウクライナ、24歳、4位)。直近の試合で2連敗していたが、スイトリナの負傷もあり、6-4、6-1で勝利した。
準決勝の相手は、カロリーナ・プリスコバ(チェコ、26歳、8位)。17年の世界ランク1位。感情コントロールに難がある大坂に対して、表情を変えずに常に冷静なプレーを続ける対照的な選手である。第1セットを大坂、第2セットをプリスコバが取り、第3セットは、先にブレークを奪った大坂が逃げ切った。
決勝の相手は、ペトラ・クビトバ(チェコ、28歳、7位)。左利き(レフティー)で強打、強烈なサーブで有名。11年と14年に全英で優勝。しかし、16年に自宅で暴漢に襲われて、利き手の左手に重傷を負い、選手生命の危機に遭ったが、精神的にもタフな選手として戻ってきた。全豪では悲願の初優勝を成し遂げようとする強い気持ちで迎え、決勝まで1セットも落とさない完璧な内容で勝ち上がってきていた。
第1セットは両者譲らず6-6となったが、内容ではサーブ、ストローク共に大坂が押していた。タイ・ブレークでは、大坂が7-2で押し切って第1セットを先取。
第2セットに入っても大坂の勢いは変わらず、先にブレークされたが、第3、第5ゲームをブレークして、第9ゲームのクビトバのサーブで、大坂が0-40となり、3本のチャンピオンシップ・ポイント(取れば全豪優勝)を迎えた。
しかし、クビトバが5本を連取してキープ。第10ゲームは大坂がサーブをキープすれば優勝であったが、ダブル・フォールトや凡ミスで結局クビトバがブレーク・バック。大坂は声を荒げたり、ボールをたたきつけたりで精神的に不安定な状態となり、コートにしゃがみ込むシーンもあった。結局ブレークされ、7-5でクビトバが第2セットを取った。大坂はタオルを頭に被ってトイレでコートを離れた。精神的に崩れた大坂に、もはや勝機はないと思われた。ところがトイレから戻った大坂は別人になっていた。世界のトップ選手と戦っているのだから、最終セットを楽しんで戦おうと思ったという。感情を完全に押し込めて表に出さないことも決めた。冷静に戻った大坂は、本来の実力を発揮して第3ゲームを先にブレーク。もはや精神的に乱れることなく優勝を勝ち取った。全米、全豪の2連覇を飾ると共に世界ナンバー・ワンの称号を手に入れた。
大坂なおみの強みは、父親譲りの強靭でしなやかな体から繰り出されるパワーとフィジカルにある。女子ナンバー・ワンの超高速サーブを武器に緊迫した場面などでもサービス・エースを奪える。中央や左右へのボールの打ち分け、ダウン・ザ・ラインやエンド・ラインぎりぎりに深い球を打つ。猛練習の成果で前後左右へのフットワークも大幅に良くなってきた。精神面での成長も挙げられる。サーシャ・バジン・コーチの指導で我慢を自分に言い聞かせて成長してきた。
セリーナと同等以上パワーを持ち、精神面が安定してきた大坂がセリーナの後継者として安定して優勝を続ける女王の座につく可能性は高い。
筆者は大坂と2回、2人だけで話をした。立ち話程度であったが、丁寧に受け答えをしてくれて、「ありがとうございます」と頭を下げた大坂なおみに日本人の母の影響を感じた。
全豪以降のGSは、クレー・コート(赤土)の全仏と芝の全英である。ハード・コートで育った大坂は、全豪と全米は得意とするが、クレー・コートはボールの反発が少ないため球足は遅くなる。パワー系の選手には向いてない大会だが、大坂は既にジョコビッチのようなオールラウンダー・タイプに変化してきている。GS3連覇や「生涯グランド・スラム」達成の可能性は十分にあるだろう。
錦織圭は無念の4回戦敗退
昨年末に1年ぶりにトップ10に返り咲いた錦織圭(29歳、9位、第5シード)には自身初となるGS制覇に向けて大きな期待が集まり、本人も全豪前には優勝を目指すと公言していた。
1回戦では無名のカミル・マイクシャック(ポーランド、22歳、176位)に大苦戦した。
第1セットを落とし、第2セットもタイ・ブレークをマイクシャックが制して窮地に立たされた。第3セットでマイクシャックが体調に異変をきたし、最後は棄権して、錦織が逆転勝利した。2回戦は、イボ・カロビッチ(クロアチア、39歳、73位)の強烈なサーブに苦しめられた。ファイナル・セットもタイ・ブレークにもつれ込んだ。ファイナルのタイ・ブレークは10本制であるが、先にカロビッチが7点を奪ったが、錦織が最後に4連続ポイントで逆転し、奇跡的な勝利を飾った。
3回戦ではジョアン・ソウザ(ポルトガル、29歳、44位)をストレートで下して2年ぶり7度目の16強入りを決めた。
4回戦ではパブロ・カレノブスタ(スペイン、27歳、23位)に5時間を超える激戦でフル・セットの末に勝利した。準々決勝の相手は、ノバク・ジョコビッチ(セルビア、31歳、1位)であったが、残念ながら2セット目の途中で錦織が棄権して敗退した。錦織はジョコビッチ戦15連敗となった。
錦織は、今年の目標をGS勝利と明言している。そのためには、ロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルを併せた3強の中でもジョコビッチに勝つことが絶対条件である。
圧倒的な強さ見せたジョコビッチ
男子シングルス決勝のカードは、ジョコビッチ対ラファエル・ナダル(スペイン、32歳、2位)であった。試合は、6-2、6-3、6-2のストレートであっさりとジョコビッチが勝利した。全豪優勝は歴代最多の7回となり、ジョコビッチはGS優勝回数を、フェデラーの20回(歴代1位)、ナダルの17回(2位)に次ぐ15回(3位)に伸ばした。
16年から全豪を連覇していたロジャー・フェデラー(スイス、37歳、3位)は、4回戦で敗退。3強に割って入るかと期待されたアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ、21歳、4位)は、ミロス・ラオニッチ(カナダ、28歳、18位)に4回戦で敗退。ドミニク・ティエム(オーストリア、24歳、8位)も2回戦敗退。ルーカス・プイユ(フランス、24歳、32位)とステファノス・チチパス(ギリシャ、20歳、15位)は準決勝まで勝ち上がり、話題となった。
また、元世界ランキング1位でフェデラー、ナダル、ジョコビッチと並び「ビッグ4」と呼ばれたアンディ・マレー(イギリス、31歳、230位)は1回戦で敗退。今年の全豪を最後に現役を引退した。
サプライズあった女子シングルス
ダニエル・コリンズ(アメリカ、25歳、36位)がユリア・ゲルゲス(ドイツ、30歳、14位)、キャロライン・ガルシア(フランス、25歳、19位)、アンジェリーク・ケルバー(ドイツ、31歳、2位)など上位陣を次々と破って、準決勝まで進出して周囲を驚かせた。
シモナ・ハレプ(ルーマニア、27歳、1位)は、セリーナに4回戦で敗退。セリーナは、準々決勝でプリスコバに敗退。
その他の日本人選手の結果
ダニエル太郎(25歳、77位)、西岡良仁(23歳、75位)は共に2回戦で敗退。伊藤竜馬は1回戦で敗退した。
土井美咲(27歳、128位)が予選3回戦を勝ち上がったが、本戦では1回戦敗退。女子ダブルスでは、日比野菜緒とデシラエ・クラウチク(アメリカ)組が3回戦で敗退した。
車いす部門、国枝・上地は優勝ならず
第1シードの国枝信吾(34歳、1位)は昨年、全豪と全仏で優勝して、今年も期待されたが、準決勝でステファン・オルソン(スウェーデン、31歳、6位)に1-2で敗退した。
女子の上地結衣(24歳、2位)は、決勝でディーデ・デフロートに(オランダ、22歳、1位)に敗退した。昨年の全豪と全米ではディーデ・デフロートに敗れて2位、全仏ではディーデ・デフロートを破って優勝。今年もこの2人による激しい戦いは続く。
文・写真=イタさん(板屋雅博)
日豪プレスのジャーナリスト、フォトグラファー、駐日代表
東京の神田神保町で叶屋不動産(http://kano-ya.biz)を経営