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豪州経済の光と影 28年連続の景気拡大はいつまで続く?

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特集

豪州経済の光と影

28年連続の景気拡大はいつまで続く?

豪州は1990年代初頭から30年近くに渡り、世界で最も長いとされる景気拡大期を続けてきた。自然に恵まれた豊かな生活環境に加え、世界が羨む経済的繁栄をも手に入れたのだ。しかし、永遠に続く経済成長はない。世界経済に保護主義と通商紛争の嵐が吹く中、足元には景気減速の影が忍び寄る。1人当たりの国民総生産(GDP)で見ると、既にリセッション(景気後退)に陥っているとの指摘もある。豪州経済の強さと弱さに焦点を当てた。(ジャーナリスト:守屋太郎)

(出所:連邦財務省、豪統計局)
(出所:連邦財務省、豪統計局)

今年3〜6月期の豪成長率は、世界金融危機以降で最も低い水準まで落ち込んだ。豪統計局(ABS)が9月4日に発表した統計によると、6月期の実質国内総生産(GDP)は前期比0.5%増(季節調整値)と前期(0.4%増)からわずかに加速したが、前年同期比では1.4%増(前期は1.8%増)と2009年9月期以来約10年ぶりの低水準となった。

鉄鉱石価格の上昇、石炭・天然ガスの増産を背景に、輸出が前期比1.4%増と好調だった。一方、景気への影響が大きい個人消費は前期比0.4%と低調で、住宅建設も4.4%減と大きく落ち込んだ。

ABSのブルース・ホックマン主席エコノミストは声明で「外需がGDP成長率を押し上げた一方、国内経済は堅調さを維持した」とネガティブな表現は避けたが、民間のエコノミストからは内需の弱さを指摘する声が出ている。ウェストパック銀のビル・エバンス主席エコノミストは、公共放送ABCの報道番組で「企業投資、住宅建設、個人消費といった経済のカギとなる部分が、本当に良くない。賃金の伸びが弱いことが最大の問題だ」と分析した。

ABSの統計によると、6月期の被雇用者1人当たりの賃金は前期比0.4%増、前年同期比1.4%増と低迷している。実質賃金の伸びの弱さが、GDPの約6割を占める個人消費に影を落とした格好だ。

豪州は先進諸国の「羨望の的」

ここにきて減速感が強まってはいるとはいえ、リセッション知らずの経済成長は今年6月期で112四半期連続、実に28年間に達している。欧米や豪州では、2四半期連続して前期比でマイナス成長が続くと、リセッションと定義される。豪州経済が最後にリセッションを経験したのは1991年6月期だ。

この頃、豪州は最大の輸出先だった日本のバブル崩壊の余波を受けていた。しかし、その後、輸出先を中国などアジア諸国に広げた。特に中国への鉄鉱石をはじめとする鉱物資源輸出が爆発的に伸びた。

91年以降、①ITバブル崩壊の2000年12月期、②世界金融危機の08年12月期、③大規模な洪水がQLD州を襲った11年3月期、の3つの局面でマイナス成長となった。だが、いずれも1期だけにとどまり、景気後退を回避した。

つまり、現在40代後半から50歳前後までのオーストラリア人は、社会に出てから一度も不況を経験したことがない。そんな国は、世界の先進諸国でも豪州だけだ。

豪州の景気拡大期は既に、80年代に北海油田の開発ブームに湧いたオランダを抜き、世界の最長記録を更新し続けている。主要先進国を上回るペースで安定成長を続けてきた豪州経済は「先進諸国の羨望の的」(労働党政権でかつて財務相を務めたウェイン・スワン氏)と言われてきた。

「100年に一度」と言われた世界金融危機も、豪州は主要先進国で唯一、リセッションを回避した。当時の労働党政権が巨額の給付金を国民にバラ撒き、学校の改築などの公共工事も推し進めた。

政府の積極的な財政出動が内需を下支えすると共に、通貨安も輸出の回復を支えた。豪ドルは資源国通貨とみなされるため、世界経済が減速すると安全通貨とされる円や米ドルに対して大幅に下落する。このため、通貨安が緩衝材となってショックを吸収し、世界金融危機後の景気回復をけん引した。急激な円高が輸出産業に大打撃を与え、景気が大幅に落ち込んだ日本とは対照的だ。

強い経済のけん引役は何か

30年近くに渡る豪州の息の長い経済成長は、資源・エネルギーの輸出拡大がけん引したというのが定説だ。

世界銀行によると、2018年の豪物品・サービス輸出額は3,864億ドルと物価を加味した実質ベースで90年の約4倍に増えた。90年に15.1%だった豪GDPに占める物品・サービス輸出の割合は、18年には21.7%まで拡大した。ABSによると、2018/19年度の豪物品・サービス輸出額に占める割合は鉱物資源が58%、農林水産物が11%と1次産品が輸出全体の7割弱を占めている。

ただ、輸出に占める資源・エネルギーの比率は非常に高いものの、経済全体の鉱業部門への依存度がそれほど高いわけではない。鉱業部門がGDPに占める割合は7.9%(18/19年度=ABS)と比較的小さく、被雇用者の割合も約2%に過ぎない。サービス産業のGDP比は76.8%と圧倒的に大きく、豪州の産業構造はサービス産業が主導する典型的な先進国型となっている。

日豪間の企業買収を数多く手掛けてきた弁護士のイアン・ウィリアムズ氏(豪大手法律事務所ハーバート・スミス・フリーヒルズのパートナー)は、豪州経済の強みについて次のように語る。

「世界市場が必要とする鉄鉱石や石炭、液化天然ガス(LNG)といった豪州産の資源・エネルギーの価格は高値で推移してきた一方、豪州が生産できないIT製品や携帯電話、電化製品、自動車などの工業製品は年々、価格が低下してきた。世界が必要としている商品を高く売ることができる一方、自国で生産できない商品を海外から安く購入することができた。そこが、豪州が豊かさを享受できた大きな要因の1つではないか」

輸出だけではなく、海外からの人や資金の流れも経済成長を支えた。91年の豪人口は約1,700万人と今より約800万人少なかった。3年半ごとに100万人のペースで、人口が増えた計算になる。国内に足りない職種の高技能人材をいわば「ふるいにかける」移民政策の下で、購買力のある高所得者を世界中から集めた。こうした国造りの手法も、成長に寄与した格好だ。

だが、移民政策や投資奨励策だけでは、質の高い労働力やカネを呼び込むことはできない。幸運にも豪州には、豊かな大自然や居住環境、外国人に寛容な多文化社会といった魅力がある。そうした統計の数字には表れない豪州の「ソフト・パワー」も、移住先や投資先としての魅力を高め、成長の原動力になったと言えそうだ。


インタビュー

世界経済の「新常態」からは豪州も逃れることはできない

ニューサウスウェールズ大学(UNSW)経営学大学院
リチャード・ホールデン教授(経済学)

Richard Holden
シドニー出身。1997年シドニー大学卒。2000年シドニー大学大学院卒。06年米ハーバード大学で博士号。米マサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、米シカゴ大学客員教授、ハーバード大学客員教授などを経て11年より現職

先進国の多くが金融緩和下で低成長、低インフレに陥る中で、豪州は今後も高い生活水準を維持できるのか。「1人当たりGDP成長率では、豪州は実質的に景気後退期に突入した」と主張するニューサウスウェールズ大学(UNSW)の経済学者、リチャード・ホールデン教授に話を聞いた。(聞き手:守屋太郎)

——他の先進諸国と同様に、サービス産業は豪州の全産業の7割以上を占め、1割以下の鉱業よりもはるかに規模が大きい。豪州の記録的な長期経済成長をけん引したのは、本当に資源ブームなのか? もしそうでなければ、豪州に今日の経済的繁栄をもたらした真の要因は何か?

重要な要素の1つは、1980年代以降の経済改革だ。ボブ・ホーク首相(83〜91年)とポール・キーティング蔵相(91〜96年に首相)の政権(労働党)は83年以降、経済の大幅な自由化を推進した。銀行業界の規制緩和を行い、豪ドルを変動相場制に移行させ、豪準備銀(RBA=中央銀行)の独立性も高めた(最終的に実現したのは90年代中期のハワード保守連合政権)。

80年代初頭まで非常に閉ざされていた豪州経済は、はるかにオープンになった。そのことが輸出産業の強化につながった。鉱業だけではなく、農業の輸出も大幅に伸びた。その結果、現在、GDPに占める輸出の割合は約20%まで高まった。これは(今日の強い豪州経済につながる)非常に重要な改革だった。

また、ホーク/キーティング政権は、政労使協定「アコード」を結んだ。短期的にはインフレ抑制を図ったが、より協調的な労使関係制度を構築したことで(当時頻発していた)労働争議が姿を消し、生産性の向上につながった。更に、職場協定「エンタープライズ・バーゲニング」制度を導入し、企業が労働者と個別に、より柔軟に労使契約を結ぶことができるようになった。

一連の経済改革が、豪州経済を活性化させ、経済的危機からの回復力を高めた。世界経済危機や資源ブームの終えんといったショックにも、対応できるようになった。世界経済危機の直後、豪ドルの対米ドルは一時、1豪ドル=50米セント近辺まで下落したが、通貨安がショックを和らげ、輸出の伸びをけん引した。こうした緩衝材がなかった80年代には、起こり得なかったことだ。

輸出だけではなく、質の高い移民人口の増加や、サービス産業の発展も、経済成長をけん引した。高い技能を持ち、高収入の移民を受け入れる移民政策は、消費を伸ばしただけではなく、移民を受け入れる中小企業の成長を促し、経済の発展に貢献した。

——少子高齢化で人口減少が続く日本と異なり、一定の移民受け入れによって人口が増加している豪州は、人口増加率(3月四半期は前年同期比1.6%)を上回るペースで経済成長を実現しなければ、安定した雇用を維持することができない。ホールデン教授は、既に2018年12月四半期の時点で1人当たりGDPの成長率が2期連続のマイナス成長となり、豪州経済は実質的に景気後退に入ったと指摘している。豪州経済の現状をどのように分析しているか?

豪州経済が減速していることは間違いない。ドイツはマイナス成長に陥り、シンガポールもゼロ成長。欧州各国も成長が鈍化しており、米国経済もプラス成長を維持しているものの減速している。経済の縮小は世界的な傾向だ。

米中の経済摩擦はどの国にとっても良くないが、豪州にとっても最悪だ。(直近の)鉄鉱石価格の上昇は(税収の増加により)政府の歳入を増やしており、財政健全化にはプラスだが、成長にはほとんど寄与していない。

他の多くの先進諸国が直面している困難からは、豪州も逃れることはできない。1人当たりGDPで見ると豪州経済はリセッションに突入している。経済全体がプラス成長していたとしても、生活水準の動向を測るには、1人当たりの成長率に着目しなければならない。

低成長へパラダイムシフトが起きている

——政策金利がはるかに高かった約11年前の世界金融危機直後と異なり、現在の豪政策金利は史上最低の1.0%まで引き下げられている。RBAが採ることのできる伝統的な金融政策の余地は限られている。世界経済がさらに減速した場合、もしホールデン教授がフィリップ・ロウRBA総裁だったら、どんな金融政策を発動するか?

政策金利の引き下げを機能的に実施できるのは0.25%までだろう。次のステップとしては、何らかの量的緩和策が視野に入る。最もあり得る選択肢は、RBAによる豪州国債の買い入れだ。RBAは量的緩和策を「やりたくない」と言ってはいるが、踏み込まざるを得なくなる可能性が高い。結果的に必要がなかったとしても、(量的緩和に向けた)準備をしておくことは賢い選択だ。

豪州経済のパラダイムは、低成長に大きくシフトしている。私がロウ総裁であれば、もっと早い段階で(政策金利を)1.0%まで下げていただろう。彼は非常に思慮深い、慎重な人物だ。利下げのタイミングはちょっと遅すぎたと思う。

——モリソン保守連合政権は、今年の連邦選挙で経済・財政運営の成果を訴え、予算の黒字化を公約。「勝てない」と言われた選挙に勝利した。それだけに、今後、豪州経済が急激に減速したとしても、11年前のような積極的な財政政策を発動する余地は狭そうだ。もし、ホールデン教授がモリソン首相だったら、どんな財政政策を発動するか?

インフラ整備にもっとより多くの予算を投じるべきだ。(破壊された)自然環境の清掃や復旧、植樹といった事業なら、大きな機械がなくてもすぐに、人に投資することができる。私はこれを「グリーン・スティミュラス」(緑の景気刺激策)と呼んでいる。教育やヘルスケアの特定の事業に集中的に予算を投じることも可能だろう。

インフラ整備は労働生産性を向上させ、経済成長に寄与する。シドニーの交通インフラが人口増加に追いついていないのは明らかだ。ただ、鉄道や空港、橋の建設といったビッグ・プロジェクトには10年、15年といった長い時間がかかる。既に動き出した事業が多く、技能労働者や資金を十分に集めるのも難しい。

財政政策の余地はある。だが、現在の(モリソン政権の)経済政策の主眼は予算の黒字化にある。誰かが政策を変えるとは思えない。

——北半球の主な先進諸国では、量的緩和やマイナス金利といった非伝統的な金融政策を続けているにも関わらず、低成長、低インフレの「ニュー・ノーマル」(新常態)から抜け出せない。特に日本では、異次元の量的緩和策やマイナス金利を導入し、記録的な超低失業率にも関わらず、物価も賃金も日銀の想定通りに上がっていかない。そうした中で、豪州経済がいま直面している課題は何か? 豪州は今後も高い生活水準を持続することが可能なのか?

ラリー・サマーズ(元米財務長官、経済学者)が、仮説「長期停滞論」で唱えたように、世界の主要先進国では、超低金利下での低成長、低インフレが「ニュー・ノーマル」となってから、もうずいぶん時間が経った。豪州も例外ではない。この新常態から逃れることはできない。

労働生産性を向上させる以外に、生活水準を向上させ、賃金を上昇させる手段はないだろう。(限界近くまで金融緩和しても)インフレ圧力がなかなか高まらない経済の「日本化」を回避するには、より高度なテクノロジーを導入し、より技能の高い労働者を雇用して生産性を上げるしかない。だが、そのためには長い時間がかかる。50年後を見据えて、子どもの教育を改革していく必要がある。

オーストラリアが「ニュー・ノーマル」に順応していくことは可能だと思う。だが、今までのように1人だけで満足はしていられないだろう。28年連続のリセッションなしの経済成長の背景には、先に述べたようにホーク/キーティング政権の経済運営の成果もあったが、幸運もあった。

——今後、通商摩擦の激化で中国経済がさらにスローダウンした場合、豪州はインドなど他の新興国に輸出先を多様化することで経済成長を持続することができるだろうか?

可能かもしれないが、より難しいだろう。中国には10億人以上の市場が、豪州のすぐそばにある。中国は過去30年の間に非常に貧しい状態から、一定の豊かさを享受するまでになった。中国では中間層が拡大し、豪州産の高い牛肉や子羊肉を食べられるようになった。インドや他の東南アジアもそうした成長は可能かもしれないが、豪州にとって中国の高度成長は「100年に一度」のレベルだった。

市場はトランプ米大統領のツイート次第で乱高下しており、貿易戦争の行方は誰にも分からない。しかし、中国経済が大打撃を受ければ、豪州への影響は深刻だろう。

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