
(撮影=永田雅裕)
本紙独占 特別インタビュー
瀬戸内寂聴さん
海外に暮らす日本人として、外から現在の日本を見ると、閉塞感は否めない。昨年の3・11東日本大震災は1,000年に1度の大震災と言われているが、被災地や被災者への復興支援は遅々として進まない。また原発問題は、日本人全員に突きつけられた命題となった。経済が上向きというニュースも聞けず、政治はただ混迷するだけ。外交では、領土問題で隣国からの突き上げがある。このような状況で、瀬戸内寂聴先生は多くの日本人にとって心の拠りどころのような存在ではないだろうか。今年90歳になられた先生は、文学者として宗教家として、また震災後の余生は脱原発に捧げると公言し、講演のため西に東に走り、人々を元気付け、全開で活動されている。6月、本紙へのインタビューが許されたので、京都の嵯峨野にある寂庵に伺い、話を聞かせていただいた。
文学者として
「書くことは大好きです。すらすらと何の苦労もなく書けます。息をするように身体に沁みていて、かえって書かないことが苦痛になりますね。
去年、半年ぐらい病に臥せ(背骨の圧迫骨折)、その時は病気で痛いことより、書くことができないのが苦痛でした。
90歳まで生きましたから、今夜死んでもいいんです(笑)。十分書いて思い残すこともない。それでもまだ命があるのなら、3つぐらい書きたい小説がありますけどね」
現在、超人気の文豪というステータスからは想像もつかないが、女流文学賞を取られた『夏の終わり』以降、長い不遇の時代があった。
「書かせてくれない長い時期がありましたよ。『花芯』という小説でエロ作家のようなレッテルを貼られて、すごいバッシングがあり、普通の人であれだけやられれば書けなくなっていたと思います。
その時の誹謗に負けなかったことで、現在があると思っています。
そういう風に言う人が馬鹿だと思っていましたし、自分を信じることができなければやっていけません」

月見台から庭を望む(斎藤ユーリ撮影)
そして、女流文学賞以降、約30年間、賞とは無縁だった。
「なんでくれないのかと思っていましたよ。
ほかの受賞作を読んでも私の作品は遜色がないし、でも内心腹が立っていて、よし、もし何かを受賞させてやろうと言われても絶対貰うものかと思い、断る弁というものを書いて、お風呂の中で一生懸命覚えましたね(笑)。
それで30年経って突然、谷崎潤一郎賞をもらうことになり、受賞の電話を受けた時、せっかく覚えていたのを全部忘れて、『はい、ありがとうございます』と電話に向かってお辞儀してお礼を言っていました(笑)。
作家で賞はいらないという人はいませんよ。そういうのはくれないから言ってるだけで、負け惜しみでしょう。
賞は励みになります、作家にとって」
テレビのインタビューで見たのだが、「出家していなければ早いうちに自殺していた」というコメントがとてもインパクトがあった。先生に、大好きな書くことが生きる理由にはならなかったのですか、と聞いてみた。
「もうそのころ、書くコツのようなものが身に着いて、創作意欲がなくなったんじゃなく、同じものをいろいろ書いても仕方ないじゃないかという気持ちが強かったですね。自分の文学に対する疑い。
生きながら死ぬというのが出家で、そこからまた何かが開けてくるかもと思って、出家しました」
『瀬戸内・源氏物語』の全巻は大ベスト・セラーとなった。
「日本には古典があるのがありがたい。その中で『源氏物語』は世界に誇れる名作です。
既に与謝野源氏、谷崎源氏、円地源氏と大作家による現代語訳がありますが、現在、日本人の国語力が低下しているじゃないですか。一番新しい円地さんのさえ読みきれない。
日本人なら誰でも読める平易な源氏を出ださなければと思い、私の番が来たなと、全巻を訳しました」

寂庵のお堂の前で
宗教家として
今でも覚えているのだが、出家当時の先生の写真は、とてもセクシーな尼さんでフェロモンがいっぱいという感じがしたので、そのことを言ってみた。
「そんなことないですよ。頭の髪を全部剃って、セクシーになるはずがないです。
出家すると守らなきゃならない戒律がいっぱいあるんですが、どれもできない。
嘘をつくなと言っても、小説家は嘘を書くことだし、嘘をついてご飯を食べるとおいしいじゃないですか。人の悪口を言うなって言っても、人の悪口を言いながら1杯飲んだらとてもおいしい。
で、どうせなら、皆が絶対できないだろうと思っているセックスを断つこと。これを実行してみようと決めたんですよ。
私はできないという戒律を1つ守っていますから、それで許されていると思います(笑)。で、今も坊さんで居られるんじゃないですか(笑)」
命について。
「仏教では、肉体は焼かれて滅びても、魂は残ると信じます。あの世はあるのか。
宗教とはあの世はあると思わないと宗教にならないです。その捉え方が宗教によっていろいろと違ってきます」
普通の人間にとっての宗教とは。
「日常で宗教の必要性を感じない人でも、愛する人に死なれてごらんなさい。その時、何かを感じます。その時、宗教を信じられるのと信じられないのでは、大きく違ってきます」
臓器提供について。
「反対はしませんが、私は(自分の臓器を)あげないと思っているだけです。
宗教的見地からだと、あげなきゃならない。宗教ではすべてをあげなきゃならないものです。
そこが私のダメなところで、私の美意識というか知らない人にあげたくない(笑)。私の弱みです。
でも私が死んだ時、それで助かる人がいるのなら差し上げます。でも進んであげようとは思いませんね」
人間の一番美しいところと醜いところは。
「やはり愛することを知っていることでしょう。醜いのは物欲でしょうね」
余生は脱原発にささげる

『その後とその前』
瀬戸内寂聴(著)、さだまさし(著)
発行:幻冬舎(2012/2/24)
ISBN-10: 4344021363
東日本大震災が起こる1年前と被災から半年後。2人が語った、日本人について、命について、愛について…。この国を思う2人からの、過激で愛に満ちた叱咤とエール
『日本を、信じる』
瀬戸内寂聴(著)、ドナルド・キーン(著)
単行本:131ページ
発行:中央公論新社(2012/3/9)
ISBN-10: 4120043444
ともに90歳を迎える2人が、大震災で感じた日本人の底力、生きる意味、自らの「老い」と「死」について縦横に語り合う
「あの大震災が起きた時、病気で寝ていたんですが、テレビで大惨事を目にして、これは大変だとガバッとベッドから立ち上がって歩いていたんですよ。それまで動くことも歩くこともできなかったのが。
それで現地へ行ったのですが、その悲惨な現場を見て人生観が変わりましたね。現地に行かないと本当のことは分からないです。
政治家なんて本当に行っているのかと思います。本当に実情を見ていたら、あんなつまらない言動はできないと思いますよ。福島であれだけのことがあっても何も解決していません。まだタレ流しです。
被害に遭った人は今でもとても困っています。津波は天災ですが、原発は人災です。これまで大家族で、1つの家で幸せに暮らしていたのが、お前たちはここを出て行けなんて言われて可哀想ですよ。
被害に遭った人たちをないがしろにしておいて、原発の再稼動にやっきになっている。責任を持つなんて、誰がどういう責任を持つのですか。大丈夫と言って、何が大丈夫なんですか。「ドジョウの首」なんてもらっても、しょうがないです。何を言ってるのかと思います。
政治家は選挙に勝つかどうか、それしか考えていない。おかしい。本当におかしいですよ。反・脱原発のストも前からやっているのに、マスコミはそれを報道しない。この間私が参加し、ようやくニュースとしていろいろなところで流れましたが、作家であり90歳ものおばあちゃんがしたということで、ようやくニュースになる。
前から多くの普通の人が一生懸命やっているのにほとんど報道されない。何か陰謀のようなものを感じますね。大飯原発の再稼動には腹が立ってしょうがないけど、今からどうやって攻撃しようかと考えているところです(笑)。
でも再開しても、これだけの人が反対したということを見据えるのが大事。黙っていちゃダメ。負けると口惜しいけど、できるだけのことをやらなきゃ。
再稼動って浮かれていますが、許せないですね。政府とマスコミ。戦時中の大本営発表のような感じになってきて、それはとても怖いことです。この調子で行くと戦争が起こるかもしれない。私の若いころはこんな風にして崩れて行きましたからね。
今度の震災後、海外のメディアから日本人の大人しい態度を絶賛されましたが、私は少し違う、おかしいと思います。大人しく行儀よくなんてしてちゃダメです。こうして欲しい、ここが間違っていると大きな声をあげなきゃダメです。
ただ、これまで今の若い人は暴動も起こさない、大人しい、役に立たないと思っていましたが、現地でボランティアに一生懸命の姿を見て、見直しました」
地理的にボランティアに駆けつけられないオーストラリア在住の日本人は何をすべき、何ができるのでしょうか。
「被災した方々を忘れないであげてください。いつも心の中で祈ってあげてください。念が固まれば力が出るのです」
脱原発の場合、電力はどこから供給すべきだと思いますか。
「自然からのもので十分まかなえるかもしれない。とにかく政府がいろいろなデータをすべてきっちり出さないから、いろいろな憶測が生まれるだけです。真面目に考えたいい人の意見を、通用させまいとする壁ができている。それが政府であり、メディアであるということですね」
最後の質問として、元気の秘密を聞いてみた。
「この間、電話で話し中、ところでおいくつになりましたって聞かれて、思わず“70歳です”って言ってしまい、後ろで聞いていたスタッフたちに、「20歳もサバを読むなんて」って呆れられました(笑)。自分で70歳ぐらいだという感覚があるんでしょうね。時々、自分で90だ90だと言い聞かせているんですよ(笑)」
インタビューを終えて、持参した本や頂戴した本に署名をいただいている際、「先生、これからもますますお元気で、私たち日本人を叱咤激励してください」と言うと、「叱咤激励なんかしたくないですよ。もう90ですから」と笑っておっしゃる。
「いえいえ、先生は今70歳ですから、あと20年は絶対に大丈夫ですので」と返すと、こちらを見てスマイルをくれたのだが、それは、とてもとてもチャーミングな笑顔でした。
(本紙発行人・坂井健二)
瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)
1922年(大正11年)5月15日生まれ。日本の小説家、天台宗の尼僧。僧位は僧正。1997年文化功労者、2006年文化勲章。学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子大学国語専攻部卒業。学位は文学士(東京女子大学)。徳島県徳島市名誉市民の称号を取得。京都市名誉市民。元天台寺住職現名誉住職。比叡山延暦寺禅光坊住職。元敦賀短期大学学長。代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。近年では『源氏物語』に関連する著作が多い。これまでの著作により多くの文学賞を受賞した。