【着任インタビュー】小野益央・在ブリスベン総領事

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着任インタビュー
小野益央・在ブリスベン総領事

 2月中旬、コロナ禍がまだ完全に収束しないものの、確実に人出の戻りつつある薄曇りのQLD州の州都ブリスベン。その中心街にある在ブリスベン日本国総領事館に1月10日に着任した小野益央総領事を訪ね、新任地の印象や今後の抱負などを伺った(取材・2月15日、於・在ブリスベン日本国総領事館、文・写真=植松久隆・本誌特約記者)。

小野益央

小野益央(おの・ますお)

福島県出身。東京外大在学中の1983年に外務省採用試験に合格。翌84年に外務省入省。在ベトナム大使館一等書記官、領事局旅券課首席事務官、大臣官房儀典官兼大臣官房儀典賓客室長を歴任後、2021年11月、在ブリスベン日本国総領事を拝命、翌22年1月に着任した。58歳。

「多文化共生社会」の総領事館

1984年の外務省入省後、ベトナム語プロパーとしてキャリアを重ねてきた生粋の外交官である小野益央•在ブリスベン総領事。ベトナム駐在歴は研修も含めて11年になるが、オーストラリアを始めとした太平洋州とはこれまでほとんど接点がない外交官キャリアを歩んできた。

「田中前総領事が非常にオーストラリアや太平洋州での経験の深い方でしたが、私はオーストラリアだけではなく他の太平洋州の国での駐在経験もないので、正直なところ『大丈夫かな』という不安は少しありました」との本音を隠さないが、当然ながら、「在ブリスベン総領事」のポストには強い意欲を持って臨む。

「周囲からは、ブリスベンは良い所だし、QLD州全体がオーストラリアの中でも特に親日的で、気候も良く、本当にラッキーだと言われました(笑)。ブリスベンのような恵まれた環境に赴任できることを非常に有り難くと思うのと同時に、当地の日系コミュニティーのために総領事としての責務をきちんと果たしていかなければとの緊張感を持っています」

総領事になじみの深い日本やベトナムは、「多文化共生」というほどさまざまな人種が暮らす国ではない。そういった国での生活が長い総領事は、着任からの期間がごく短いながらも、ブリスベンの多文化共生社会を「さまざまなバックグラウンドの方の多様なコミュニティーがよく調和して、マルチカルチャリズムが包摂されている懐の深い社会との印象」と適確な肌感覚で捉えている。では、その「懐の深い社会」の中での当地日系コミュニティーをどのように捉えているのだろうか。

「これは他国・地域の日本人社会にも言えることですが、コミュニティー内の特定の組織が目に見えた影響力を持っていたり、または、政治的発言力を持っていたりというのは、それほどないように思います。ブリスベンにも、70年代以降、長く社会に根を張り活動して来られた方も相当数いらっしゃいますが、傾向として、そういう方々は分散して良い意味で現地に溶け込んでいる印象です」と慧眼を発揮する。

日系コミュニティーとの関わりは

確かに、戦中戦後の激動期を経て、白豪主義のただ中に移住してきた戦争花嫁世代以降、当地の日系コミュニティーは公然と独自の文化を守るというよりは、同化して暮らすことに特化しがちなコミュニティーとして歩んできた。それが急速にアクティブになってきたのは、日豪両国間での人の往来が激増、日本への親近度が著しく高まってきた頃からの話だ。その点で総領事の指摘も的を射ている。

「日系コミュニティーの中で文化面、教育面での日本人同士のつながり、コミュニティー形成という観点では、まだまだ課題もあるのかなというのが正直な印象です。引き続き、現地に長く暮らす邦人の皆様の率直なご意見を伺いながら、総領事館として『できること』『なすべきこと』の範囲内で支援していきたい」と語るように、ようやく本格化してきた持続可能な「日系コミュニティー」形成の機運の中で、総領事館の「なすべきこと」は領事館自身が思う以上に大きいのかもしれない。

着任後まもなく、日系各団体の代表者と懇談を行った
着任後まもなく、日系各団体の代表者と懇談を行った
 更に、総領事は日系コミュニティーの成員へ呼びかける。

「当館としては、当地の日系コミュニティーと積極的に連携していく姿勢は継続して、できれば強化していけるよう努力していきたいと思っています。災害や事件などがあった際、速やかに対応するためにも邦人とのつながりはとても大事ですし、情報収集・拡散の面でも邦人団体との連携を引き続き深めていきたい。そのためにも、在留邦人の皆様には、是非、在留届の提出をお願いします」

「開かれた領事館」は続いていく

世界中がコロナ禍に襲われたここ数年、日本政府による在外邦人対象のさまざまな直接的施策が取られるようになったことを大きな変化と感じ、ようやく、「本国」の目が在外邦人にも届いてきたとある種の感慨を持つ在留邦人も少なくないだろう。

「ご指摘のように、コロナ禍で在外邦人の健康不安に関する電話相談を行ったり、ワクチン接種済証明の発行で現地医療機関との連携を行ったりと、在外邦人対象のさまざまな施策が取られるようになりました。コロナ禍で在外邦人をどう支援していくかの日本国内での関心の高まりもあり、在外邦人支援という観点が外務省のみならず政府全体でもより重要なものとして捉えられるようになってきています。当館としても、その流れに沿って、より在留邦人の力になれるように努力していきます」

ここまでの一連の発言をあらためて見ても、近年、とみに顕在化してきた『開かれた総領事館』は、小野新体制でも維持されると見てもまず間違いなさそうだ。

かつては戦戈を交えた日豪両国。それでも、負の歴史を乗り越えて、現在の日豪関係は、「相思相愛とも言える関係(小野総領事)」と言うほどに深化した。

「現在、オーストラリア全体で日本に対する注目度はとても上がっています。日本から見てもオーストラリアは準同盟国的な友好国で民主主義などの同じ価値観を共有できる大切な友人だという感覚が強まっています。QLD州では、貿易投資の促進や経済関係の強化によって日本企業の存在感が更に高まっており、それらのビジネスが日本とQLD州の双方の利益になり、両者の関係がより良好になるといった好循環を生み出していきたいです」と、日豪、そして、日QLD関係の新たな深まりへの期待感も語った。

QLD州日系社会の「顔」として

コロナ禍の影響を直接的に受け、昨年末の辞令発令から年明けの現地着任まで少し時間があった小野総領事。当然ながら、その期間も東京で積極的に「総領事」として活動を続けていた。関係各所へのあいさつ回りや本省内でのブリーフィング以外にも、在ブリスベン総領事館の管轄地域と姉妹・友好都市関係にある埼玉県と大阪府、神戸市などを訪問。いかにコロナ後の交流の維持発展をしていくかなどの意見交換を行った。

ブリスベン着任後もコロナの隔離で、すぐには総領事館への出勤は叶わなかったが、正式着任後は積極的に動いている。同インタビュー前日(2月14日)には、海底火山の大噴火で甚大な被害を受けたトンガ支援のためにブリスベン郊外のアンバリー空軍基地に飛来した航空自衛隊C-130輸送機と空輸部隊の激励に訪問。2月25日には、総領事公邸にQLD州の政財界要人や日系団体の代表者などを招いての天皇誕生日の祝賀レセプションをホストした。その後も、引き続き、現地の政財界要人への表敬訪問などの公的行事を積極的にこなしながら、着任から2カ月が過ぎてなお、QLD州の日系コミュニティーの外交面の「顔」としてフルスロットルの活動を続けている。

小野総領事はどんな人!?

天皇誕生日の祝賀レセプションで乾杯の音頭を取る•在ブリスベン総領事
天皇誕生日の祝賀レセプションで乾杯の音頭を取る•在ブリスベン総領事
 ここまでは、少々硬い話が続いた。ここからは、少し軟らかく行こう。

総領事ゆかりのベトナムと言えば、ブリスベン西郊に、シドニー、メルボルンの二大都市に比べてサバーブごとのエスニック色が比較的薄いとされるブリスベンでは異彩を放つ、ベトナミーズ・サバーブのイナーラがある。「ご存知でなければ……」とそのことを切り出してみると……。

「いや、イナーラ、既に行っていまして、イナーラ・プラザ(ショッピング・センター)の中は、もう本当にベトナムにいるみたいですね。ベトナム語も普通に話されていますしね。ちょっと、(総領事)公邸のあるエリアからは距離があるのが玉に瑕ですが、今後も食材を買い出しに行ったりしようと思います」

さすがに情報が早い。着任わずかカ月足らずの総領事がお忍びとはいえ、ブリスベンのディープ・ゾーンとも言えるエリアに既に足を運んでいるのだから恐れ入った。今後も、イナーラで得意のベトナム語を駆使して買い物する総領事の姿が見られるかもしれない。

最後に、実務から少し離れた総領事の「パーソナルな」一面を更に探るべく、一問一答に答えてもらった。

赴任中、(プライベートも含め)必ずやりたいことは?

━━オーストラリアは非常に大きく多様性のある国で、(管轄地域である)QLD州だけでも非常に広大ですが、休暇も使い、できるだけ車で行ける範囲のいろいろな場所を見て周りたいですね。(ちなみに車は四輪駆動車?)いや、これから買うところで……(QLD州を広く周るのであれば、アウトバックなど非舗装路も多いので、四駆の方が良いかと)。そうでしたか、道も広いですし普通の乗用車で良いかなくらいに思っていました(笑)。ぜひ参考にしますね。

趣味は何ですか。


━━特に趣味というほどのものはないですが、80年代、90年代の洋楽をよく聞きますね。(好きなバンドやアーティストは?)若い頃は、ビートルズから入ったんですが、その後は、マイケル・ブランクスとか、最近亡くなったアル・ジャロウとか。あとは英国のデペッシュ・モードにハマっていた時期もあります。最近だと、2007年にYouTubeで見出されたフィリピン人の新しいボーカリストが加入して活動しているジャーニーなんかもよく聞いています。

座右の銘やモットーのようなものをお持ちですか。


━━そうですね。実はこれといった座右の銘はないのですが、『よく、人の話を聞く』ことは、常に心掛けています。自分が一方的に話すよりは、まず、人の話を聞いて共感してから、相手がどういう気持ちで話しているかというのをよく踏まえた上でコミュニケーションを取り、人間関係を築いていくのが大事だと思っています。

影響を受けた本や愛読書などがあれば教えて下さい。

━━小学校時代に図書館で読んだ伝説的な戦闘機乗りの坂井三郎さんの「大空のサムライ」の子ども向けの挿絵入りの本が大好きでしたね。そして、5、6年前に機会があって、坂井さんの著書を再読して、極限の状況下での上司や部下・同僚との関係性だったり、命のやり取りをした敵軍のパイロットとの交戦時のエピソードだったりに感銘を受け、非常に興味深く読みました。部下との人間関係については、少なからず影響を受けていると思います。

この記事を書き終える前に、1つだけ取材でのエピソードを書いておく。

取材中に上がったあるトピックに関して、筆者が差し出がましくある提案をするということがあった。そうすると、取材の数日後に小野総領事からメールで返事があり、その提案に関して丁寧な対応を頂いた。自ら心掛けていると話していた「よく話を聞く」という姿勢だけでなく、「聞いたことに可能な限りすぐに対応する」という総領事自身の行動的な姿勢が感じられた出来事だ。

これからも、ソフトな人当たりかつ実直な人柄に加え、いろいろな所に積極的に顔を出すフットワークの軽やかな総領事が、ブリスベンやQLD州全体で日本外交の最前線を担い、これからの任期でどのような成果を上げていくのか見守っていきたい。

長かったコロナ禍も、ようやく好転の兆しが見えてきた。今後、日豪両国間での出入国規制の緩和・撤廃で、一時的にほぼ皆無となった学生やワーキング・ホリデーなどの入国も増えてくる。そんな流れの中で、小野総領事率いる在ブリスベン総領事館が、ますますアクティブに日系コミュニティー全体に働きかけていくことを大いに期待して止まない。

(筆者追記:本稿の取材は、ブリスベンやその周辺地域に甚大な被害を与えた3月の大洪水の少し前に行われている。そのため、本稿に洪水に関しての記述は一切無い。ただ、同洪水の発生以降、被害者の中に少なくない日系コミュニティーの成員も含まれており、洪水発生とその復旧の過程で総領事を始めとした領事館スタッフも邦人保護や情報収集の観点での活動を行ってきた。

それに加えて、ブリスベン川沿いの立地にある総領事館が入居するビルが浸水したことで、領事館の通常業務にも支障が出た事実と、その間も絶えることなく災害情報の領事メールが日本語で発信され続けたことは、特に触れておきたい)

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