明けましておめでとうございます。今年から当コラムは、日豪プレスの誌面からオンライン版へと移行しました。新たな気持ちで、引き続きオーストラリアにおける日本食文化の普及に貢献されている方々をご紹介して参ります
2024年最初にご紹介する人は、納豆専門工房「DAI’S NATTO」代表・岩瀬大輔さんです。創業2021年5月、シドニー発・初の納豆専門工房「DAI’S NATTO」は、オーストラリア産の⼤⾖を使った手作り納豆とプレミアム・オーガニック豆腐「お濃い/OKOI」の製造・販売しています。
ご自身の名前、大輔から取ったという商品名「Dai`s」と大豆を掛けたかのような音の響きが心地良い。副業がストリート・ダンサーであるからでしょう。サウンド・センスがとても良い。それに納豆パッケージのKawaii(カワイイ)しば犬のイラストが、オーストラリアのKawaii好きのハートを射止めること間違いないでしょう。
納豆作りを始めたきっかけはコロナ禍騒動と言います。
「納豆さえあれば生きていけるぐらい大の納豆好き。ただ冷凍納豆は正直好きではなく、シドニーでは納豆をほとんど食べていませんでした。いつか作ってみたいなと思いつつ10年ぐらいが過ぎたころにコロナ禍に夜自粛が始まりました。家にいる時間が増えた際にいろいろ調べ物をしていたら、インターネットで論文検索ページを見つけ、納豆に関する日本語の論文がたくさん存在することに気付いたんです。知らず知らずの内に納豆の研究に没頭し、1年も掛かってしまいましたが、満足のいく納豆ができ、気が付けば⽴派な納⾖オタクになっていました」──。コロナ禍でのロックダウンの時間に生まれた「DAI’S NATTO」。そこには岩瀬さんの納豆愛が深く感じられます。
家庭で納豆作りに取り組まれた人はいらっしゃいますか? 私も手間が掛かり、管理がとても大変な自家製納豆作りを試したことのある1人ですが、商品化につながるほどのエネルギーや納豆愛はそこまで大きくなく、納豆オタクにはなり切れませんでした。
更に「DAI’S NATTO」の大豆はオーストラリア産にこだわり、いろいろな種類を納豆化して試した上で一番おいしかった大豆を選んだのだそう。その大豆は1トン単位で購入。オーストラリア産大豆の大袋の中には、石などの異物や虫食い、変形、割れたりしている大豆がかなり多く混ざってしまっているため、週に10時間ほど掛けて手作業で大豆を1粒1粒選別するそうです。
「すごく大変ですが、食の安全に直結する作業。選別は一切妥協しません」と岩瀬さん。「DAI’S NATTO」は小粒、オーガニック中・大粒から選べます。どちらも違った食感が楽しめ、安心して豆を頂けます。
取り扱い店を順調に増やしてはいますが、1トンの大豆、納豆だけでは、活動の継続はなかなか難しいということで、思いついた案が大学生のころにはまっていたという「濃厚冷奴」です。
「シドニーでおいしい冷奴に出合ったことがない」という思いから、豆腐製造に関する論文を探して読み漁り、トライ&エラーをひたすら繰り返すこと8カ月。その開発期間を経て23年8月に冷奴に最適なプレミアム・オーガニック豆腐「お濃い」の販売に至りました。
試食させて頂きましたが、Dai’sの「お濃い」は、特殊な製法で豆乳から手作りし、より濃厚に作られているということで、ひと口ひと口にしっかりとした味わいがあり、豆腐とは思えないクリーミーさもあります。豆腐だけで1つのメイン料理を十分に完成させることができますし、メイン料理を引き立てる食材にもなると確信できました。
「ちなみに豆腐は特殊な製法によって超濃厚にしているのですが、いかんせん手作りだと作業が複雑かつ大変なため、納豆との生産の兼ね合いもあり、現在は週に20個しか生産できておりません」(岩瀬さん)ということで、限定品にはなっていますが、このDai`sの「お濃い/OKOI」は試す価値があると思います。
最後に、今後について伺うと、
「メイン・ターゲットは納豆好きの方々全員ですが、その中でも将来を見据えた戦略的ターゲットは、お子さんとそのお母さんです。納豆に対する先入観のある大人になってからチャレンジして好きになる確率より、先入観のない子どものころに家庭で日常的に食べた方が、納豆を好きになりやすく、その後も継続的に食べる確率は格段に高いと考えています。
そして、2,500億円と言われる日本の納豆市場規模と世界の決して高くはない納豆需要のギャップは、単純に幼少期においしい納豆を食べた経験があるか否かに起因していると思われます。おいしい納豆を提供し続けることで生涯納豆ファンを増やし、納豆をオーストラリアでもっと一般的な食べ物にしたいと思っております。
すごく時間は掛かると思いますし、もしかしたら僕の代では達成できないかもしれませんが、次世代に納豆のある日本食文化を紡いでいけたら幸いです」──。
日本では老舗という言葉が聞かれますが、ここオーストラリアにおいて日本食材/食の老舗というのはほとんど聞きません。それは日本食材だけに限られないかもしれません。老舗というのがまだまだ足りない気がします。しかし、逆に考えると可能性に満ちていると言えるでしょう。
私の20代後半から30代、約50年前と比べると環境とスピード感が変化しました。今後、若い人たちがそれぞれの“好き”を大事にしてトライ&エラーをしていくことで、日本食文化に変化と革新が起こるという期待に胸を躍らせています。
納豆ファンをもっと増やしたいという思いで活動されている「DAI’S NATTO」は、皆さんの応援が大きな励みと支えになると言います。私も納豆ファンの1人として応援していきたいと思います。
■DAI`S NATTO
Web: daisnatto.com
このコラムの著者
出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese Cuisine、Japanese Cooking at Home, Essentially Japanese他著書多数。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流師範、四條司家師範、四條司家公認天日大膳宗匠、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使。2021年春の叙勲で日本国より旭日双光章を受章