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癒しの日本茶/セクレタリーの“ヒショヒショ話”

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第13回:癒しの日本茶

 シドニーの日系旅行会社で働いていたころ、社長のお客様に日本茶を入れるのは私の大切な仕事だった。お客様の中には、オーストラリアの旅行業界関係者もいれば、東京本社からの役員や、時には修学旅行見学の校長先生もいた。というわけで、オーストラリアといえども、おいしい日本茶は欠かせなかった。

 以前は、シドニーCBDのミッド・シティ・センター内にあった「Taka Tea」の煎茶を買っていた。経営者のトニーさんとは当時からの知り合いで、この店は現在、ストランド・アーケードにあり、名前も「Quali-Tea」に変わり、たくさんのなじみ客を持つシドニーでは有名な日本茶店となっている。金融庁に入った頃は、オフィスがトニーさんの店の隣のビルにあったため、店の前をよく通った。

 もう、オフィス用に日本茶を買うことはなくなったが、トニーさんは私を見掛ける度にあいさつしてくれた。ある日、落ち込んで店の前を通った時、トニーさんはそんな私を見つけて「新茶が入ったから、飲んでみて」とお茶を入れてくれた。





 新しい仕事について聞かれた時、私は感情を隠せなくて声を詰まらせてしまった。「何をどう書いて人に伝えたら良いのか分からない。基本的なことができなくて辛い」と言って、私は今にも泣きそうだった。すると、トニーさんは自分が若いころ、香港でオフィス勤めをして取引先にビジネス文書を書いていたころの話を語ってくれた。

 「自分が読んだ文章や人が書いたもので、これはよく書けている、使えそうと思うものをファイルしておいて、それらを見本にして書くと良い。私はそうやって、書くことを学んだ」「初めから何もかも知っている人はいないのだから、何事も経験から学ぶべし」と。シンプルだけど、心に染みた励ましの言葉だった。

 お互い英語が母国語でない国からやって来た、同じ移民一世として共感できる言葉だった。トニーさんとは、もう20年以上の友人だ。彼の日本茶は静岡の茶畑栽培の最高級品、でもそれ以上に彼の入れるお茶は人の心を癒すパワーのある最高の日本茶なのである。

ミッチェル三枝子

ミッチェル三枝子

高校時代に交換留学生として来豪。関西経済連合会、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に勤務。1992年よりシドニーに移住。KDDIオーストラリア及びJTBオーストラリアで社長秘書として15年間従事。2010年からオーストラリア連邦政府金融庁(APRA)で役員秘書として勤務し、現在に至る

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