2025年の旅客数2,500万人

オーストラリア北東部クイーンズランド州の空の玄関口、ブリスベン空港は16日、開港100周年を迎えた2025年の旅客数が前年比5.3%増の2,497万9,643人となり、過去最高を記録したと発表した。同年12月には月間と1日のデータでも記録更新が相次いだ。32年ブリスベン五輪に向け、人口増加が著しいクイーンズランド州南東部の経済発展をけん引する。
内訳は、国際線が同10.7%増の696万976人、国内線が3.2%増の約1,801万6,642人だった。12月は月間旅客数が228万8,895人と単月でも過去最高を記録した。12月20日には国際線の旅客数が2万6,111人に達し、コロナ感染拡大直前の20年1月に記録した史上最高を更新した。
同空港によると、国際線の旅客数が特に伸びた背景には、路線網の拡充があるという。マレーシア航空のブリスベン線再開に加え、ジェットスター航空がフィリピン・セブ島との直行便を開設した。今年もニュージーランド各都市への増便や機材刷新による座席供給拡大、中国南部航空の通年1日2便化などを予定している。
同空港のヘルト=ヤン・デ・グラーフ最高経営責任者(CEO)は「国際線ターミナルでの記録更新は、空港の躍進と2032年(五輪)に向けた地域の勢いを反映している」と述べ、今後の航空需要拡大に期待を示した。
戦時中は対日反攻の拠点に
ブリスベン空港は1925年、イーグル・ファーム飛行場として開港した。同飛行場には第2時世界大戦中、米豪英など連合国軍の南西太平洋方面総司令官を務めたダグラス・マッカーサーの下で司令部が置かれた。フィリピンからオーストラリアに撤退したマッカーサーはアデレードで「アイ・シャル・リターン」(私は戻ってくる)と逆襲を誓ったが、日本の無条件降伏につながる連合国軍の長い反攻作戦は、ここからスタートしたのだ。
ブリスベン万博が開催された88年には、イーグル・ファーム飛行場北東側の湾岸に現在のブリスベン空港が開港した。3,300メートルの第1滑走路に加え、2020年には総工費11億豪ドルをかけた3,560メートルの第2滑走路がオープンしている。
現在、旅客数ベースでシドニー空港、メルボルン空港に次ぐ国内3番目の規模があり、海外35都市に路線を就航している。五輪に向け、50億豪ドル以上を投じ、第3ターミナル新設をはじめとする空港施設の刷新を進めている。
◼️ソース
Centenary year delivers record-breaking trifecta at BNE(Brisbane Airport)