年末年始、日本であれば豊富な海産物を中心におせち料理を楽しむ季節だが、ここオーストラリアはどうなのか。実はオーストラリアも旬の海産物を楽しむ習慣が、この時期にはある。そこにはこの土地特有の時代背景はもちろん、実は当地がふんだんなシーフードに恵まれた土地であることにも由来している。本記事ではオーストラリアの最新シーフード事情をお伝えする。取材・文=馬場一哉/写真=伊地知直緒人
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海老と牡蛎で祝うロング・ホリデー
オーストラリアの習慣の1つに年末年始に海老や牡蛎を食べるというものがある。これは世界でも稀な習慣の1つで、クリスマス時期にはシドニー・フィッシュ・マーケットが深夜も営業し、多くのカスタマーが海老や牡蛎を買いに訪れる。
シドニー・フィッシュ・マーケットに古くから出入りし、こちらの魚食カルチャーに詳しいゲット・フィッシュのフランク・セオドロウ氏はこの習慣について以下のように話す。
「欧米圏のカルチャーではクリスマスには七面鳥を食べるというのが一般的です。しかし、オーストラリアはこの時期真夏ということもあって、暖かい食べ物よりも冷たい食べ物を食べたいというのが正直なところです。オーストラリアの魚食カルチャーはギリシャ系の移民がけん引してきたという歴史背景がありますが、その時に彼らが注目したのがオーストラリア近海で豊富に取れる海老と牡蛎でした。それらを夏に冷やして食べる食べ方を推進したのです。これはオーストラリアが非常に若い国で新しい習慣を容易に受け入れる土壌があったからこそ定着したものと言えるでしょう」
魚のバイヤーとして多くの日本食レストランから信頼を集めているピアモント・シーフードの石井誠人氏も「ボイルした海老をあえて冷やして食べるというのは他の土地ではないことで、非常に不思議な習慣」と話す。
「牡蛎はやはりシドニー近郊で取れるロック・オイスターをまずはぜひ食べて欲しいですね。また、海老は普通はボイルして温かいものをそのまま食べるものだと思うのですが、この国では獲れた海老を船でボイルしてすぐに冷凍します。海水でボイルするので少ししょっぱいのですが、一方で、浸透率の関係で甘みを凝縮して逃さないという利点があります。マーケットで海老を買う際はオーストラリアを代表する海老、キング・プローンがおいしいのでぜひ試してみてください。また、色が極端に赤く鮮やかなものは着色された他国産の可能性があるので気を付けましょう。食べ方としては解凍した海老にオーロラ・ソースを付けてというのが一般的です」
海老とセットとなっていることが多いので、見たことがある人も多いだろうがオーロラ・ソースとはケチャップやマヨネーズなどを混ぜ合わせたオレンジ色のディップ・ソースだ。レストランなどでは辛み香辛料など独自の味付けを加えているところも少なくない。
当地にいるのであればこの習慣に乗っかり、ぜひクリスマス時期には海老と牡蛎で祝うことをお薦めしたい。
オーストラリアならではの魚の魅力
シドニー・フィッシュ・マーケットは、日本の豊洲に次いで、世界で2番目に多くの魚種がそろうと言われている。魚に慣れ親しんでいる日本人にはあまりイメージはないかもしれないが、実はオーストラリアはシーフード大国でもあるのだ。
「特にお薦めしたいのは僕が御三家と名付けている天然の南マグロ(Blue Fin Tuna)、この地では金目鯛よりもおいしい南洋金目鯛(Imperadore)、そしてタスマニア産の紫ウニです。北半球と南半球では同じ魚でも全然味が違います。特に南洋金目鯛や南洋ハチビキ(Ruby Fish)など、南洋と付く魚は南半球の方が良い。シマアジ(Travelly)も非常に品質が高く、刺し身にしても良いですし、半生のアジフライにしてもおいしく食べられます」(石井氏)
また、10数年以上にわたりオーストラリアの魚市場を舞台に活躍し、現在は国内最大の加工・卸業者デ・コスティで卸を担当する桜井光春氏(以下、桜井氏)は前述のものに加え、「ナマズ(Catfish)、イズミダイ(Tilapia)、そして日本にも刺し身用として出荷されているアワビ(Abalone)などもお薦め」と話す。
近年、シドニーではお任せずしブームが巻き起こっているが、その背景にはこのように豊富な魚種がそろうようになったことが挙げられる。
「お任せをやる以上はいろいろな魚種を出さないといけないですが、バイヤーの努力のかいもあり、多くの種類がそろうようになりました。僕もその日市場に揚がった旬の魚をSNSに上げていますが、それを見てシェフがオーダーするという流れもできています。多い店ではお任せで30種の魚を握るところも出てきています」(石井氏)
日本の高級店に匹敵するレベルのメニューを、逆に当地では比較的リーズナブルな値段で食べられるような店も少なくない。ぜひ、リサーチしていろいろな店のお任せコースにトライしてみて欲しい。
オーストラリアのマグロ事情
前述の魚種に加え、オーストラリアの食卓を代表する魚としてタスマニア産のサーモンなどが人気だが、日本人として気になるのはマグロではないだろうか。当地で食べられるマグロとその特徴について桜井氏にまとめてもらった。
南マグロ
南マグロは地球の南緯にしか生息しないマグロで、別名「インドマグロ」などと呼ばれています。体長は2メートル前後、体重は100キロ〜200キロ以上に達することがある大型のマグロです。漁場は主にオーストラリア南やニュージーランド、南アフリカ沖など、主に冷たい海に生息しています。北半球を海遊するものはNorthern Bluefin Tuna、いわゆる本まぐろ、南半球を海遊するのがSouthern Bluefin Tunaです。高級品で大トロも取れます。濃い赤色で、身質は固く締まっておりコクのある強い味がします。色の変化が他種のマグロに比べ比較的早いです。中トロで食べた時の脂の甘味、うまみはずば抜けています。
メバチマグロ
太いずんぐりした体型、大きな目が特徴で、体長150〜250センチ、体重は大きいもので200キロ程度です。全世界の温暖海域に生息しています。刺し身やすし種としての価値は黒マグロ、南マグロに次いで3番目に位置します。QLD州沖で漁獲されるメバチマグロは、脂の乗りがよく非常に美味です。価格も通常のメバチマグロより跳ね上がり、仲卸や一部の業者等に重宝されています。あっさりとして、しかも濃厚な脂の風味はメバチマグロならではのものです。
キハダマグロ
皮肌がやや黄色い、肉は薄い赤色で、味にクセがなく淡白で刺し身にしやすいのが特徴です。脂の乗ったものは非常に甘く、その他のマグロとはまた異なるうまみを持ちます。全長150〜200センチ、体重40〜150キロ程です。色変わりが遅いので扱いやすく、また、身質が固めなので刺し身にしても形が崩れない特徴があります。
びんちょうマグロ
マグロの中では小型で、胸ビレが長く泳ぐ姿が空を飛ぶトンボに似ていることから別名トンボ・マグロとも呼ばれています。世界中の海に分布して周年漁獲されることから、比較的安価で刺し身やツナの缶詰など幅広く利用されています。ただし高緯度の低温域で漁獲される若い原魚の腹身は脂の乗りが良いため、「トロビンチョウ」「ビントロ」と称してすし種としての需要が高いです。60〜140センチ程度、体重20〜50キロとマグロの中でも小型のため、他のマグロとの識別は簡単で、体型は他のマグロよりも、全体的に丸型をしています。
また、近年はポート・リンカーンからの冷凍マグロも需要が高まっているという。
「冷凍マグロが人気というよりも、需要と供給のバランスだと思います。トロが取れる南マグロは冬場のマグロですし、トロ、中トロが取れるメバチの時期は9月末~11月上旬。そして12月~1月はオーストラリアではマグロの漁獲高が極端に減ります。一方でオーストラリアは夏場ということもあり、すし、刺し身の重要が増えます。更に日本食の普及に伴い、消費者の知識が増え、マグロやトロへの需要も増えています。こうした背景から養殖の冷凍マグロにも頼らざるを得ない状況になっているのだと思います」(桜井氏)
ローカルの魚食の伝道師
シドニー東郊パディントンで魚専門のレストランとしてワンハットを取った注目店がある。若手シェフとして頭角を現し注目を浴びているジョシュ・ニランド・シェフが2016年にオープンした「セント・ピーター」だ。今年9月に『The Whole Fish Cook Book』という書籍を発刊し、それに伴い昨今、魚の全ての部位を使ったメニューのデモンストレーションやワークショップを世界中のレストランで行うなど、今や魚食文化を推進する立役者として注目を浴びている。
「オーストラリアは非常に幸運なことに、世界中のさまざまなカルチャーがミックスしていることに加え、魚の種類にも非常に恵まれています。もちろん、日本が世界で一番魚に熟練している場所だと思いますが、オーストラリアも魚のハンドリングに熟達している国ですし、活締めの技術なども浸透してきています。実際、オーストラリアの魚の多くが日本に輸入されています」(ニランド氏)
ニランド氏は魚の全ての部位を使うことにこだわり、例えばマトウダイ(John Dory)の肝をフォアグラ風に加工したメニューなど、オリジナルのレシピを多数生み出している。
「オーストラリア・ベースの魚を使って、他のシェフがやっていないことにチャレンジしたかったんです。魚のあらゆる部位を使ったメニューの考案などを続け、今では95パーセント以上の部位を使ってメニューを作ることが可能となっています。デザートも魚から作ることができますし、多くのお客がその味を認めて下さっています。残念ながらウエスタンのシェフは魚の扱いについて、まだ深いカルチャーを持っていません。そのため、私も例えば薄引きなどの技術も日本人のシェフの技から見て学びました。日本のシェフは魚の扱いに関してはもちろん特筆すべき技術を持っていますが、私は私独自の考え方で魚を扱っています。例えば、日本のシェフは魚を洗ってラップして保存したりしますが、私は魚を洗うことはしません。海水が付いたままの魚をエイジングさせたりなど、魚をよりおいしく食べられる方法を常に探求しています。伝統の重要性ももちろん分かりますが、次のステージに行くためにはチェンジしていくことも必要だと思っています」
セント・ピーターのオープンから1年半後、ニランド氏は、レストランの至近に今度は「フィッシュ・ブッチャリー」をオープンした。そこではニランド氏が選りすぐったその日の旬の魚介が並ぶ。
「どこよりも高いクオリティの魚を食卓に届けることを目指しています。魚は価格が高い分、お金を使うだけの付加価値があるものでなければ、消費者の食指は伸びません。魚がどのようにサーブされるべきか、私は深く考えた上でそれをその日のベストの魚として店頭に並べています。店頭では私たちが自信を持ってオファーできる魚をディスプレーしています。そのディスプレーから選んでもらった上で、裏から新鮮な魚を取り出し、骨の扱いなど細かなリクエストに応えながら目の前でさばきます。魚は水で洗わず、氷にも付けていない、まさに獲れたままの新鮮な状態です。そのため、私の店で買った魚は家庭の冷蔵庫でも5~6日は鮮度が保てます。一般的な魚屋などで買うものはおそらくもって2日といったところではないでしょうか」
その日の夜に食べる魚を、朝、マーケットで買うというのは一般家庭ではなかなか難しい。しかし、フィッシュ・ブッチャリーで購入する魚であれば「例えば火曜日に買った魚を金曜日のディナーに新鮮な状態で出すことができる」とニランド氏は自信をのぞかせる。
「人びとはワインに価値を感じ高いお金を支払います。すばらしいクオリティのプロダクトにはお金を掛けますし、価値に気付けばそこにコミットします。私はそれを魚でも実現したいと思っています」(ニランド氏)
ニランド氏は、「サステナブル」「エシカル」をキーワードに、全ての部位を無駄なく使うことを哲学として持っている。
「魚をしっかりと理解することで無駄を減らすことができます。試みはまだ始まったばかり。海洋汚染、天候の変化など、私はもっと勉強しなければならないと思っています。ただ、大きなことを言うつもりはありません。私ができるのはあくまで魚のことのみだからです」
魚食の伝道師の活動によって、ここオーストラリアの魚文化が大きく変わる未来はすぐそこまで来ているのかもしれない。
取材協力五十音順、敬称略
コラム
オイスターはこの2種類を抑えておこう
オーストラリアの代表的なグルメとしてオージー・ビーフなどと並んでよく挙げられるのがオイスターだ。だが実際にフィッシュ・マーケットに行くと「タスマニア産エクストラ・ラージ」「シドニー・ロック」など数多くのオイスターが並んでいるのでどれを買えば良いか迷ってしまう人もいるだろう。しかし産地やサイズなどによって商品名は異なれど、牡蠣は大きく2種類だと覚えておくと良い。すなわち「シドニー・ロック・オイスター」と「パシフィック・オイスター」だ。前者はNSW州で捕れるオイスターでシドニーを代表する品種(名称で勘違いしている人も多いが岩ガキではない)。少し黄色がかっており全体的に小ぶり。後味に独特の苦みがあり、それがお酒とよく合う。一方、「パシフィク・オイスター」は南オーストラリア州、タスマニア州で捕れるマガキで色が白くクリーミーさに特徴がある。その2つをベースに産地やサイズなどで商品名が変わっているわけだ。どちらも甲乙付け難いので半ダースずつ買うなどするのが得策かもしれない。
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