日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)
第67回 ケインズって、どんな人? コロナ危機とケインズ主義
かつて、大学で経済学部に入った学生たちがまず迷うのが専攻問題でした。それは「近経」を取るか、「マル経」を取るか、という選択問題です。
近経とは「ケインズ経済学」を中心に学ぶ経済学で、マル経とは「マルクス経済学」を学ぶ経済学でした。更に詳しく言えば、近経とは新しい経済理論であり、マル経とは左翼的な経済学だ、と見なされていました。もっと突き詰めれば、近経とは、数学的知識を必要とした経済学だ、と見られていました。そこで、多くの学生たちから近経を専攻することを敬遠される、という有様でした。また、経済学部内の先生たちも、近経を専門とする先生よりもマル経を専門としている先生の方が多かったのです。したがって、学生たちは近経を専攻するよりもマル経を専攻する方が数の上では断トツに多かったのが当時の実情です。
例えば、キャンパスを歩いていて、近経の教科書を持っていると、何だか少し“勉強家”のようにも見られました。そして当時、近経を学ぶ多くの学生は、卒業後に金融関係か商社に就く、または大学院へ進学する、といった道に進むのが一般的なようでした。
私自身のことを言えば、在学中にアメリカの大学への留学を望んでいましたので、アメリカの大学ではまさか「マル経」は講義されていないだろうと自覚し、当然のごとく近経を学びました。それがまさに自然のことでした。
ケインズという人について
さて、そこで「ケインズ」という経済学者について考えてみましょう。
ケインズは、1883年にイギリスのケンブリッジという大学町で生まれました。ケインズのお父さんは同大学の経済系の先生でしたし、お母さんはケンブリッジ市の市長を務めたという、いわゆる“エスタブリッシュメント”な家庭に育ちました。ケンブリッジ大学に進学したケインズは当初、数学を専攻。事実、数学に関する論文も著したほどの博学の持ち主でした。
ケインズは、大学卒業時に優等生のみが入る大蔵省の入省を望んでいましたが、試験の点数が足りず、インド省へ回されることになりました。当然、面白くないケインズは同省をほんの少し勤めただけで辞職。それからは母校に戻り、助手のような仕事をしていました。
ケンブリッジ市きっての名家の出であり、特に定職に就く必要のないケインズにとって幸運だったのは、心置きなく学問に身を入れることができたことでした。すると、大学で悠然と経済学の勉強をしていたケインズに、同大のキングス・ カレッジの講師に推薦されるという好機がもたらされるのです。そこから猛烈に学問に励んだケインズは、当時学会で主流となっていたさまざまな考えに異を唱えるようになるのでした。
失業者を救うのは政府投資
1927年から33年にかけて、世界経済は大不況に陥りました。「世界大恐慌」と言われているものです。27年の晩秋のある日、ニューヨークの株式市場で突如として株価の大暴落が起こり、それを契機として世界は大不況の嵐に見舞われたのです。
ケインズはその原因を必死に探りました。そしてその結果を、「消費は美徳」というたった一言の簡単な言葉で表現したのです。
当時の人びとはそれまで、消費を惜しみながら一攫千金を目論んで株の購入にお金をつぎ込んでいました。株価は日々高騰し、天井知らずの勢いだったのです。何だか現在の世界経済と似ています。今もニューヨークで、日本で、株価が日々高騰し、再々高値の更新しています。この「コロナ禍」の経済状況の下で、人びとは一攫千金を夢見て株式に投資しているのでしょうか。一見、恐ろしいほどに株価は高騰しています。かつての世界大恐慌のようにいつ“弾けて”しまうのかと、とても心配ですね。このコロナ禍の世の中の今こそ、第2のケインズに現れてほしいものです。
その当時は世界中が大不況に見舞われましたが、とりわけアメリカでは大都会に失業者が溢れていました。この失業者を何とかして救おうと、時の大統領、ルーズベルトはケインズをホワイト・ハウスに招き、意見を求めたのです。そしてケインズは一言、「政府はどんどん投資をしなさい。そうすれば失業者は減っていきます」と進言したのです。34 年の春のある1日のことでした。
ルーズベルトは「不思議なことをいう学者だな」と思ったものの、ケインズの進言通り、公共投資をどんどんと増大し、ダムをたくさん建設したり、道路を新しく造ったりしました。そしてそれらの工事に多くの失業者を雇ったのです。するとどうでしょう。あんなにドン底だった景気が上向き始めたのです。従来の経済学の考えとは全く逆の政策だったので、これを「ニューディール政策」と呼びました。
コロナ危機とケインズ政策
目下、世界は、1年前ほどから急に世界経済を麻痺状態に陥れている“コロナ危機”に遭遇しています。その結果、人びとはコロナ禍によって労働に従事することができず、企業の生産力は下落の一途です。各国のGDPはどこまで落ちるのか。町にはコロナ禍で働けなくなった失業者で溢れている状態です。1930年代のあの大恐慌にとても似ています。
どん底まで落ち込んだ経済状態を、各国はどのように浮上させるのでしょうか。今こそ“ケインズの再来”が望まれます。
しかし世界の経済政策担当者は、一様にケインズ経済学を身に着けているのでしょうか。
世界を見てみると、各国は惜しげもなく、一斉に大規模な財政政策を施し、国民に「一人幾ら」というように金銭を直接渡しています。それらのお金で、国民は一斉に財の購入に回しています。つまり各国政府は、有効需要の増大政策を採っているのです。まさに「ケインズ政策」に他なりません。
また、コロナ危機を救うために、全国民にコロナ対策のワクチンを施す政策も採っています。これらの費用は考えられないほどの高額です。しかしそれを全て財政支出で補うのです。恐らく、これら一連のコロナ対策は、第2次大戦後で最大の国民救済対策でしょう。これぞまさに、“ケインズ経済の再来”と言ってもいいでしょう。
ケインズは私たちに教訓を残してくれました。それは“国民の幸福は政府の手の中にある”ということです。そんなケインズは第2次大戦後の世界経済の再興に尽くしながら、1946年に63歳の若さで世の人びとから惜しまれながら亡くなりました。
しかし、もしかするとケインズは、目下対コロナ危機対策で採っている各国の「ハイパーケインズ主義」をどこかでじっと見守っているかもしれません。
解説者
岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰