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衝動的な辞表届を撤回することは可能ですか?

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法律

Q

会社で上司と会社の経営方針について激しい口論となり、頭に血が上って「こんな会社辞めてやる!」と、辞表を殴り書きしてその上司にたたき付けました。その日は帰ってきましたが、翌日になって冷静さを取り戻し、辞職を撤回するべく謝罪のために出社すると「辞表は昨日付けで受け付けた。もう君の席はない」と言われてしまいました。もう、この辞職は撤回できないのでしょうか?(30代男性=会社員)

A

雇用者側にとっても、従業員側にとっても、解雇・退職は重大な決断であり、法律的にも大変複雑な問題となり得ます。

一般的に辞表は、雇用関係を断ち切る効果を持つ法的書類です。従って、従業員が「気が変わったから」と言って、いったん出した退職願を撤回することは、原則的にはできないとされています。しかし、これには多くの例外が認められています。その例外の1つが「Heat of the Moment Resignation」です。これは、従業員が突然、感情的になって退職願を出したものの、冷静になって「やっぱり会社に残りたい」というような状況です。

その退職願が「Heat of the Moment Resignation」として認められれば、それは退職の本当の意思表示ではなかったと判断され、退職願は無効となります。その場合、当該従業員が復職したいという意思表示(辞意の撤回)をした際に、雇用者が当該従業員の復職を認めなければ、法律上、これは“従業員による任意退職”ではなく、“雇用者による解雇”とみなされ、不当解雇となってしまうリスクがあります。

何が「Heat of the Moment Resignation」に当たるのかは、その状況によります。例えば仕事の後の酒席で、酔った勢いで「こんな会社辞めます!」と言っただけの場合などは、「Heat of the Moment Resignation」として、本当に退職する意思はなかったと判断できます。

また、従業員が書面で「明確な退職の意思」を表示したとしても、場合によっては「Heat of the Moment Resignation」として、「それは従業員の“本当の”意思ではなかった」と判断されるケースもあります。例えば、当該従業員が仕事のストレスやプレッシャーを原因として、通常でない精神状態にあると医師に診断されていた状態で退職願を提出してきた場合などです。

医師の診断書はないまでも、口論の末に「頭に血が上っていて、正常な判断能力が欠如していた」、今回の相談者のような状況における突発的な退職願についても、「退職は本当の意思ではない」という解釈が成り立ちます。ただし、より明確な判断をするためには、更に詳しい事実関係を教えてもらう必要があります。

このような「Heat of the Moment Resignation」が疑われる退職願が提出された際には、雇用者は念のため、当該従業員に対して少し冷静になる時間を与えた後、明確な退職の意思を再確認する必要があるでしょう。また従業員としても、不本意な「Heat of the Moment Resignation」に値する退職願を出してしまった場合は、可及的速やかに復職の意思(辞表の撤回)などをしなければいけません。時間が経てば経つほど、辞表の有効性が確定してしまいます。

*オーストラリアで生活していて、不思議に思ったこと、日本と勝手が違って分からないこと、困っていることなどがありましたら、当コーナーで専門家に相談してみましょう。質問は、相談者の性別・年齢・職業を明記した上で、Eメール(npeditor@nichigo.com.au)、ファクス(02-9211-1722)、または郵送で「日豪プレス編集部・何でも相談係」までお送りください。お寄せいただいたご相談は、紙面に掲載させていただく場合があります。個別にご返答はいたしませんので、ご了承ください。


林 由紀夫(はやし ゆきお)
H&H Lawyers

横浜市出身。1972年来豪。78年ニュー・サウス・ウェールズ大学法学部卒(法学士、法理学士)。79年弁護士資格取得。同年ベーカー&マッケンジー法律事務所入所。80年フリーヒル・ホリングデール&ページ法律事務所入所。84年パートナーに昇格。オーストラリアでの日系企業の事業活動に関し、商法の分野でのさまざまなアドバイスを手掛ける

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