競泳の大会「シドニー・オープン・ミート」(以下、シドニー・オープン)が5月10~12日、シドニー市西郊のオリンピック・パーク・アクアティック・センターで開催された。同大会には日本選手団が派遣され、選手20人が出場。日本代表は、今年7月の第18回世界水泳選手権大会(以下、世界水泳)、来る東京五輪でのメダル・ラッシュを期待させる活躍を見せた(文中選手名全て敬称略)。(文・写真=山内亮治)
大会ハイライト
今夏に向けた重要な前哨戦
5月10~12日、シドニー市西郊のオリンピック・パーク・アクアティック・センターで開催された競泳の大会「シドニー・オープン」に日本人選手20人が臨んだ。
シドニー・オープンとは、NSW州における水泳の管理団体「スイミングNSW」主催による、オーストラリア国内の大学の競泳チームを対象に招待国を含めた今年新設の大会。第1回目となる同大会には、100チームが参加した(その中の招待国は地元オーストラリアを始め、アメリカ、チェコ、日本、フィンランドの5カ国)。
例年、日本代表チームのオーストラリアへの派遣、シドニーでの大会参加は、3月中旬に同会場で開催されるNSWオープンとなっていた。ただし今年に関しては、7月21~28日に韓国・光州で開催される世界水泳の代表選考レース「第95回日本選手権水泳競技大会」(以下、日本選手権)が4月2~8日に予定されていたため、出場選手のコンディションを考慮する形で派遣が見送られ、代わってシドニー・オープンへの日本代表派遣となった。
シドニー・オープン出場の20選手は、日本選手権で世界水泳の代表を内定させた15人(当初17人だったが入江陵介=背泳ぎ、渡辺一平=平泳ぎが不参加)にリレー・メンバー5人を加えた構成。ここでシドニー・オープン開催時点での世界水泳内定者の状況を詳述しておきたい。と言うのも、シドニー・オープンに日本代表が派遣された時、世界水泳への切符をつかんだ選手全てが決まっていたわけではなかったからである。
日本選手権で世界水泳内定を決めたのは、「(日本選手権)決勝2位以内+派遣標準Ⅱ(1国2人世界ランク16位相当)」の選考基準を突破し個人種目での出場権を獲得した10人と、個人種目より低い設定の400mメドレー・リレー、400m、800mフリー・リレーのリレー派遣標準(1人平均)を突破した7人。一部の個人種目には内定者が決まらなかったため、5月30日~6月2日の追加選考会(ジャパン・オープン2019)で、シドニー・オープン出場選手も含め残りの枠が争われることとなった。
そのため、今回の来豪選手にとってシドニー・オープンは、夏に向けた調整レースではなく、目前のジャパン・オープンへの重要な前哨戦という位置付けとなっていた。また、個人だけでなく世界水泳、五輪でのリレーにおけるチーム力の底上げという意味からも、今回の遠征は重要な強化の機会となっていたため、日本代表はシドニー・オープン前の4月26日~5月8日の日程でケアンズでの合宿を実施。万全の態勢でシドニーでの3日間の大会に挑んだ。
個人・チームで充実の結果
大会初日、決勝最初の種目となった男子400m自由形で早速、キャプテンの瀬戸大也が自己ベストを更新し優勝。日本チームにとって最高の形で大会が始まると、女子も続く。50mバタフライで大本里佳が銀、長谷川涼香(すずか)も自己ベスト更新と共に銅メダルを獲得。その後も日本選手は波に乗り、小日向一輝が50m平泳ぎで、五十嵐千尋が800m自由形でそれぞれ自己ベストをたたき出す。結局、日本選手は初日の個人種目、出場9レース中8レースで合計12個のメダルを獲得した。
2日目も日本人選手の好調は続く。前日の流れを維持するかのように、この日も大本里佳が100mバタフライ、高橋航太郎が200m自由形、白井璃緒が100m背泳ぎで自己ベストを更新。中でも高橋航太郎が自己ベストを更新して銀メダルに輝いた200m自由形では、松元克央(かつひろ)が金、瀬戸大也が銅と日本人選手による表彰台独占となった。こうした活躍もあり、2日目の個人種目では前日を上回る13個のメダル獲得となった。
またこの日、竹若敬三・在シドニー日本国総領事、全日本空輸株式会社から定行亮氏と古屋吉幸氏が大会の観戦に訪れ、竹若総領事と定行氏はメダル・プレゼンターを務めた。大会での日本人選手の活躍について、竹若総領事は「さすが『水泳大国日本』と思わせてくれる活躍ぶり。令和という新しい時代の始まりにふさわしい元気をシドニーに持って来てもらえた」と喜びを語った。
迎えた最終日も、3つの自己ベストが更新された。瀬戸大也が100mバタフライ、大本里佳が200m個人メドレーで今大会2種目目、そして酒井夏海が200m自由形で達成。個人種目のメダル数も14となり、今大会最多となった。特にこの日、光ったのが10代の女子選手の活躍だ。先述の長谷川涼香、白井璃緒、酒井夏海に、牧野紘子、池本凪沙を加えた5選手で金1・銀3・銅1の5つのメダルを獲得。10代の女子のメダル獲得が初日と2日目でそれぞれ3つだったことから、大会全体を通しての個人の成長を示す結果となった。
チーム力が試されるリレー種目では、大会全日程の6種目(女子4×50mメドレー・リレー、男子4×50mメドレー・リレー、女子4×100mフリー・リレー、男子4×100mフリー・リレー、女子4×50mフリー・リレー、男子4×50mフリー・リレー)全てで日本が優勝。大会最終日の4×50mフリー・リレーでは、男女共に日本新記録が樹立された。平井伯昌代表監督は、大会前のケアンズでの合宿について「長期の合宿を行えたことで良いチーム作りができた」と弊紙の取材に答えたが、その言葉が示す通り、チーム自体も好結果を残した。
個人・リレー種目で45のメダル、10種目での自己ベスト更新、10代選手の活躍。競泳日本代表は、数々の明るい材料と共に今夏の世界水泳、そして来年の五輪へ向かおうとしている。
大会 Photo Gallery
インタビュー | 代表監督を直撃
北島康介や中村礼子を育て上げ五輪でのメダルをもたらした名伯楽である代表監督は、今回のオーストラリア遠征をどう見たか。平井伯昌監督を直撃した。
「チーム力を上げ、東京では複数の金メダルを」
平井伯昌監督
――今回の代表は世界選手権内定者が中心ですが、チームの印象はどうですか。
今回の派遣メンバーは日本選手権の結果を受けて世界水泳への内定が決まった17人中15人に、リレー・メンバー5人を加えた編成となっています。
シドニーに来る前にケアンズで合宿をしたため、派遣選手への印象としては一緒に練習をしてきたことによるチームの一体感を感じます。昨年は、少し一体感の足りなさを感じていましたが、今回のメンバーの様子を見る限り、来年の東京五輪に向け良いチームを作っていける手応えを得られています。
――ただ、チームは現時点で萩野公介や池江璃花子といった実力者を欠いています。五輪に向けた不安はありませんか。
それは考えても仕方のないことです。それよりも、現在チームにいるメンバーを成長させていくことが一番ですし、合宿中も2人がいないことで心細いといった話題が出てくることはありません。それは、チーム全員が今できることを最大限にやろうと考えているからであって、両選手不在に対する不安や心配とはまた別のことだと認識しています。
――現在のメンバーに関して言えば、瀬戸が男子の大橋が女子のキャプテンを務めています。両キャプテンの任命の経緯を教えてください。
瀬戸は代表7年目で初のキャプテンですが、彼のポジティブな性格を考えると、今の代表チームにとってその役割を務めてくれることが一番望ましいのではと考えました。選手として勢いに乗っており、何より明るさを前面に出してくれますから、他の選手たちからすれば頼りがいがあります。
大橋に関しては、昨年から引き続き女子のキャプテンを務めてもらっています。彼女の場合は瀬戸の補佐をしてもらいながら、泳ぎで女子のリーダーとしてチームを引っ張ってもらいたい考えがあります。そして、彼女にも瀬戸のポジティブな面を見習って欲しいと思っています。
と言うのも、大橋には、思うようにいかないことがあるとそれを考え込んでしまう悪い癖があるからです。ただ、今回の大会期間中、北島康介でも五輪で金メダルを獲得した時は100%の出来ではなかったと話しました。むしろ8割くらいでした。2割足りなかったとしても何が何でも勝ちたいという気持ちを前面に出すのか、完璧な状態から2割足りないから自分は駄目だと思うのか、大舞台では考え方次第で出せる結果が変わります。彼女には8割の出来でも金メダルが取れるようなポジティブな気持ちを持った上で、自分の良い部分を見つけてそれを前面に出して欲しいと思っています。
――五輪に臨む選手全てに当てはまる考え方ですね。
ケアンズでの合宿中、選手とコーチ全員が1人ひとり、スピーチをしたことがありました。その中での、小日向が5年ぶりに代表に復帰したことについて話しました。彼は代表復帰を果たした理由について、「以前は自分の足りない部分ばかりを見つめコンプレックスの塊だったが、昨年の夏以降、自分の良い部分を見つめていこうと意識改革をした」と語りました。そうすると、チーム全員がうなずきながら聞いていました。こういうことを考えると、チームを編成しオーストラリアで合宿をしながら試合に出場することには、トレーニングだけでなく、コミュニケーションを通してチームメート同士の理解を深めるという点でも大きなメリットがありました。
――五輪まであと約1年3カ月、現時点で強化においてより重視するのは個人とチームのどちらなのでしょうか。
両方です。経験と実績があり、活躍が期待される選手には引き続き個人の能力を向上させていって欲しいと思いますが、中には周囲のサポートがあるからこそより力を発揮できる選手もいます。
加えて、チームの中心になるような選手も自分のことだけを考えるのではなく、チームの応援があるからこそ力を発揮できるんだということを理解してもらえると、リレー種目での大きな成果につながるのではと思います。
――今年の世界水泳、そして来年の五輪への抱負を聞かせてください。
来年の東京五輪では複数の金メダルを獲得できればと思っています。1964年の東京五輪で獲得したメダルは、男子4×200mフリー・リレーでの銅メダルだけでした。地元開催でプレッシャーは掛かりますが、そういうことを繰り返さないように重圧に打ち勝ち、複数の金メダル獲得を目指します。そうすれば、自ずとメダルの数が増えていくと思います。池江・萩野両選手の不在で戦力への危機感がないと言えばうそになりますが、チーム力の底上げと結果を確実に出せるような対策をチーム全体で考えていきたいと思います。
平井伯昌(ひらいのりまさ)
1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業後、東京スイミングセンターに入社し、アテネ、北京五輪で北島康介に2大会連続の2つの金メダル、中村礼子に2大会連続の銅メダルをもたらす。08年に競泳日本代表ヘッド・コーチに就任すると、ロンドン五輪では寺川綾、加藤ゆか、上田春佳に銅メダルをもたらす。15年6月、日本水泳連盟理事に就任、競泳委員長を兼務
代表を支える | 男女両キャプテンにインタビュー
個人種目に臨む一方、リレーではチーム全体の力が問われる。日本代表の男女両キャプテンが世界水泳・五輪に向け、自身とチームに対し今思うこととは。
「五輪までやれることは全てやり尽す」
瀬戸大也選手
――今回の遠征では代表7年目にして初めてキャプテンを任されました。チームのマネジメントにはどのように取り組んでいますか。
1人1人が発言できて居心地が良いと思えるチーム作りに務めています。
そのためケアンズでの合宿では、食事のテーブルも男女混ぜこぜにして男女や先輩・後輩などを気にしなくて済むような雰囲気を作るといった工夫をしましたし、合宿が進むにつれてチームの雰囲気は良くなりました。今年の世界水泳に関しては、代表メンバーが全て決まったわけではないので、引き続きチーム作りをしていく必要があります。ただ、新しいメンバーが決まっても、その選手が孤立してしまうことがない、皆で戦っていくという雰囲気を持ったチームを今後確立していけたらと思っています。
―― 日本選手権という大きなプレッシャーの掛かるレースを経て来豪されましたが、現在のコンディションはいかがでしょうか。
今回のシドニー・オープンは夏の世界水泳に向けた強化の一環で、日本選手権での疲れを残した状態で臨んだレースになりました。そうした難しい状態での大会でしたが、その中でも自己ベストを出せたのはうれしかったですし、取り組んでいることが形として表れていることに良い手応えを感じています。
――東京五輪が日に日に迫ってきていますが、現在、特に重点的に取り組んでいるトレーニングなどありますか。
レースの中で体内に蓄積される乳酸に耐えられる体を作っていくことが現在の個人の大きなテーマで、耐乳酸トレーニングに特に力を入れて取り組んでいるところです。今大会でのレースでも終盤にバテていないと感じる場面があったので、そのトレーニングが少しずつ形になってきているという実感があります。
――今後の抱負を聞かせてください。
今年の世界水泳で金メダルを獲得するのが一番の目標で、今はそこに向けて自分の課題を1つひとつ解消しているところです。今年の世界水泳で金メダルを獲って五輪代表の内定を決め、そこから五輪本番までの約1年でやれることは全てやり尽せば、東京では金メダルを獲れると信じています。
瀬戸大也(せとだいや)
1994年5月24日生まれ、埼玉県出身。個人メドレー、バタフライを専門種目とし、400m個人メドレーでは2013、15年の世界水泳で連覇を達成。16年のリオ五輪では同種目で銅メダルを獲得。来年の東京五輪での金メダル獲得が期待される
「今年の世界水泳が東京への重要な試金石」
大橋悠依選手
――2017年に初出場した世界水泳で銀メダルを獲得、同年と翌年の日本選手権では400m個人メドレーで日本新記録を樹立するなど、この数年はすばらしい結果を残しています。その要因をどのように分析していますか。
16年のリオ五輪への出場をかなえられず、そこから五輪での代表を目指しこつこつとトレーニングを積み重ねてきました。それが今、やっと成果として表れてきているのではないかと思います。
――来年の東京五輪まで好調を維持しようとなるとハードルは高くなると思います。現在、自身の中で特にテーマや課題として感じていることがあれば教えてください。
自分の専門種目である400m個人メドレーは、他の種目と比べても特に難しいものだと思いますし、安定したタイムを出すことにまだ苦労しています。そうした状況下であっても、出場するレースでは、1つでも明るい材料を見つけられる泳ぎをしなければなりません。そして、専門ではない種目のレースにもどんどん出場し、自分のレベルの底上げを図っていくことを今は最も重視しています。
――今回のオーストラリア遠征では女子のキャプテンを務めていますが、チームの中で自身に求められていることをどのように考えていますか。
今回の代表には池江・萩野両選手が不在なので、少しチーム力が足りない印象があります。ただ、それに対しては今のメンバーがそれぞれ持っている力を十分に発揮すれば補えることだと思っています。1人ひとりがやるべきことをやりチーム力を高めていきたいですし、自分もそのためにチームメートへの声掛けやコミュニケーションをしっかり取っていきたいと考えています。
――今年の世界水泳、来年の東京五輪に向けての抱負を聞かせてください。
東京五輪は間近に迫ってきていますが、東京では金メダルを獲得して表彰台の真ん中に立つことを目指しています。そのためには、今年の世界水泳が重要な試金石になります。まずは、そこでしっかりと自己ベストを更新し、来年の夏に向けて気持ちを高められるようなレースをしたいです。
大橋悠依(おおはしゆい)
1995年10月18日生まれ、滋賀県出身。2016年のリオ五輪代表を逃すも、翌年初出場した世界水泳の200m個人メドレーで銀メダルを獲得。日本選手権では17年と18年に400m個人メドレーで日本新記録達成。自身初の五輪での表彰台を目指す