テニス全豪オープン激戦の軌跡を振り返る
テニス世界4大大会グランド・スラム(GS)の第1戦、全豪オープンは、メルボルン市内のメルボルン・パークで1月20日(月)から2月2日(日)の期間に開催された。今年の全豪を振り返ると共に今年のテニス界を予想する。男子では決勝で、ノバク・ジョコビッチが、新鋭のドミニク・ティームを破って8回目の優勝を果たした。女子では世界14位のソフィア・ケニンが初優勝を飾った。車いすテニスでは、国枝慎吾と上地結衣が共にシングルスで優勝し、東京オリンピックに向けて弾みをつけた(世界ランクは2019年末時点)。
(文・写真=板屋雅博)
◆男子シングルス
決勝は、ジョコビッチ(セルビア、32歳、2位)対ティーム(オーストリア、26歳、4位)のベテラン対新鋭の対決となった。ジョコビッチは、準決勝でロジャー・フェデラー(スイス、38歳、3位)をストレートで破って決勝進出。ティームは、準々決勝で世界ランク1位のラファエル・ナダル(スペイン、33歳)を3-1で破ったが、ティームが取った3セットはいずれもタイブレークと辛勝であった。準決勝では、優勝候補の一角で強打の新鋭アレクサンダー・ズベレフ(ドイツ、22歳、7位)を3-1で撃破して決勝進出。第2、第3セットは、共にタイブレークの激戦であった。
決勝は、6-4、4-6、2-6、6-3、6-4のフルセットの末、ジョコビッチが勝利した。セット・カウント1-2で迎えた第4セット、ベテラン・ジョコビッチも力尽き、新鋭に屈するかと観客の多くは思ったことであろう。しかしここからが試合巧者ジョコビッチの本領発揮であった。メディカル・タイム・アウトを有効に活かして、遂にティームを抑え込んだ。
ティームは、3度目のGS決勝進出だが、18年19年の全仏ではナダルに屈している。ジョコビッチの全豪優勝は歴代最多の8回となり、GS通算優勝回数は、フェデラー20回(史上1位)、ナダル19回(2位)、ジョコビッチは17回(3位)となった。過去16年間65回のGS優勝記録のうちの実に56回を、この3人で分け合っている。3人のGS勝率は86パーセントという驚くべき数字である。直近では、17年から連続13GSでビッグ3の連勝が続いている。今年もジョコビッチの優勝で始まったが、「ビッグ3の連覇を止めるのは誰か」に注目が集まる。新鋭のティーム、ズベレフ、昨年末のツアー・ファイナルで初優勝したステファノス・チチパス(ギリシャ、21歳、6位)、ダニール・メドベデフ(ロシア、22歳、5位)が注目される。
◆女子シングルス
ディフェンディング・チャンピオンである大坂なおみ(22歳、3位)と地元オーストラリアの新鋭アシュリー・バーティ(23歳、1位)の対決が期待された女子シングルスだが、荒れる全豪オープン女子の代名詞通りに今年も意外な結末が待っていた。21歳のソフィア・ケニン(米国、14位)が初優勝を遂げた。ロシア出身のケニンは、昨年の全仏オープン3回戦でセリーナ・ウィリアムズをストレートで破って注目を集めたが、トップ10に入ったことがない、ほとんど無名の選手である。ケニンは、3回戦で大坂なおみを破ったコリ・ガウフ(米国、15歳、67位、愛称ココ)と4回戦で対戦した。第1セットは、タイブレークの末に落としたが、第2、第3セットを連取してガウフを下して、波に乗った。準決勝では、第1シードのバーティと対戦したが、臆することなくストレートで勝利。決勝では、第2シードのシモナ・ハレプ(ルーマニア、27歳、4位)を破って進出したガルビネ・ムグルサ(スペイン、26歳、36位)と対戦。ムグルサは、16年全仏、2017年全英と2度のGS優勝を誇る実力者で、ケニンは、苦戦しながらも2-1で逆転勝ちした。ケニンは、今大会ではくじ運に恵まれており、第1シードのバーティ以外は、ひとりもシード選手と戦っていない。運も実力のうちの見本であった。
豪州期待のバーティは、1回戦でレシア・ツレンコ(ウクライナ、30歳、72位)に第1セットを落としたが、その後は、順調に勝ち進んだ。ケニンとの準決勝も実力差が大きく、バーティの圧倒的な有利と見られていたが、ガウフを倒して波に乗るケニンに屈した。安定した実力を持つカロリーナ・プリスコバ(チェコ、27歳、2位)は、3回戦でアナスタシア・パブリュチェンコワ(ロシア、28歳、30位)に敗れた。セリーナ・ウィリアムズ(米、38歳、10位)も3回戦敗退。今年の女子テニス界は、大坂とバーティの2人を中心に動くと予想され、ハレプ、プリスコバが対抗馬として注目される。若手のケニンやガウフも成長しており、楽しみな女子テニス界である。
◆大坂なおみ
初戦でマリー・ブズコバ(チェコ、21歳、57位)をストレートで退け、2回戦は、鄭賽賽(中国、26歳、41位)を6-2、6-4のストレートで下した。パワーでは圧倒的に勝る大坂だが、中国の選手特有の粘り強い返球に手を焼いて、第2セット序盤に先にブレークを許すと、感情が高ぶってラケットを蹴飛ばした。なんとか立て直して勝利したが、課題のメンタルの弱さが浮き彫りとなった。3回戦は、成長著しいガウフと対戦し、ここでもメンタルの弱さを露呈した。高速サーブと強打を誇る大坂だが、ガウフもまた強打の若手選手である。大坂は、昨年の全米でガウフと初対戦し、6-3、6-0の完勝であった。涙を見せるガウフと勝利インタビューを一緒に受けるなど第1シードの余裕を見せた。
ところが、今年の全豪では様相は違っていた。大坂の強打を次々にガウフが打ち返すと、大坂の返球はネットに阻まれる。第2セットに入っても大坂のテニスに回復の気配はほとんどなかった。好調のガウフはファースト・サーブの成功確率が75パーセント、平均時速は170キロ台を記録した。あっという間に大坂の全豪は終わってしまった。大坂のメンタル面を強調するメディアが多いが、大坂のすぐそばで撮影していた筆者の個人的な感想だが、練習量が足りてないのではないかと感じた。
昨年、大坂はコーチが次々と変わり、それに伴い指導も変わった。これではテニスが安定するはずがない。組織的、継続的な練習が足りてないのが、ガウフに負けた本質的な問題ではないかと思う。大坂の新しいコーチとなったウィム・フィセッテの指導に期待がかかる。
◆錦織圭
日本期待の、錦織圭(30歳、13位)だが、昨年9月に右ひじの故障で全米以降は、全休を取っていた。右ひじの状態もかなり回復していたが、トップ・レベルで戦うための準備ができていないと話しており、全豪の参加を見送った。今年から、マックス・ミルニーがチームに加わり、マイケル・チャンと共にコーチに当たる。2月10日付けランキングで25位となった世界ランクをまずはトップ10に戻すところから始めることになるだろう。
◆日本人男子選手
ワイルド・カードで本戦出場した伊藤竜馬(31歳、148位)は、1回戦でプラジュネシュ・グネスワラン(インド、30歳、115位)をストレートで破ったが、2回戦でビッグ3のジョコビッチと対戦してストレートで敗退した。西岡良仁(24歳、69位)は、自身初の3回戦へと進み、ジョコビッチと対戦したが、ストレートで敗退し、格の違いを見せつけられた。しかし西岡も鋭い打球でジョコビッチを脅かすなど要所で成長を見せた。
杉田雄一(31歳、104位)は、1回戦でエリオット・ベンシェリット(フランス、21歳、198位)をストレートで退けたが、2回戦では、アンドレイ・ルブレフ(ロシア、22歳、23位)にストレートで負けを喫した。内山靖崇(27歳、78位)は1回戦敗退。
◆日本人女子選手
比野菜緒(25歳、103位)は、予選3回戦を勝ち上がって本戦に出場した。1回戦では、ポン・シューアイ(中国、34歳、109位)を破ったが、2回戦で敗退。土井美咲(28歳、82位)は、1回戦でハリエット・ダート(英国、23歳、142位)と対戦したが、ファイナル・セット・タイブレークの末に敗退。
◆オージー選手
ニック・キリオス(24歳、30位)は、4回戦でナダルと対戦して第3セット、第4セットともにタイブレークで競い負けを喫した。キリオスは、問題児として有名だが、豪州森林火災の被災者に対して、サービス・エースを取るごとに、200豪ドルを寄付すると発表して話題になった。18年の全米でフェデラーを破ったジョン・ミルマン(30歳、48位)が3回戦でフェデラーと対戦。フル・セットの激戦となったが、ファイナルセット・タイブレークの末に敗戦した。期待の若手アレックス・デミノー(18歳、18位)は、不出場。女子では、7選手が出場したが、バーティ以外は全て2回戦までで敗退する厳しい結果となった。
◆車椅子部門
国枝慎吾(35歳、2位)は、決勝で強敵ゴードン・リード(英国、28歳、7位)をストレートで破って全豪10回目の優勝を飾った。全豪優勝によりGS23回目の男子世界歴代最多記録を更新した。昨年のGSでは無冠に終わっただけに、オリンピックに向けて弾みをつけた。上地結衣(25歳、2位)もアニーク・ファン・コート(オランダ、29歳、3位)を破って3年ぶり2回目の優勝を果たし、ダブルスでも優勝して2冠を達成した。GSシングルス通算では、7回目の優勝を果たした。上地の宿敵ディーデ・デフロート(オランダ、1位、22歳)が1回戦で思わぬ敗退を喫した。昨年は、デフロートが全豪、全仏、全米で優勝、ファン・コートが全英で優勝している。上地も含めて、この3人がオリンピックでも優勝を争う。
◆ブッシュファイア
練習や予選が始まった1月20日頃は、メルボルンから100~200キロほどの地点でブッシュファイアが発生し、テニス会場のメルボルン・パークでも煙の影響が出始めて、市内の高層ビルが霞んで見えるほどになった。テニス・コートでも大気汚染が進み、棄権する選手が出る事態となった。
全豪を管轄するテニス・オーストラリアでは観客や選手、係員の人命第一で連日、大気情報を報じた。本戦が始まる数日前からビクトリア各地で十分な雨が降り、本戦への大きな影響は避けられた。全豪ではこれまで高温による被害があったが、ブッシュファイアによる被害は初めてであった。来年以降も影響が心配される。
文・写真=イタさん(板屋雅博)
日豪プレスのジャーナリスト、フォトグラファー、駐日代表
東京の神田神保町で叶屋不動産(http://kano-ya.biz)を経営