モーター・スポーツ界の最高峰、フォーミュラ・ワン・グランプリ(以下、GP)。世界選手権第1戦であるメルボルンGPは、3月12日(木)から15日(日)までメルボルン市内のアルバート・パークで開催される。今年のメルボルンGPの見所を紹介する。
(文=板屋雅博)
メルセデスの連覇を阻止するのはどこか
2020年のF1界にとって最大の関心事の1つは、ホンダのパワー・ユニット(PU)だろう。PUとは、エンジンの複合体のことである。昨年、レッド・ブル・ホンダは3勝を挙げた。ホンダにとっては、2015年に復帰してから4年目にして初の優勝を飾った。第1ドライバーのフェルスタッペンの優秀さもあるが、3勝したことでフロックではなく、ホンダPUの有効性を証明した。2015年の復帰時は、栄光のマクラーレン・ホンダの復活ということで派手に喧伝(けんでん)されたが、鳴かず飛ばずの3年間で、関係者やファンは苦しい思いをしてきた。10位以下に低迷して、まさに臥薪嘗胆の苦闘であった。
第1戦メルボルンGPから最終戦アブダビGPまでの史上最多の22戦が戦われる。新規参入は、4月のベトナム・ハノイGPと5月のオランダGPで、撤退はドイツGPとなった。
2019年のF1レース
第1戦メルボルンGPから最終戦アブダビGPまでの21戦が戦われた。2019年は、メルセデス完勝の年であった。メルセデスのルイス・ハミルトンが11勝して6度目の年間チャンピオンとなり、2位もメルセデスのバルテリ・ボッタスが4勝。メルセデズ勢で15勝と席捲した。開幕のメルボルンGPで18年無勝のボッタスが優勝し、第4戦アゼルバイジャンGPでも優勝して、ランキングで優位に立った。第5戦のスペインGPからは、ハミルトンが4連勝し、徐々に巻き返し、第12戦のハンガリーGPで年間優勝が見えてきた。ハミルトンは、ミハエル・シューマッハの7度に次ぐ6度目の年間チャンピオンに輝いた。コントラクター(製造者部門)でも第17戦日本グランプリで、2014年にF1でターボが復活して以来、メルセデスが6連覇を飾った。メルセデス完勝の中で光ったのは、レッド・ブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンの3勝である。
メルセデス(ドイツ)
今年もメルセデスは、ルイス・ハミルトン(英国、35歳)とバルテリ・ボッタス(フィンランド、30歳)のコンビで戦う。ハミルトンは、2008年(マクラーレン)、14年、15年、17年、18年、19年と6回の年間チャンピオンに輝き、かつての偉大な世界チャンピオン、マイケル・シューマッハの7回に次ぐ第2位となった。第2ドライバーのボッタスも4勝してハミルトンと肩を並べる存在に成長してきている。ハミルトンとボッタスのワン・ツー・フィニッシュ(1位、2位)が8回と他チームを圧倒しており、今年もメルセデス優位は不動のものと見られる。
フェラーリ(イタリア)
ベテランのセバスチャン・ベッテル(ドイツ、32歳)と若いシャルル・ルクレール(モナコ、22歳)で挑む。若いルクレールは、18年にザウバー・フェラーリでF1に登場して、フェラーリ首脳から高い評価を受けて19年にフェラーリに移籍し、優勝3回など表彰台10回と活躍した。ルクレールは、ポール・ポジション6回と最多を記録しており今年の注目の選手の1人である。
フェラーリ復活を担うベッテルだが、10年からレッド・ブル在籍時代に世界チャンピオン4連覇した勢いはない。表彰台9回、ドライバー部門で5位とまずまずの成績ではあるが、優勝1回では名門フェラーリのドライバーには許されない成績である。フェラーリは、08年以来10年以上も年間コントラクター優勝がない。フェラーリのエンジンPU出力は既にメルセデスと同等以上に性能を上げていると言われており、レッド・ブル・ホンダと並んで名門フェラーリの復活がF1活性化のカギであるだけにベッテルの復調とルクレールの更なる成長が欠かせない。
レッド・ブル・ホンダ(オーストリア)とスクーデリア・アルファタウリ・ホンダ(トトロッソ、イタリア)
19年にレッド・ブルは、PUをルノーからホンダに変更するという賭けに出た。18年には、ダイニエル・リカルドが2勝、フェルスタッペンが2勝とコントラクター部門でフェラーリに次ぐ3位であったが、ルノー製PUのパワー不足と不安定さによるパフォーマンス不足に不満を抱いていた。レッド・ブルの弟分であるトロロッソが18年以降ルノー製PUからホンダ製に切り替えて、その性能向上に注目していた。レッドブルは、自社製シャーシーに自信を持っており、ルノーと決別して、19年からホンダ製PUで勝負することを選んだ。今年は、フェルスタッペンとアレクサンダー・アルボン(タイ、23歳)で参戦する。
フェルスタッペンは、最も将来が期待される若手ドライバーである。15年にトロロッソからF1に参戦して、デビュー戦のオーストラリアGPでは史上最年少出走を記録。16年にレッド・ブルに移転。移籍後のスペインGPではF1初優勝を達成し、セバスチャン・ベッテルの最年少優勝記録を大きく塗り替えた。昨年は優勝3回、2位など表彰台に9回上り、ドライバー3位にまで食い込んできた。
レッド・ブルの第2チームであるトロロッソに在籍したアルボンが第13戦でレッド・ブルに昇格して、逆にピエール・ガスリー(フランス、23歳)がスクーデリア・アルファタウリ・ホンダ(トロロッソが名称変更)に降格した。スクーデリア・アルファタウリ・ホンダは、ダニール・クビアト(ロシア、25歳)とガスリーで参戦する。
ルノー(フランス)
ルノーが低迷している。5年間のコントラクター別成績は、15年9位、16年6位、17年4位、18年4位、19年5位で優勝は1回もない。ダニエル・リカルド(オーストラリア、30歳)とエステバン・オコン(フランス、23歳)で挑む。ニコ・ヒュルケンベルグ(ドイツ、32歳)は、表彰台の経験がないままにF1から離脱。オージーのダニエル・リカルドは、パース生まれで11年からトトロッソからF1に参戦、14年からレッド・ブルに昇格し、3勝を挙げて3位となった。16年1勝3位、17年1勝5位、18年2勝6位と成績を残したが、ルノーに移籍した昨年は無勝に終わった。今年は、ぜひとも1勝したいところだ。
マクラーレン・ルノー(英国)
63年設立でコントラクター優勝回数は3位の記録を持つF1を代表する名門チーム。88年にはホンダ製エンジン、ドライバーのアイルトン・セナとアラン・プロストで優勝するなどの輝かしい記録を持つ。しかし13年以降は優勝から遠ざかっている。18年からホンダ製エンジンPUからルノー製に乗り換えたマクラーレンであったが、19年は、145ポイントで4位に食い込んだ。カルロス・サインツ(スペイン、25歳)とランド・ノリス(英国、20歳)で挑戦する。
ホンダの躍進
昨年のホンダ勢の活躍をまとめてみた。これまでメルセデスの独壇場であったが、ホンダの躍進で大きく変わろうとしていることがわかる。
①3月:19年初戦のメルボルンGPでフェルスタッペンが3位入賞。ホンダとしては、2015年の復帰後初の表彰台獲得であった。
②6月:第9戦オーストリアGPでフェルスタッペンが優勝。ホンダにとっては、F1復帰後初優勝で、2006年のハンガリーGP以来13年ぶりの優勝となった。
③7月:第11戦ドイツGPで、フェルスタッペンが優勝、トロロッソのクビアトが3位に入った。ホンダにとってダブル表彰台は1992年以来のこと。トロロッソの表彰台は、2008年イタリアGPでセバスチャン・ベッテルが優勝して以来のことだった。
④11月:第20戦ブラジルGPでレッド・ブル・ホンダのフェルスタッペンが優勝、2位は、トロロッソ・ホンダのガスリーが入賞し、ホンダ勢がワン・ツー・フィニッシュ。フェルスタッペンは、ポール・トゥ・ウィン(ポール・ポジションでスタートして、優勝すること)を達成。ガスリーは、ハミルトンと壮絶なバトルの結果、ハミルトンを抑え切った。ホンダ勢のワン・ツー・フィニッシュは、91年日本GP以来28年ぶりであった。レッド・ブル・ホンダのアルボンもラスト2周までは3位に位置しており、ワン・ツー・スリー・フィニッシュかと思わせた。
日本人F1ドライバー誕生か?
19年の日本GP(鈴鹿サーキット)のフリー走行でトロロッソ・ホンダのマシンを日本人トップ・ドライバーの山本尚貴(31歳)が公式走行した。日本人ドライバーのF1セッション走行は、小林可夢偉以来5年ぶりとなる。一部の報道では、トロロッソでの出場の可能性があると言われている。ホンダのエンジン搭載車でF1に出場したのは、08年の佐藤琢磨(スーパー・アグリ)以来であり、F1ファンとしては期待したいところだ。
エンジン・パワー・ユニット(PU)
V型6気筒1.6リットル・ターボ・エンジンに、運動エネルギー回生機構(MGU-K)と熱エネルギー回生機構(MGU-H)が組み込まれており、エンジン・パワー・ユニット(PU)と呼ばれる。マシン1台につきエンジンPU3基に制限される。コスト削減、音量改善、高性能を目的としてMGU-Hが来年から廃止されることが決まった。2014年から導入されたが、開発が難しく、技術的優位性が、メルセデス6連覇のカギとなっている。
エンジン別勢力図
2020年のチーム別エンジンPUの搭載は以下の通りである。
- メルセデス:メルセデス、レーシング・ポイント、ウィリアムズ
- フェラーリ:フェラーリ、ハース、アルファロメオ
- ホンダ:レッド・ブル、スクーデリア・アルファタウリ・ホンダ
- ルノー:ルノー、マクラーレン
ベトナム・ハノイ・GP
アジア太平洋地区では、オーストラリア、中国、日本、シンガポール、バーレーンに続く6番目のベトナムGPが今年4月に初開催される。ハノイ中心部から10キロほど離れたナムトゥリエム区に位置するミーディン国立競技場付近のサーキットで、全長5.565キロ、22コーナーを持つ一般道を周回する。1日券で3,500円ほどとベトナムでは高価な観戦料であり定着するかが注目される。アジアでは、これまで韓国、マレーシア、インド、UAE、トルコでも開催されたことがあるが、巨額の費用がかかることもあり、定着は難しい。
ファステスト・ラップ・ポイントを導入
19年の初戦メルボルンGPからファステスト・ラップ・ポイント制が導入された。これは、決勝レース中に最小周回タイムを記録したドライバーとコントラクターに1ポイントが付与される。18年までは記録はされても、名誉にしかならなかったファステスト・ラップが、正式なポイントとして追加される。
文=イタさん(板屋雅博)
ジャーナリスト、フォトグラファー、日豪プレス駐日代表
東京の神田神保町で叶屋不動産(Web: kano-ya.biz)を経営