日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)
第69回 世界を震撼させる「危機」について
これまで、この地球上の人びとを襲った「危機」はたくさんありました。台風、地震、津波など人間の力ではどうすることもできない自然災害から、ともすれば人間の力で回避できたかもしれないという危機までたくさんあります。それらの幾つかについて考えてみましよう。
スペイン風邪(1918~20年)
全世界で6億人が罹ったと言われ、その内の死者数は2000~4000万人。日本では2300万人が感染し、死者数は約22万人に及びました。その出所ははっきり判明していませんが、起源はアメリカ説、中国説などがあります。
この病気が流行したのは、時あたかも第1次世界大戦(1914~18年)が終わりに近づいたころ。戦争中にはさまざまな人びとが、劣悪な状態の下で戦争遂行の支援を余儀なくされ、それが元で自然発生的に菌が出回り、そしてヨーロッパ中で風邪が大流行した、という説があります。その中には、当時イギリス軍を援助するためにアメリカ空軍部隊が派遣され、その中に菌を持った隊員がおり、それが元で菌が軍隊の中で一斉に発生し、ヨーロッパ中に拡散して大流行になったとも言われてもいます。
では、なぜ「スペイン風邪」と言ったのか。当時、スペインでアルフォン13世という皇帝が絶大なる権力を持っていたのですが、その皇帝がこの病気に罹って死去するという大事件が起こり、そこで「スペイン風邪」と呼ばれるようになったそうです。
当時のヨーロッパは、戦争とスペイン風邪で見る影もない時代を迎えることとなりました。
世界の大不況(1929~33年)
1929年11月、その晩秋の朝に、ニューヨークの株式市場で原因不明の要因によって、突如として株価が「大暴落」しました。それが一気にヨーロッパ市場に伝番、世界経済は奈落の底へと突き落とされました。
第1次大戦を無傷で終え、世界の富を手中に収めたアメリカの「この景気は自分たちのもの、そして永遠に続く」という自惚(うぬぼ)れがこの悲劇を招いたと言われています。アメリカでの失業率は25%にも達し、町中で失業者と物乞いが溢れるという状態になったのです。
この惨状を救うために現われたのが、後世にその名を轟(とどろ)かせた偉大な経済学者、ケインズ=ジョン・メイナード・ケインズであり、彼の理論によって世界経済は救われることになったのです。このケインズの理論は現在でも、経済学の研究に進む際には必ず研究され、ケインズ経済学、または近代経済学と呼ばれています。
リーマン・ショック(2008~09年)
2000年代に入るとアメリカではいわゆる証券ブームが起こり、一般の人びとの間でも証券投資が頻繁に行われるようになりました。そこで得た資金を元に、金融会社は「今こそ自分の家を持つ時だ」と盛んに持ち家ブームを煽り出したのです。下層階級の人びとの間にも「自分も家を持とう」というムードが醸成されました。
持ち家購入の資金は「ローン」を組むということから始まりましたが、ローンは信用度の低い借り手向けのものでした。そのローンは「サブプライム(=中低所得者)・ローン」と呼ばれ、そのサブプライム・ローンを元にした金融商品が売り出されることになったのです。これを一手に引き受けたのが、アメリカの超大金融会社である「リーマン・ブラザーズ」で、資金力の点において日本の第1位の野村証券とは比較にならないほども大きいものでした。そこでこの会社は、資金力にものをいわせてこの証券を世界の金融関係に売りさばいたのです。
いち早く跳びつくようにして買ったのが、ヨーロッパの金融会社でした。「こんな有利な条件ならどんどん買いましょう」と買い込んだのです。しかし、アメリカで住宅バブルが破裂してしまい、住宅を購入した人びとはお金がなくなり、ローンで買い込んだ家を売り出すこともできず、ばたばたと自己破産したのです。
更にリーマン・ブラザーズが売り出した証券もただの紙切れとなり、いわゆる「ばば」をつかまされたヨーロッパの金融関係企業はいっせいに金融不安に陥りました。そしてその返済に窮する余り、これまで「買ってやっていた」ギリシャの国債を買い戻せとギリシャに迫ったのです。すると一文無しのギリシャは、両手を上げて「ばんざい」をしてしまいました。そして、「ごめんなさい、お金がない」と世界に泣きながら言い訳をするばかりでした。
そこでギリシャは、世界金融機関のIMFに頼み込み、IMFの管理の下に置かれるようになった。つまりギリシャは「破産国家」となったのです。これを世界の経済学者は「ギリシャ・ショック」(2010年)と呼んでいます。
コロナ禍と世界の危機(2020年12月~)
2020年の暮れから21年の春に掛けて突如として世界を襲ったコロナ禍は、発生以来1年以上を経てもいまだその収束の兆しさえ見せず、それどころか拡大の一途にあります。この状況を世界銀行チーフ・エコノミストのカーメン・ラインハート氏は、「コロナ禍は戦争に匹敵する」とさえ言及しています(「朝日新聞」21年1月5日付)。
コロナ禍によって世界中の死者数はおびただしい数に上り、都市は封鎖状態に置かれるといったこの状態は、まぎれもなく「世界危機と呼ばれるもの」であり、各国の政府当局による「天井知らず」の財政出動状況は、いわば戦争状態にある時の様相さえ呈している、という事実を述べているのです。
その状態を数字で見てみましよう。この数字を見る限り、日本政府による政府債務比率は驚くべき数値であり、果たして日本政府は大丈夫かという疑念さえ浮かび上がってきます。
■各国・地域の債務比率の変化
年 | 日本 | アメリカ | 先進国 |
---|---|---|---|
1955年 | 30% | 75% | 50% |
1970年 | 35% | 50% | 35% |
1980年 | 50% | 40% | 75% |
2000年 | 150% | 50% | 75% |
2021年 | 270% | 125% | 120% |
出所:出典IMF、朝日新聞2021年2月5日
上の表からも分かるように、コロナ対策費として日本政府は予算額の数倍に達する費用を投入しています。しかもコロナは収束する様子を見せていません。だとすれば、政府の借金の規模は更に拡大していくものと思われます。
「コロナは砲弾が飛ばない戦争だ」と言っても過言ではないかもしれません。戦争には平和の使者がつきものですが、このコロナ戦争には使者は現れそうにありません。ただ首を長くして待たれるのがワクチンだけです。そのワクチンも数に限りがあり、平和の使者とは遠い存在です。一体、“コロナ戦争”の終焉は、いつ、どのような形で現れるのでしようか。
解説者
岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰