豪準備銀、3年ぶり利下げ
政策金利1.25%――景気下支え
中央銀行の豪準備銀行(RBA)は6月4日、2年10カ月ぶりに利下げに踏み切った。政策金利を0.25ポイント引き下げて1.25%とした。借り入れコストを減らして消費や投資の拡大を促すことで、失業率の低下と物価の上昇を図る。世界経済をめぐるリスクを念頭に、減速感が強まる景気を下支えする。
RBAのフィリップ・ロウ総裁は豪経済の現況について「より低い失業率を維持できる余地がある。最近のインフレは想定を下回り、インフレ圧力が経済の大部分で抑制されていることを示している」と指摘。住宅市場の調整局面は続いているとの認識を示した。その上で、同総裁は利下げの理由について「早期の失業率低下を支え、インフレ目標(2~3%)達成をより確実にするものだ」と説明した。
年内2回追加利下げも
RBAはリーマン・ショックの直後に政策金利を3.0%まで引き下げた。その後の景気回復局面で小刻みに利上げを行い、10年11月に4.75%まで引き上げた。その後、中国経済の成長鈍化や資源投資ブームの終えんを背景に成長が鈍化する中で11年11月以降、段階的に利下げを実施した。
RBAが最後に利下げを実施したのは18年8月。その後2年10カ月間、史上最低水準の1.5%据え置いていた。しかし、17年中頃をピークに下落に転じた住宅市況の低迷を背景に、18年後半から成長の鈍化が鮮明に。今年に入り利下げ観測が急速に高まり、6月の利下げは市場の想定内だった。
市場では年内の追加利下げも取り沙汰されている。英経済調査会社キャピタル・エコノミストは、RBAが年内に更に2回、利下げを行い、「0.75%まで引き下げる可能性がある」と予測した。
利下げを決めた4日のRBA理事会の議事録が18日、公表された。議事録は「(理事会の)出席者は、今後の金融政策の緩和がより適切であるとの見方で合意した」と追加利下げを示唆した。これを受けて、同日の外国為替市場では豪ドル安が急速に進み、豪ドルの対米ドル・レートは一時、1豪ドル=68.42米セントと16年3月のリーマン・ショック後の最安値に迫った。
3月期GDP、11年ぶり低水準
豪統計局(ABS)は5日、国内総生産(GDP)統計を発表した。これによると、今年1~3月期の実質GDP(季節調整値)は、前期比0.4%増と18年12月期(0.2%)から小幅に加速した。しかし、前年同月比では1.8%増(前期は2.3%増)とリーマン・ショック直後の09年以来約11年ぶりの低水準を記録した。
政府部門の支出は、社会保障費が伸びて前期比0.8%増と堅調だった。一方、住宅部門の投資は前期比2.5%減と引き続き低迷。景気を左右する個人消費(家計最終支出)は前期比0.3%と弱かった。このうち家財道具、娯楽・文化、外食といった非必需品がいずれもマイナスとなった。消費者が贅沢消費を控えている傾向が見て取れる。
ABSのブルース・ホックマン主席エコノミストは「豪州経済は28年間連続の景気拡大に向けて成長を続けている」とした上で、「経済成長は長期平均の3.5%を下回り、減速の度合いが増している」と指摘した。
豪経済、景気拡大29年目へ正念場
現役世代の大半は不況知らず
現在50歳前後までのオーストラリア人は、社会に出てから一度も不況を体験したことがない。30歳前後までの若い世代は、物心がついてからずっと好景気だった。豪州はこれまで111四半期にわたりリセッション(景気後退=2期連続のマイナス成長)を回避していて、既に先進国で最長となった景気拡大期は7月で29年目に入る。しかし、ここにきて景気の息切れ感が鮮明になってきた。米中貿易戦争の先行きが見えない中、豪州経済はいよいよ正念場を迎えそうだ。
豪州が最後にリセッションを経験したのは1991年6月期。90年代末期から2000年代にかけて、鉄鉱石や石炭を主力とする天然資源の対中輸出が爆発的に伸び、成長をけん引したというのが定説だ。
「100年に一度の危機」と言われた08年のリーマン・ショックも、かすり傷程度で乗り切った。当時の労働党政権は多額の給付金を国民にバラ撒き、公共工事を大幅に拡大するなど大胆な景気刺激策を断行。なりふり構わない財政出動でリセッションを免れた。
12年を境に資源投資ブームは峠を越えたものの、資源輸出は底堅く推移した。移民受け入れによる人口増加を背景に、住宅市場の活況や堅調な個人消費も内需を支えてきた。
ところが、住宅市況の低迷を背景に減速が鮮明となった昨年後半、潮目が変わった。今年3月期GDPは前年同期比で11年ぶりの低水準。生活必需品以外の贅沢支出が軒並みマイナスに落ち込むなど、個人消費は低調だった。5月の5大都市の住宅価格指数は前年同月比8.78%下落(豪不動産調査会社コアロジック調べ)した。住宅価格の下落基調は下げ止まりの兆しも見えるものの、住宅の次に大きな買い物である新車の販売台数も、5月は前年同月比8.1%減と14カ月連続で前年を下回っている。
金融・財政の両輪で景気刺激も
リーマン・ショック当時、世界経済の減速で資源国通貨である豪ドルは急落し、豪州産資源の価格競争力が高まった。通貨安がショックを緩和し、中国向けを中心に資源輸出が伸びて景気回復を後押しした。
だが、中国経済に勢いがあった当時と比べると、今回は状況が異なる。米中貿易戦争の激化に伴って中国の経済が冷え込めば、輸出や投資で中国への依存度が高い豪州に火の粉が及ぶ。大手会計事務所KPMGの試算によると、米中貿易戦争が本格化した場合の最悪シナリオで、豪国内総生産は5年間で2.4%下振れし、10年間の経済損失は実質で3,640億ドルに達するという。
豪準備銀のフィリップ・ロウ総裁は、利下げを発表した6月4日の声明で「貿易紛争による世界経済の下振れリスクは拡大している」と明言した。米中貿易戦争の行方は、現時点では見通せない。ただ、米中対立は関税引き上げ合戦にとどまらず、世界の覇権をめぐる「新冷戦」の様相を呈しているだけに、スピード決着の可能性は低そうだ。最大の輸出市場である中国と本気で事を構えるのは避けたいのが豪州の本音だろうが、安保・外交では同盟国の米国と一蓮托生の関係にある。米国主導の対中包囲網から抜け出す選択肢は採れない。
豪州では金利変動型住宅ローンが主流だ。利下げは毎月の住宅ローン返済額の引き下げに直結し、減税に相当する景気刺激効果が期待できる。しかし、年内の追加利下げも予想される中、通常の金融政策の余地は狭まってきている。今後、景気がさらに悪化すれば、RBAは量的緩和を含む非伝統的な金融政策も視野に入れるだろう。
一方、モリソン政権は、景気を刺激するため積極的な財政政策の発動を強いられるかもしれない。その場合、5月の予算案で打ち出した19/20年度中の財政黒字化は遠のく可能性がある。モリソン政権は5月の連邦選挙で経済・財政運営の実績を訴えて再選を決めたが、経済の舵取りで真価が問われるのはこれからだ。
タンカー攻撃を非難——ペイン外相
民間船舶への攻撃に重大な懸念
マリス・ペイン外相は6月14日、中東ホルムズ海峡で起きたタンカー攻撃を非難した。外相は声明で「豪州は航行の自由と妨害なき海上貿易を支持し、民間船舶への攻撃に重大な懸念を表明する。軍事的緊張の高まりを深く憂慮している」と述べた。同外相は20日、核合意の規定を上回る濃縮ウランの製造をイランが示唆したことについて「イランが核合意の枠内に踏みとどまるよう、他国と連携して訴えていく」と強調した。
タンカー攻撃は13日、イランとオマーンの間にあるホルムズ海峡で起きた。日本船籍とノルウェー船籍のタンカー2隻が相次いで被弾した。米国はイランの犯行と断定しているが、イランは関与を否定している。
米国はイラン革命防衛隊の船舶がタンカーの船体に吸着した不発弾を回収していると主張する映像を公表した。一方、イランの革命防衛隊は20日、領空侵犯したとする米国の無人偵察機を撃墜したと発表した。これに対して米軍はイランへの報復攻撃を準備したものの、トランプ米大統領が攻撃を直前に撤回したと主張している。
中東危機で豪経済に深刻な打撃も、ガソリン備蓄わずか21日分の現実
緊張が高まっているホルムズ海峡は、世界に流通する原油の大動脈。もし戦端が開かれ、イランが海上封鎖に踏み切る事態になれば、石油製品の多くを輸入に依存する豪州にとって「対岸の火事」では済まされない。石油製品の国内備蓄日数は1カ月を切っており、豪経済や国民生活は深刻な影響を受ける可能性がある。
豪州は産油国だが、自国で産出する原油の大半を輸出に回している。連邦環境・エネルギー省の統計(2019年4月)によると、17/18年度には154億6,000万リットルの原油を生産し、130億3,400万リットルの原油を輸出した。一方、精油所で原油から精製される「石油製品」(ガソリンや軽油など)は363億6,400万リットル輸入した。石油製品の輸入量は近年増加傾向にあり、17/18年度は10/11年度の2.1倍に増えている。
豪国産の原油の多くはWA州北西部で産出され、主に海外の精油所で精製されて最終製品となる。原油を主な消費地である東部に輸送して精製するよりも、WA州の産出地からアジア諸国に輸出する方が経済的合理性が高いからだ。コスト高を背景に豪国内の精油所は次々と閉鎖され、現在では国内の精油所は4カ所を残すのみ。豪州は国内で消費する石油製品の多くを韓国やシンガポール、日本などからの輸入に依存している。
一方、国内の原油・石油製品の備蓄は少ない。連邦環境・エネルギー省によると、17/18年度の平均備蓄量は、原油が24日分、自動車用ガソリンが21日分、軽油が18日分、石油製品全体で25日分しかない。基準が異なるため単純に比較できないが、国際エネルギー機関(IEA)は石油純輸入量の90日分以上の備蓄を各国に勧告している。日本の資源エネルギー庁によると、日本は合計225日分(18年4月末時点)の石油を備蓄している。
このため、戦争で海外からの石油製品の供給が完全に停止した場合、石油のほとんどを輸入に頼る日本よりも先に、産油国である豪州の備蓄が底をつく恐れがある。国産石油で石油製品を増産できたとしても、ガソリンや軽油の供給が滞れば産業や生活への打撃は避けられない。ホルムズ海峡の緊張激化は、経済合理性を優先してきた豪州のエネルギー安全保障の脆弱さをあぶり出している。
上下両院の議席が確定—連邦選挙
与党、上院で非改選と合わせ35議席
5月18日投票の連邦選挙で改選された上下両院の議席が、6月中旬までに確定した。野党優勢との事前の予想を覆して勝利した与党保守連合(自由党、国民党)は、最終的に下院(定数151)で過半数を1議席上回った。上院では、議席を伸ばしたものの引き続き過半数に届かなかった。
豪連邦選挙委員会(AEC)によると、下院(定数151)では、与党保守連合(自由党、国民党)が改選前から3議席増やして77議席を獲得した。当初予測された78議席には届かなかった。最大野党の労働党は1議席減の68議席、その他の勢力は6議席となった。
一方、上院(定数76)は、今回改選された40議席のうち、保守連合が19議席を獲得し、非改選議席と合わせて35議席に伸ばした。労働党は合計26議席(改選13、非改選13)、上院で第3勢力の環境保護政党「グリーンズ」(緑の党)は合計9議席(改選6、非改選3)と、いずれも現状維持にとどまった。法案通過のカギを握るその他の少数勢力は合計6議席まで縮小した。
減税法案、上院の攻防に焦点
スコット・モリソン首相は7月2日に議会を招集する予定だ。当面、公約の目玉である総額1,580億ドルの所得税減税法案の行方が焦点となる。与党が単独で法案を可決できない上院での攻防が山場になる。
政府は今後10年間、3段階に分けて低・中所得者層を対象とした減税策を実施する計画。第1弾(150億ドル)は新年度に即時実施し、次期選挙後の2022年以降、第2弾(480億ドル)と第3弾(約950億ドル)を予定している。
最終的に所得税率を19%(年収4万5,000ドルまで)、30%(4万5,001ドル~20万ドル)、45%(20万ドル以上)の3つに簡素化する。約1,330万人の納税者が減税の恩恵を受けられる見通しだが、労働党は富裕層が優遇されるとして第3弾に反対している。
上院は長年、与党が過半数を下回る「ねじれ状態」が慢性化しており、今回も与党は過半数に届かなかった。上院で労働党とグリーンズが反対票を投じた場合、与党が法案を可決・成立させるには、キャスティングボートを握る小政党の6票のうち少なくとも4票を取り込む必要がある。
今回の選挙の結果、上院の小数勢力が議席を大幅に減らしたため「与党の議会運営はより楽になった」(公共放送ABC)との見方もある。ただ、減税法案の審議開始は新年度が始まる7月1日に間に合わなかった。平均的な共働きの勤労者世帯で年間最大2,160ドルの減税となる第1弾は手続き上、法案成立後、過去に遡って適用される。
与党が上院での通過・成立に手こずり、減税の実行が遅れるようだと、減速感が漂う景気へのマイナス要因ともなりかねない。
シドニー・メトロ北西線開業
豪州初の無人運転鉄道に乗ってみた
シドニー北郊の中心地チャッツウッドと、人口が急増している北西郊外を37分で結ぶ新鉄道「シドニー・メトロ・ノースウェスト」が5月26日、開業した。オーストラリア初の自動運転や接触事故を防ぐホームドア、時刻表のない最短4分間隔の高頻度運行など、新しいことずくめのシドニー・メトロに乗ってみた。
シドニー中心部から既存の鉄道に乗ってチャッツウッド駅で降りると、同じホームの反対側からすぐにシドニー・メトロに乗り換えることができる。新鉄道を体験してみようと、ホームには子ども連れの若いファミリーが大勢詰めかけていた。
ピークアワー以外は10分間隔で運行されているはずだが、トラブルがあったのか電車はなかなかやって来ない。20分ほど待つと、紫とターコイズ・グリーン、白の3色に塗られたピカピカの車体が到着。ガラス製のホームドアの位置に合わせてピタリと停車した。日本では当然だが、オーストラリアの既存の鉄道には定位置に停車するという概念がないので、新鮮な光景だ。
車内のドア上部には、現在位置を示す路線図の画面がある。これもオーストラリアでは目新しい。普通なら運転手がいる先頭車両の一番前は、前の景色を見ようと子どもたちが集まっている。しかし、列車は静かに発車するとすぐに暗いトンネルに入り、子どもたちは退屈そうな表情を浮かべていた。
全長35キロ(合計13駅)のうち、チャッツウッド駅からエッピング駅までの区間は既存路線の5駅と線路を改修、残りの8駅と線路を新たに建設した。最高時速は100キロ。エッピング駅を過ぎて新しい線路に入ると列車は一気に加速し、10駅目を過ぎてからようやく地上に出た。
途中、一部のホームドアが開かない故障や、走行中にもかかわらず車内の掲示板に「ホームドアが開きます」と表示が出るなど、システムの不具合も見られた。まだ運行は完全にスムーズとは言えないものの、列車はほぼ定刻通りに終点のタラウォン駅に到着。駅周辺には、通勤者用の駐車場があるだけで、商店や建物もなく閑散としていたが、開発の波はすぐに押し寄せるだろう。
ノースウェスト線は、全長66キロに及ぶシドニー・メトロ計画全体の第1期。現在、チャッツウッドからシドニー湾トンネルを通り、市内中心部を経由してバンクスタウンに至る第2期工事が進められている。19世紀に整備されたシドニーの鉄道網を大きく変える「未来の鉄道」。全線開業は2024年の予定だ。