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働く女性にインタビュー2019 豪州で活躍する女性たち⑥

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働く女性にインタビュー2019 豪州で活躍する女性たち

近年、日本を離れ海外のビジネス・シーンで活躍する女性たちが増えてきている。本特集では、豪州を舞台にグローバルに働く女性9人に、仕事のやりがいや現在に至るまでの歩み、活動に捧げる情熱や今後の展望などについて話を伺った。

豪州で活躍する女性 2019

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その人の機能をできる限り良くしたい、それが私の臨床の信念

シドニーこころクリニック・サイコロジスト
やのしおりさん

日豪両国における臨床心理士の資格を持ち、30年近く現場でさまざまな人の心をサポートしてきたやのしおりさん。来豪後、2000年にシドニー市内で現在も診療を続けている「シドニーこころクリニック」を開業し、以来同地に限らず他州を含めオーストラリアに住む日系人に助けの手を差し伸べてきた。やのさんにこれまでのキャリアを振り返ってもらうと共に、仕事における信念、今後の展望など話を聞いた。

プロフィル
大学では法学部で犯罪学・刑事政策学を専攻するも、卒業後は臨床心理学を学ぶため国際基督教大学大学院へ。その後、東京都下の教育委員会付属の教育相談室の心理相談員となり、1994年に臨床心理士資格を取得、6年間の日本での仕事を経て98年に来豪。来豪後は豪サイコロジストの資格も取得、2000年に現在のクリニックを開業。他州を含め多数の日系人をサポートしている

――臨床心理士になったきっかけを教えてください。

きっかけは大学時代までさかのぼります。進学に当たり、心理学に一番興味があったのですが、当時は心理学科の数が少なく倍率も非常に高い状況でした。人間や社会への強い興味から、社会の要と言える法を学ぶため法学部に進みました。法理論より人間そのものや病理に関心があり、3年次にはゼミで犯罪学・刑事政策学を専攻しました。刑務所や少年院などを多数見学するうちに、攻撃性が外に向かう犯罪者ではなく、内に向かって精神的な問題となる人たちの方に興味やモチベーションがあることを再確認しました。

その後、就職活動の時期に、他の学生と同じように就職しようという気になれず、臨床心理学を追究したい気持ちが改めて強くなり専攻替えと大学院進学を決断しました。法学士で心理学の単位が十分になかったため、進学を希望していた国際基督教大学(以下、ICU)で心理学の単位を取得する研究生になりました。

研究生になってからは、毎週の心理学実験や山ほどの課題などで忙しく大変な生活が待っていました。ICUはアメリカ式の大学で、それまで在籍していた日本式の大学とはスタイルが全く異なりました。

それまでの大学では真面目に通って記憶勝負といった勉強で何とかなりましたが、ICUではクリティカル・シンキングを発揮して課題をまとめたり、グループ・ディスカッションで自主的に意見を述べることが求められました。そうした能力の下地がある学生といきなり一緒に授業を受けなければならないことに非常に戸惑い、ストレスを感じました。このような経験が私にもあるので、オーストラリアの大学に留学に来た日本人学生が教育を受ける時に求められる態度や行動の違いに戸惑い、もがく気持ちをよく理解できます。

ストレスフルでもあり、西洋式教育スタイルで心理学漬けになった研究生生活を何とか終え、その後、受験を経て大学院に進みました。

――臨床心理士として30年近い実績をお持ちだと伺っていますが、日本ではどのようにキャリアを積まれましたか。

臨床心理士の資格を取得したのは1994年ですが、90年ごろから大学院で臨床のトレーニングを受けていました。92年から東京都下の2カ所の教育相談室に所属し、合計で6年間、臨床心理士として勤務しました。

――そこから来豪に至った理由とは何でしょうか。

家族がシドニーに住んでいて何回かこの地に訪れたことがありました。移民を多く受け入れて多様性があり、また西洋式の合理的な考え方や社会システムに強く惹かれていました。来豪すれば英語を始め良い意味でチャレンジが多くある人生になり、また日本で当時感じていた閉塞感を打破できるかもしれないと思いました。

――臨床心理士の仕事は人と向き合う以上、何よりも言葉が重要になるはずです。来豪を肯定的に捉えていても、環境が海外に変わることに尻込みしたのではないですか。

正直、オーストラリアでも心理臨床の開業で今のレベルで食べていけると初めから確信していたわけではなかったのですが、とにかくオーストラリアで生きるというチャレンジをしてみたかったのです。

ICUで教育も受けましたし、周囲に同調しそれを無批判に受け入れるというよりは、自分の頭で物事を考え、論理性や合理性で物事を判断するタイプの人間だったので、同調圧力が強い日本の行動原理には内心付いていけないことも多々ありました。日本とかなりの点で違うオーストラリアへの憧れは強く、98年に来豪しました。オーストラリアの技術独立永住権が、私の心理学のキャリアで得られる可能性があると知ったことも大きかったです。

――現在のシドニーこころクリニックは来豪してからどのように開業されたのですか。

来豪後は、それまでの日本の心理の職場に煮詰まり感があり少し離れてみたかったことと、申請中であった永住権が得られたとして、その後長くオーストラリアで生きていきたいのかを見極めるため2年ほど学生として滞在しました。「自分がハッピーで人に迷惑を掛けないなら何をしても良い」というこの国の雰囲気に大いに開放感を得て、臨床と関係のないアルバイトをワーキング・ホリデー(以下、ワーホリ)や留学生の人たちと一緒にするなど、自由な時間を楽しみました。この時にワーホリの人たちと同様に、一時滞在の独特の生活スタイルの中で、自分探しや再確認を行うような異国体験ができたように思います。だから今もワーホリや留学生の人たちの体験を、ストレスや戸惑いも含めて「あるある」と分かるような気がします。

そして、2000年にオーストラリア・サイコロジカル・ソサエティの正会員として認められたことを機に念願の豪永住権も下り、NSW州のサイコロジストとしての登録が完了しました。そのタイミングでシドニー市内の日系の幼稚園から声が掛かり発達に課題がある子どもの査定やセラピーを担当させて頂けるようになりました。その仕事がきっかけとなり日本語による心理臨床クリニックを開業、カウンセリングと心理療法を始めたんです。

その後06年からはメディケアでのカバーが始まり、ほぼ全ての保険が心理療法に適用されるようになったため、仕事の幅が格段に拡大しました。サイコロジストの資格も州ごとの登録から国家医療資格に移行したことで、現在ではパース、メルボルン、ゴールドコースト、キャンベラなど他州への出張カウンセリングも行い、豪州各地の日系人の心理的なサポートをさせて頂いています。

クリニックでは、座る位置などにも細心の注意を払い、相手との対等な立ち位置を念頭に置きながら正確な臨床心理の診断を行っている
クリニックでは、座る位置などにも細心の注意を払い、相手との対等な立ち位置を念頭に置きながら正確な臨床心理の診断を行っている

――海外でキャリアを築く中、外国人また女性であることの難しさはありましたか。

私の場合、資格を持って仕事をする立場ですから、企業に身を置き社内のローカルの人たちや日本人同士で競争をするという状況とは異なります。この国では、心理に関する医療制度や保険制度が日本より発達しており、臨床心理のサービスが日本よりも一般的に受け入れられている社会状況など、さまざまな状況が追い風となりました。オーストラリアで日・豪の文化に影響を受けて生きている日系の人たちの心理臨床を生業にできるようになったことは、私の人生でとても幸せなことであったと思います。オーストラリアの心理をめぐる医療、社会制度を作ってきた先人にも感謝しています。

女性であることも、感受性が豊かで心理への理解力が高い、相談しやすい対象としてのイメージを持ってもらえるメリットになったと思います。

――クリニックでの仕事以外にも活動の幅を広げられているそうですね。

心理学を学ぶことや、カウンセリングの仕事に興味がある人たちに向けてキャリア形成のアドバイスと情報提供を目的に、心理学ワークショップを行っています。臨床心理学の啓蒙というような位置付けですが、同じ趣旨で毎年11月にオーストラリア・サイコロジカル・ソサエティ主催の心理学ウィークのイベントとして、日本語でワークショップを開催しています。

その他にも幾つか活動を展開しています。「今ここでの体験」に集中するストレス軽減法であるマインドフルネスを学ぶグループは長く続けています。また最近では機能不全家庭に育って複雑性PTSDを持っているサバイバーズのためのグループ・セラピーも行っています。サバイバーの心理臨床は私が特にパッションを持っている専門の1つです。

――心理士の仕事において大切にされてきた信念などはありますか。

相手の話を無心に聞き、対等な立場に立ちながら、問題を正確に診断することです。特に立ち位置に関しては、同じ人間同士としての目線で自分が相手の役に立ちたいと思っていることを分かってもらうように努めます。

そして、何よりも実現したいのは、クライアントの機能を良くすることです。潜在能力の最大化とでも言えば良いでしょうか。

人それぞれ持っているさまざまな機能があり、それが高いレベルで出ることもあれば低いレベルで出てしまうこともあり、環境の悪さやそれによるストレス、心的な状態などで低い方の機能レベルになってしまっていることがよくあります。それは個人にとっても社会にとっても非常にもったいないと思います。そのような場面を私自身も数多く見てきました。家庭や職場が、人の機能を最大化する環境になっていなくて、むしろ足を引っ張っているのに、それに気付いていない。私は、その人の機能を最大限良くするための仕事をしたい。多分、足を引っ張るような環境を数多く見てきた、私自身の体験へのリベンジなのでしょう。そのための仕事なら自分の一生を掛けられるという信念で、30年近く心理臨床をやってきました。

――今後の活動の展望について教えてください。

日本では公認心理師という国家資格ができたので、それを取得する予定です。また、ビデオ・カウンセリングもメディケアの適用範囲内に設定されたので、過疎地に住んでいる人も対象に日本語臨床のサポートを広げたいと思います。

その他に、機能不全家庭出身者の複雑性PTSDの問題について、個人心理療法はもとより、サバイバーズ・グループによる支援も続けていきたいと思っています。

シドニーこころクリニック・やのしおり
■住所:Worldciti Medial, Level 1, 722 George St., Sydney NSW
■Tel: 0416-006-835 (受付時間8AM~10PM)
■Email: sydney@cocoroclinic.com
■診療時間:月~金9AM~8PM、隔週土9AM~8PM、日・祝休
■Facebook:「シドニーこころクリニック」で検索

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