やるなら史上最大の国家事業に
オーストラリア東部の最大都市シドニー北方でこのほど、同国初となる高速鉄道の建設に向けた地質調査が始まった。もっとも、連邦政府が現時点で調査費を予算化しているのは、東海岸の3大都市を縦断する総距離の1割にも満たないシドニー−ニューキャッスル間のみ。高速鉄道局(HSRA)は年末までに同区間の費用対効果に関する報告書(ビジネス・ケース)を政府に提出するが、全体構想のルートの詳細や開業時期などは未定。そもそも実現するのかどうかも、正式に決まっているわけではない。
初夏の朝日が眩しいシドニー空港。メルボルン・タラマリン空港行きカンタス航空417便の機内は、早朝にもかかわらずビジネススーツ姿の出張客で満席だ。シドニー−メルボルン間は航空各社が最大で10分に1本以上の高頻度で運航しているが、シドニー空港は滑走路3本で飽和状態。タラマリン空港は9月に第3滑走路の建設に許可が下りたが、運用開始は2031年の予定で需要拡大に追いつかない。
人口約545万人のシドニーと約520万人のメルボルン、それに約270万人のブリスベンをそれぞれ結ぶ航空路は、東京−札幌間、ニューヨーク−ワシントンDC間などと並ぶ世界有数の混雑路線なのだ。
ただ、航空機は乗降の前後にどうしても時間がかかる。各都市の中心駅の間を4時間以内で結ぶ高速鉄道が開業すれば、航空需要を大幅に奪える可能性がある。いわゆる「4時間の壁」のセオリーだ。
ジェット燃料で飛ぶ航空機と異なり、高速鉄道は再エネ由来の電力を使えば温室効果ガスを排出しないため、カーボンニュートラルを目指すオーストラリアの国策とも合う。
しかし、総予算は2013年の時点で1,300億豪ドル(約13兆円)と試算されており、現在の貨幣価値では数十兆円規模になる可能性がある。日本のように自前で高速鉄道を建設できる民間企業はなく、やるなら国家事業しかない。
これまでインフラ整備の国家事業としては「全国ブロードバンド網」(NBN=全国に光ファイバー網を整備する事業)が最大だった。総予算は当初の計画から大幅に膨らみ、約5兆円かかったとされる。また、国防費とインフラ予算を単純に比較できないが、米英豪の安保枠組み「オーカス」(AUKUS)の下での通常兵器搭載型原子力潜水艦の導入予算が、今後30年間で最大約37兆円と報じられている。
高速鉄道の全体構想が11年前の推計の1.5〜2倍程度、仮に20〜30兆円かかるとすれば、その規模がいかに莫大か分かる。財源確保のメドや世論の支持が固まっているわけではない。
オーストラリアでは古くは1980年代から、選挙のたびに高速鉄道建設の構想が浮上しては消えていった経緯がある。脱炭素に力を入れるアルバニージー政権としては、来年5月までに実施される次期連邦選挙に向け、クリーンな長距離移動の手段として高速鉄道をアピールしたいところだろう。
車両や運行方式も未定だが、もし実現が決まれば、新幹線技術で60年の歴史を持つ日本勢に受注のチャンスはある。何十年後になるかは分からないが、今回の地質調査開始はオーストラリア版新幹線開業に向けた始めの一歩となるか。
■ソース
Work underway to determine high-speed rail route(The Hon Catherine King MP)