NSW州では、大学に進学するためにHSC(Higher School Certificate)という試験を受ける必要があるが、2022年5月にHSC言語コース履修基準が変更された。生徒たちにとって、実力に見合わない難易度の高いコースの選択を強いられなくなるなど、今回の変更にはメリットも多いと聞くが具体的には何がどう変わったのか。本特集では、HSCの基本情報からHSCジャパニーズ履修基準変更がもたらすメリットまで、専門家の協力の元、解説する。
記事協力:YK Education・窪田優奈、HSC日本語委員会・嶋田典子/福田美香/内野尚子(敬称略)
HSC、ATARとは?
HSCは「Higher School Certificate」の略で、NSW州の高校卒業証明をもらえると共に、大学入学資格を得られる試験と考えると分かりやすいだろう。そして、HSCの点数を基にUAC(University Admission Centre)が計算し、全学生のランキングを30.00〜99.95の範囲での順位で示した数字がATAR(Australian Tertiary Admission Rank)と呼ばれるものだ。
ATARはYear 12で勉強したトップ10ユニットのHSCの結果を総合的に見て判断されるもの、ランキングであり点数ではない点を留意しておくと良いだろう。例えば、ATARの70はNSW州のトップ30%の成績となる。90以上のATARを取るにはテストの全科目で90点以上を取らければならないと勘違いする人も多いが、ATARの90はNSW州上位10%を指し、テストの点数がATARに反映されているわけではない。なお、ATARのスコアによって入学できるコースや大学が決まる。
ATARでは、HSCの成績(統一試験50%・校内成績50%の100%で、Rawマークと呼ばれる)から、スケーリングという方法を使って全生徒の成績を比較し決められる。スケーリングは最も公平な方法だとされているが、NSW州では英語の成績と比較されて調整されるため( 州によって異なる)、現時点で唯一の必修科目である英語(English)に加え、全受験科目でバランスよく好成績を収めることが最終的に高いATARにつながるため、ポイントとして覚えておきたい。
HSCの科目
HSCは日本のセンター試験とは違い、1つの試験ではなく、Year 12の1年間の成績を総合的にまとめたスコアだ。そのため、勉強を始める時期は早ければ早いほど良いだろう。HSCの科目は、Year 10の後半に選択することになり、Year 10の成績によって選択できるレベルが決まる。そしてYear 11の基礎知識となるため、Year 10は非常に重要な学年と言えるだろう。どの科目に興味があるのか、また、得意な科目や進学したい大学のコースに必要な科目をしっかりと調べながら決めると良いだろう。
HSC の科目は、「English」「Maths」「Science」「Technology」「Creative Arts」「Personal Development, Health and Physical Education (PDHPE )」「Human Society and its Environment (HSIE )」「Languages」「Vocational Education and Training (VET) Curriculum Frameworks」のカテゴリに分類でき、それぞれに細かく科目が用意されている。
Year 11 では最低12ユニットの科目を取らなければならないが、これはYear 12の時に生徒自身の希望で2ユニット落とす科目が選択できるシステムとなっており、Year 12では成績が良い10ユニットがATARの換算対象となる。なお、Englishは必須なのでEnglish Standard(2ユニット)またはEnglish Advanced(2ユニット)のどちらかを選択しなければならない。オーストラリアに住んでいる期間が5年以下の場合、English EAL/Dを選択できる。必須であるEnglishの2ユニットは必ず計算され、残りの成績トップ8のユニットが選ばれる仕組みだ。
基本的に1科目2ユニットだが、Extension は1ユニットとして計算される。例えば、MathsのStandardとAdvancedは2ユニット、Extension1は追加で1ユニット、Extension 2 は追加で1ユニットとなり、Extension 2を取っている生徒は計4ユニットがHSCの成績に加算されることになる。Extensionが取れるコースにはEnglish、Maths 、History、Music 、Languages 、Scienceなどがある。
科目選びは自由だが、注意が必要なのは、大学や勉強したいコースによってはAdvanced、Extension 1 MathsやScienceを取らなければならないなどといった点。大学のコースで例えばEngineering、Physiotherapy、Health course、Computer scienceなどではHSCレベルの数学が必要なことも多い。ただし、大学入学前にBridging courseというHSCの2年間に該当する勉強を短い期間で行う選択もあるので、必要な科目を取っていなくても希望する学部に入学するオプションはある。詳細は、学校の“Careers Advisor”に進路相談することをお勧めする。
HSC に特化した学習サポートを行う「YK Education」の窪田優奈さんは以下のようにアドバイスをする。
「美術を選択して、98 ATARを取った生徒もいれば、スケーリングが良いと言われている科目を取ってATARが低かった生徒もいます。『スケーリングが良い』と言われている科目を選択しても点数やランキングが悪ければ、ATARや生徒のモチベーション維持や向上に良い影響をもたらしません。勉強がしたくなる科目で高い点数を取った方が良いので、得意な科目、もしくは好きな科目を選ぶと良いでしょう。また、Year 10の成績によって選択できるレベルが決まるため、Year 10は重要です。また、遅れた状態からYear 11を始めるのは大変ですが、Year 12 になるまでHSCの点数には加算されないのでその点は心配いりません。お子様それぞれに合った勉強習慣やモチベーションになることを見つけてあげましょう。成績アップへの近道は、やる気と自信です。自信がつけばやる気向上にもつながるはず。そして、成績にも反映してくるでしょう」
HSC言語コースの履修基準が変更
NSW州内でオファーされている言語コースは66種類に上り、これまで日本語を含む4つのアジア言語におけるコンティニュアズ・コースでは、他の言語と一貫性のない履修基準が適応されており、最も問題視されていたのが、履修予定者の家庭での使用言語についての条件だ。移民社会では家庭で親の母語が使用されているケースが多々あるにも関わらず、その使用状況について、干渉/制限されるような基準が設けられていたのだ。しかし、2022年5月に問題の1項「学生は教室外で当該言語のバックグラウンドを持つ者と持続的なコミュニケーションを取っていないこと」が削除された。14年にわたる活動を行い、HSC言語コースの履修基準変更に大きく貢献したのが「HSC日本語委員会」だ。
HSC日本語委員会の取り組みについて、同委員会の嶋田典子さんは以下のように語る。
「まずは改善を求める署名や実例を集め、諸処の問題を可視化し、在豪日本人移民数の増加傾向、日本語学校とその生徒数の増加傾向を示すグラフなどを、HSCの全てを管轄する機関に提示し続けました。ちょうどタイムリーに労働党のラッド政権になった時期で、2008年には日本語を含むアジア4言語のヘリテージ・コース開発が決まりました。その後もContinuersコースの履修基準は変更されなかったので、
NSW州教育大臣に面会し、直接問題点についてお話させて頂きました。また個人で『NSW Anti-Discrimination Board』や『Australian Human Right Commission』に不服申し立てをする人へのアドバイスも実施しました。この問題はほんの一部のアジア言語だけに特化されていたので、オーストラリア社会全体で共有してもらうために『Ethnic Communities’ Council NSW』に入会しました。同時に日本語コース受講不可と言われた生徒や保護者の方々に不平、再審査申し立てが可能なこと、その手順などのアドバイスに加え、HSCや豪州の教育についての情報ウェブサイト上で提供し、随時セミナーや交流会の開催を行ってきました」
今回の変更で、日本人を親に持つ生徒は、日本語の履修を諦めることなく、よりフェアな判断基準の下で適切なコースを選択しやすくなり、より効果的な学習をすることができるようになった。保護者は、躊躇(ちゅうちょ)することなく家庭で日本語が使用できるようになり、日本語の学習を推奨しやすくなった。
「日本語の継承のために親子で努力したことが不利に働くことがなくなったのが、とても喜ばしいことです」(HSC日本語委員会)
また、学校に日本語クラスがなくても科目として選択することができる。日本語を選択したい場合には2通りのオプションがあり、1つはNSL(NSW School of Language)という通信教育(Year 9から入学可)、もう1つはSCL(Secondary College of Languages)というチャッツウッドにある土曜校(Year 7から入学可)で勉強する方法だ。どちらも、通学している学校の校長を通して申し込むことが必要となる。SCLは無料だが、NSLは有料で、私立または公立どちらに通っているかによって費用が異なる。なお、通信教育では、月1回ピーターシャムにあるNSLの学校で対面授業が実施されることも追記しておく。
HSC日本語委員会の内野尚子さんは以下のように話す。
「片親、または両親共に日本人であってもオーストラリアで教育を受けオーストラリアで育った子どもたちは、オーストラリアの社会性を身に付け、オーストラリア人の考え方を学んで成長していきます。それと同時に、日本語・日本人家庭環境で親から学んだ社会性や考え方も身に付けます。そのため、進路を決める選択肢は倍になる可能性があります。大半の生徒はオーストラリアの大学に入学しますが、小学校から高校まで継続して日本語を勉強していた生徒が、高校卒業後、オーストラリアではなく日本の大学に入学した実例もあります。選択科目を決める時、多文化、環境に違和感なく溶け込める生徒にとっては、1つしか興味がないという状況でなく、さまざまな分野においてもっと知識を得たいと思うことで、選択肢が広くなります。日系の親を持つ生徒が高校卒業後、すぐにはその有利さを発揮しない場
合もありますが、必ずその特徴を有利に活用できる時が来るでしょう」
「オーストラリアでは、高校卒業後すぐに大学に進学せずに、1年間のギャップ・イヤーという制度の下、仕事をしたり、ワーキング・ホリデーで海外に出たり、学びの場以外での経験を積んでから大学に入学するという道もあります。また、大学で選択したコースが自分に合わないと入学後に気付いた場合は、必須科目などの条件さえ満たせば、同じ大学の別のコースに移籍するのはもちろん、別の大学の別のコースに変えることも可能です。ハイ・スクールの時点で確実な進路を決めなくても、いろいろな道があることがオーストラリアの特徴ではないでしょうか。オーストラリアで子育てをしている日系の親御さんの大多数は、ご自身がオーストラリアでの学校教育を受けた経験がないと言えます。そのため、さまざまな局面において判断を下す際、つい『日本ではこう』というような規範を当てはめてしまいがちです。まずはその考えを取り去ることから始めてみてください。オーストラリアの教育システムはとてもフレキシブルです。もう少し肩の力を抜いて、リラックスして楽しんで頂きたいです。当委員会では、引き続き教育情報の周知活動を積極的に行う所存です」(HSC日本語委員会)
本記事が、お子さんの進学の一助になれば幸いだ。
■YK Education
Web: www.ykeducation.com.au
■HSC日本語委員会
Web: www.hscjapanese.org.au