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食の安全/豪州のWAGYU

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第1回 オーストラリアの「牛肉」に迫る

スペシャルシリーズ 豪州の食とその安全


協力:オーストラリア日本ハム、サンアイ・トレーディング、ベルツリー・オーストラリア、丸紅オーストラリア(五十音順)
取材・文・写真:馬場一哉(編集部)

 私たちにとって食べ物は生きていくために必ずなくてはならぬものだが、その食を取り巻く環境は暮らしている場所によって大きく左右される。ましてや国が変われば誰もが否が応でも食材や食文化の違いという問題に直面するだろう。本紙では今月から数カ月間にわたり、さまざまな食材をテーマに「オーストラリアの『食』とその安全」に深く切り込む。

シリーズ「豪州の食とその安全」バックナンバー

■第1回「牛肉」 ■第2回「海の幸」 ■第3回「米」 ■第4回「野菜・果物」

2011年、東日本大震災に端を発した福島第1原発事故による放射性物質の飛散、さらに13年には食品偽造問題が社会問題化するなど、近年、食の分野において日本の安全神話は崩れ去った感がある。翻ってオーストラリアの「食」を取り巻く状況はどうだろうか。近年、オーストラリアでも豚肉や鶏肉の需要が伸びていると聞くが、それでもやはりオーストラリアと言えば、私たち日本人が思い浮かべるのはオージー・ビーフだろう。「食」シリーズ第1回ではオーストラリア・フードの王道とも言えるオージー・ビーフに迫っていきたい。

オージーが脂身の少ない赤身肉を好む理由

オージー・ビーフと聞いて、皆さんはどのようなタイプの牛肉を思い浮かべるだろうか。少し前の世代の人間であれば赤身の多い比較的煮込み料理に適したタイプの肉を思い浮かべるかもしれない。

オーストラリアで食用に育てられている牛の多くは「グラスフェッド」と呼ばれる牧草育ちの牛だ。広大なエリアに放牧された牛はのびのびと自由に動きまわりながら牧草を食べて育つため、脂肪分が減り赤身の多い肉質となるが、栄養分を豊富に含んだ牧草で育った牛は、風味豊かなやわらかい牛肉になるという。ただし、本当に高品質に仕上がるグラスフェッドは条件が限られる。そう語るのはNSW州に広大な牧場「レンジャーズ・バレー」を保有し、3万2,000頭の牛を肥育する総合商社・丸紅オーストラリア(以下、丸紅)食料部長の野村康平氏(以下、野村氏)だ。

「グラスフェッドの牛は育った環境によって肉質に大きく差が出ます。例えば、タスマニアの草は肥沃で栄養分が多いので、肉質がやわらかく綺麗な霜降りが入った良質なグラスフェッドの肉ができます。そうした肥沃なエリアのグラスフェッド肉はレストランでもプレミアム・グラスフェッド、高級肉として好まれています」(野村氏・丸紅)

もともと国土の北半分が亜熱帯性、もしくは熱帯性気候のオーストラリアでは、背中にコブのあるいわゆるコブ牛と呼ばれる暑さに強い種類の牛が多く、それらは安価で大量に流通していた。肉質はそれほど良くないが、長年主要な蛋白源として愛されてきたことから、オーストラリア人にとって牛肉は赤身をウェルダンで食べるものという食習慣が定着してきた。

グレインフェッドの牧場の様子。日よけが設置されているのは牛のストレスへの配慮だ(日本ハム)

通常の3倍近くの、期間肥育を行っているグレインフェッドのアンガス牛(丸紅)
良質な穀物の調達もグレインフェッド肥育では重要な要素(丸紅)

そんな中、時代の変遷に伴い、英国種が主に輸出用に国内で多く育てられるようになる。アンガス牛やマリーグレー牛などがそれだ。アンガス牛はきめが細かく、マーブリング(サシ)も細かく、日本人の口にも合う「オージー・ビーフ」として多く輸出されるようになった。英国種の牛が育てられるようになったことでオーストラリア人の食習慣も少しずつ変わってくる。食肉卸売・食肉加工食品製造の最大手、オーストラリア・日本ハム(以下、日本ハム)の取締役社長・澤田茂氏(以下、澤田氏)は「食の嗜好というのは時代とともに変化するもので、オーストラリアでも移民が増えていることとあいまって、ミディアム・レアでも食べられるまろやかな肉を食べようという意識に少しずつ変わってきた」と言う。

「アンガス牛もよく食べられるようになり、また脂が乗りやすいように穀物で育てるいわゆる『グレインフェッド』が増えました。うちの会社も88年にはグレインフェッドのアンガス牛を育てるワイアラ牧場をQLD州に保有しました」(澤田氏・日本ハム)

丸紅が、レンジャー・バレーを保有したのも同年のこと。

「その時期、ゴールドラッシュのごとく日本の畜産農家はサプライ・ソースを探した。91年に牛肉の輸入が自由化するということで、それを見越したわけです。当時の目的は日本向けの供給基地でした」(野村氏・丸紅)

丸紅も日本ハムも当時は100%、日本への輸出のための基地として牧場を保有したが、日本国内への輸出割合は徐々に減り、豪州国内への流通、およびほかの国への輸出の割合が増えた。丸紅では全体の15%が国内向け、45%が日本、残りがアジアやヨーロッパなどほかの地域だ。日本ハムは国内向けが25%、日本向けの輸出が25%、残りの50%がそのほかの国への輸出だという。

なお、中立的な観点から補足しておくと、日本人の感覚としては当然脂の乗った霜降りの肉を上質と判断するため、多くの人がグレインフェッドの肉を好むだろう。だが、牛本来の肉の風味が強いグラスフェッドならではのヘルシーな味わいもまた見逃せない魅力と言える。

オージー・ビーフが世界中で愛されるわけ

ロースやひれ、サーロインなど背骨に近い部位ほど肉が動かないためやわらかく人気で値段も張るという。鈴木氏は「それ以外の部位の美味しいさまざまな食べ方をオージーに知ってもらいたい」と語っていた(画像提供:BEEF-LAB.com、URL=http://beef-lab.com/)

「オージー・ビーフ」という言葉は世界中で知られるが、実は生産量自体はさほど多くない。農林水産省の外郭団体が調べたところによると(12年)、世界全体の牛肉の生産量は6,681万トン。その中でオーストラリアは215万トンだ。アメリカの1,185万トンと比べかなり少ない。ではなぜオージー・ビーフが世界的に知られているかというと、輸出量が世界最大規模だからだ。12年調査時の輸出量はブラジルの152万トンに続き141万トンで2位につけている。

「これはやはり品質的な部分での信頼の高さですね。BSEや口蹄疫清浄国であり、世界で一番疫病リスクがない国として認められています。周りを海に囲まれていることに加え、チェックが世界最高水準だからです。安全面で言えば、日本よりもアメリカよりもはるかに上です」(野村氏・丸紅)

国が定めた安全性の基準の高さに加え、各企業の安全への意識の高さもまた評価されているという。

肉のカットでは徹底した安全管理が鉄則。洗浄は24時間体制で行われている(日本ハム)
牛肉の保管エリアでは定期的なチェックが義務付けられている。写真手前は小山氏の息子ケンさん(サンアイ)
常にぴったり2度に調整されている冷蔵庫の中で保管される牛肉(サンアイ)

「実際に役人が各工場に張り付いて日々チェックを行い、不適格な工場はすぐにストップさせられるような厳格なルールの下、その先の管理に関しては工場に任せられます。うちでは例えばカット肉の製造工場で夕方5時から毎日6時間かけて清掃、6時間かけて乾燥させ、翌朝5時から作業再開。つまり24時間フル稼働で衛生管理をしています。ナイフ1本取っても超音波で洗浄するので表からは見えない部分の汚れも毎日落としていますね」(澤田氏・日本ハム)

国と企業が一丸となって安全性を高めていることに加え、近年、オーストラリア産のWAGYUが大いに注目を集めていることもオージー・ビーフの人気が高まっている理由として挙げられる。丸紅では牛の3分の1がWAGYU。「WAGYUが文字通り世界で認められてきたことを肌で感じている」と野村氏は語る。

「一方で本来のレンジャーズ・バレーの主力商品はロングフェッドのアンガス。通常、グレインフェッドは100日間以上の穀物肥育とされていますが、うちでは270日以上肥育し、長くゆっくり育てて、霜降りが入りやすくしています。そこにも注目してほしいですね」(野村氏・丸紅)

日本ハムもまた2004年までWAGYUを肥育していたそうだが干ばつの影響で断念したという経緯がある。だが、昨年、WAGYUの肥育を再開した。

「韓国や中国、東南アジアの方面からのリクエストが多く、ニーズの高さを感じたことがきっかけですね。WAGYUが注目を集めているのは確かです」(澤田氏・日本ハム)

その上で澤田氏もまた自社のアンガスをはじめとした英国種の品種に自信を覗かせる。「牧場内に大規模な日よけを設けて直射日光によるストレスを軽減、与える穀物をスチームすることで牛が消化をしやすくするなどケアを工夫しています。大切に育てている分、品質には自信があります」(澤田氏・日本ハム)

WAGYUのブランド確立を目指すローカル企業

丸紅、日本ハムの大手2社を中心に記事を進めてきたが、ではより流通の風下に近いドメスティックの市場ではどのような安全確認が行われているのだろう。国内で牛肉をはじめさまざまな食品の卸を行っているサンアイ・トレーディング社を実際に訪れ、社長のチャーリー・T・小山氏から安全の管理などに対する姿勢について話を聞いた。


「NSWフード・オーソリティーという機関のルールにのっとっているのですがこれが実に厳しい。ですので、うちがやっているのはそのルールに抜かりなく、きちんと従うことです。例えば、冷蔵庫、冷凍庫の温度管理も牛肉は常に2度に保つなど厳格に定められているのですが、それらを完璧に守っています。うちは規模が小さい分、お互いに監視し合えるのできちんとできます。シンプルですが、一番大事なことです」

小山氏がサンアイの事業を立ち上げたのは15年ほど前だが牛肉を取り扱うようになったのはここ1、2年のこと。勢いを増すWAGYUのブームに目を付けた形だ。

「今はいくつかファームをまわっている段階です。WAGYUとひと口に言っても例えば純粋に100%の黒毛和種なのか、あるいは50%のアンガスとの掛け合わせなのかなど、いろいろありますし、肥料のやり方でも変わるのでそれぞれの質をチェックしています」

小山氏は1つの夢を抱いている。それは自社ブランドのWAGYUを流通に載せることだ。「農家と契約し、うちがコンサルティングをする形でWAGYU肥育のノウハウを伝えながらWAGYUを実際に育てていくことを考えています」と小山氏は語る。ブランド名はKIRYUと決定しているそうだ。由来を「出身が群馬県の桐生市だから」と語るその目は真剣そのもの。KIRYUの名が市場に出るとすれば今から2〜3年後。上質のWAGYUとして出回っていることを期待したい。

ところでWAGYUの種はそもそもどこから来たのかという話だが、実はこれには諸説あり、結局のところ確証が得られない。引き続き調べ、いつか報告できればと思う。

こだわりのフルブラッド和牛を育てる

鈴木氏の牧場のWAGYU。脂の色もよく、見事な霜降りが入っており見るからに高品質(ベルツリー)

急激に人気を高めるオーストラリア産WAGYUについて語る上でどうしても外せない人物がいる。ブルーマウンテンのふもとのメガロン・バレーで和牛を肥育している畜産家ベルツリー・オーストラリアの鈴木崇雄氏だ。

鈴木氏は91年の来豪以来、今まで長きにわたり畜産業に携わってきたベテランだ。丸紅のレンジャーズ・バレーに夫婦で就職し16年間の経験を経た後独立。06年から現在の牧場を経営している。

「最初のきっかけは些細なことでした。日本のシステムから離れ、広いところで過ごしたいなと。畜産関係の大学にいたこともあって、将来的には牧場をやりたいなという話も妻としていました」

そんな時、知り合いの縁で丸紅の牧場の仕事があるという話を聞き、応募したところ合格。右も左も分からぬ状態で来豪。数年は下っ端として1から勉強する日々を過ごし、レンジャー・バレーでWAGYUの肥育が始まってからは血統解析なども手がけるようになった。その成績を生産者にフィードバックするなどの活動を通して、徐々にオーストラリアのWAGYU事情に精通するようになったのだという。

鈴木氏の肥育するフルブラッドのWAGYU。餌にはおからをはじめ独自の配合がなされている(ベルツリー)

気になる質問を投げかけてみる。WAGYUという名前であっても国外から見ればオージー・ビーフ、しかし、種は同じなのだから和牛と言って差し支えないのでは。

「和牛というのはいわば商品名でそれを名乗るには日本での出生証明などが必要です。そのため、たとえWAGYUを日本に持って行っても和牛とは呼べません。しかし種は一緒なので、全く同じ環境で同じ育て方をすれば同じ牛肉の質になるはずです」

WAGYUという名が冠されてもほとんどはアンガスなどほかの品種の牛とのミックスであり、100%の黒毛和種は少ない。「たとえ市場価値があっても、それは本当に僕たちが知っている和牛ではない」と鈴木氏は言う。

「オーストラリア人の肉の嗜好は全然違うため、WAGYUが好かれないケースもあります。しかし、僕は本当の和牛の美味しさを世界に広げるためには本物の和牛クオリティーを作らねばと思っています。オーストラリアのWAGYUはすごいと認められなければただのブームで終わってしまいます。日本から入ってきた遺伝子を超える種牛を作り、それをモデルにほかの生産者に伝えていく。それを目標に今後もやって行きたいです」

鈴木さんの作る和牛は100%のフルブラッド。穀物にはおからを混ぜるなど独自の配合で「本物」を追求しており、その質の高さに市場から大きな注目を集めている。なお、耳寄り情報だが、約2週間に1度の週末、シドニーの東京マートに鈴木さんのWAGYUが入荷されるという。こだわりのフルブラッドWAGYUを食したい人はぜひ行ってみるといいだろう。

高品質の和牛が所狭しと並べられた店内(Victor Churchill)
店内で肉を裁く様子を見ることができる(Victor Churchill)

最後に一般消費者として気になるのはどこに行けば美味しい牛肉が手に入るのかいうことだろう。編集部として訪れることをお薦めしたいのがシティからボンダイに向かう途中にある高級住宅街ウラーラのクイーン・ストリートにある精肉店「Victor Churchill」だ。ここでは前述の丸紅のWAGYUをはじめ、国内の高品質の肉が一堂に会し、店内には日本でも人気が高まっている熟成肉の展示もされている。調理ずみの食材も多くライン・アップし、ここを訪れればその日の食卓のすべてをそろえることができる。同エリアには大人気のビストロ「Moncur」はじめ見逃せないお洒落なお店が数多い。ショッピング、食事がてらぜひ訪れてみてほしい。


ロースやひれ、サーロインなど背骨に近い部位ほど肉が動かないためやわらかく人気で値段も張るという。鈴木氏は「それ以外の部位の美味しいさまざまな食べ方をオージーに知ってもらいたい」と語っていた(画像提供:BEEF-LAB.com、URL=http://beef-lab.com/


澤田茂氏
(オーストラリア日本ハム)

チャーリー・T・小山氏
(サンアイ・トレーディング)

鈴木崇雄氏
(ベルツリー・オーストラリア)

野村康平氏
(丸紅オーストラリア)

シリーズ「豪州の食とその安全」バックナンバー

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