日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)
第70回 経済的格差を作り出す要因-トマ・ピケティの考え方-
利益発生の源泉
経済学を学ぶ際、最初に教えられることは、「生産の3要素」という言葉です。それは、資本・労働・土地、というもので、物を生産するのに絶対に必要なものだ、と教えられます。更に現在、これらの3要素に「技術」を加えた、実質的には4要素として教えられています。つまり、どのような財=物を作るにも基本的な生産要素がなければ作れないのです。また、これらを十分に持っている国は、財の生産に絶対的に有利となり、他のいかなる国よりも、より豊かになると言われています。
考えてみれば、それはごく当然のことです。お金(資本)をたくさん使って広い所(土地)に建物を建て、より多くの人びとを使って(雇用)、最新の「技術」の下に生産活動をすれば、財の生産量は増大し、そこには当然のこととしてより多くの「利益」が発生し、そこで国はより一層栄える、という好循環が発生します。これが近代経済学の発展の基本的な条件なのです。
さて、そのような条件の下で得られた富の配分は、どのような仕組みでなされるのでしようか。この問題に答えを出すのが経済学の基本的な役割なのである、と考えられます。それこそ、なぜ富者はますます富者になり、貧しい人びとはいつまでも貧しい状態に置かれるのであろうか。この問題の解明こそが経済学者に課された最大の課題であり続けたのでした。
アダム・スミスに始まり、カール・マルクス、そしてジョン・M・ケインズといった「3大経済学者」も一様に国民の富の増大に伴う分配の問題に力を注いだのです。つまり、一国がより一層富むのに従って国民1人ひとりがより豊かになるメカニズムを追求したのです。
経済学者たちは、「個人が自由に経済活動をするに及んで、個人の力によって資本蓄積は増大し、その富の分配は力のある者の手の中に納まりがちだ」と言いました。つまり、富者はますます富み、力のない者は貧しい状態に置かれてしまうものだ、と経済学者は説いているのです。
その側面にスポット・ライトを浴びせて執筆され、世界的な啓蒙書となったものがあります。トマ・ピケティ教授による、世界の人びとに大きな感動をもって読まれた『21世紀の資本』という著書です。
この本の表題に「資本」と付けられているところから、カール・マルクスの『資本論』と同じ内容かと間違われそうですが、ピケティの本は、マルクスが資本主義を否定したのと違って、いわゆる近代経済学の分析手法を用いて論述されている著作なのです。
『21世紀の資本』の基本命題
ピケティが首尾一貫して主張している基本的命題は、1つの式によって表現されています。その式は次のように表されています。
格差拡大の根本的な力=r > g
この式の「r」とは、資本を持つことから得られるリターン、つまり「収益率」のことです。また、「g」とは「成長率」を意味しています。これら2つの率の格差の出現によって、人びとの間に貧富の差が発生する、とピケティは主張しています。
そこでまず、資本とは何なのかを見ていきましよう。
資本とは株とか証券などの金融資産のことです。つまり、どの国の、いつの時代でも、お金持ちは株といった金融資産を持つものです。つまり、お金持ちの人びとは経済が拡大するにつれて資本保有からどんどん利益が入ってくるものですが、一方、ただ働いて経済成長の分け前として受ける賃金だけを受け取る「賃金労働者」は、経済が成長しない限りその分け前をもらうことはできません。そこで「r」と「g」との間で乖離(かいり)が拡大すると、人びとの間で「格差」が拡大していくことになります。
つまり、富める人びとはますます富み、働いて成長の分け前しか与えられない人びとは豊かになれない、ということになります。そこに社会には「格差」は発生し、その差も経済の進展につれて拡大の一途をたどる、とピケティは主張しています。
株とか証券を大量に購入できる一部の富者と、労働にしか従事できず、成長の証として受け取る賃金に依存している多くの人びとは経済的な安定性を十分にえられない、とピケティは主張しています。
したがって、「r」と「g」との乖離が裕福な人びとと低い水準に留まる人びととの差が拡大していくと考えられます。そのようにして、この社会には人びとの間で「格差」が発生し、その格差も拡大の一途をたどる、というのがピケティの主張です。
この主張に接すると、結論的には大してあまり目新しい、ということもありません。しかし、なぜピケティのこの主張が世界の多くの人びとの心を捉えたかと言えば、このような結論を導き出すのに過去の膨大な統計資料を駆使して結論に達した、という事実があるからです。
ピケティの所得分配に対する考え方
ピケティは、現在の所得分配は、金持ちから貧乏人への所得移転を行うものではなく、それはむしろ、おおむね万人にとって平等な公共サービスや代替所得、特に保健医療や教育、年金などの分野の支出を賄うということなのだと説いています。
ピケティはなぜ社会の貧富の差から来る社会的不安定性を避けられないかを追求し、人間が人間らしく生きていくための正しい在り方、つまり社会正義の価値観の正しい在り方についても解き明かそうとしています。
この社会で人びとの間に横たわる不安定性や、不正義感の存在は、民間資本収益率「r」が所得と産出の成長率「g」を長期にわたって大幅に上回るだろうという事実によって説明できるとピケティは主張しています。
つまり、大多数の人びとは社会に出て労働を供給し、その対価として受け取る収益は社会の資本成長率によって大きく左右されるものであるが、民間の資本収益率は絶えず上昇傾向にあり、これらの2者間の乖離が社会における富者と貧者の階層を作り出すものだ、とピケティは主張しているのです。
目下、世界を大混乱に陥れているコロナ禍での世界経済を考える時、そして世界各国の主要株式市場で株価が大幅に上昇しているという事実を顧(かえり)みる時、まさにピケティが主張している理論が的を射ていると言っても過言ではないと結論付けられるでしよう。
最後に、トマ・ピケティの略歴を紹介しましょう。
ピケティは1971年フランス生まれで、パリ経済大学の教授であり、ロンドン経済大学の博士号の習得者でもあります。
解説者
岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰