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オーストラリア版現代奴隷法(Modern Slavery Act)について

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税務&会計 REVIEW

EYジャパン・ビジネス・サービス
監査パートナー
石川達仁

プロフィル◎オーストラリア勅許会計士・公認会計士(日本、米国)。東京、ニューヨーク、ロンドンのEYでグローバル企業に対する会計監査及びアドバイザリー業務に通算20年以上の従事経験を有する。シドニーでは日系企業を中心に幅広い業種の会計監査に関与している。

オーストラリア版現代奴隷法(Modern Slavery Act)について

2015年に「UK Modern Slavery Act(現代奴隷法)2015」を採択した英国に引き続き、オーストラリアで現代奴隷法という法律が今年の1月から施行されることになりました。英国やオーストラリア以外の国でも同じような動きが見られますが、これは国連が11年に「ビジネスと人権」に関する指導原則を採択したことが背景にあります。何とも物々しい名称の法律ですが、社会問題の1つである強制労働や人身取引といった課題に対する取組みの1つです。今回は、その概要と日系企業に与える影響について解説します。

1970年代から90年代にかけてのアパレル企業の事例をきっかけとして、企業は、労働者の権利に関する重大な問題が明らかになった場合に、ブランドの価値と評判、更には安定的な供給に対して大きなリスクがあると認識するようになりました。しかし、海外の広範なサプライチェーン、及びオーストラリア国内における労働者雇用やその他のサプライチェーン(例えば農業など)における多数の労働者権利の問題について、企業が気付いたのはつい最近のことです。消費者、メディア、NGOは、90年代のアパレル企業に対して、工場を所有していないならば影響力や責任もないと言いたげな経営者の態度に対して激怒していました。

今日、企業は非常に異なったアプローチをしています。企業は、サプライチェーンに対する影響力を持っており、そのような関係について責任のある経営を実現するきっかけとして見始めています。ビジネス・コミュニティーや幅広いステークホルダーは、こうした関係について、好ましい変化を起こし現代の奴隷制度を終わらせる極めて重大な機会と捉えています。

また、サプライヤーとの関係及び、奴隷制度への対処に必要な措置は、ビジネス運営、安定的供給、及びサプライチェーンの効率性を改善する上で役立ちます。

そして投資家は、投資ポートフォリオにおける人権とサプライチェーンのリスクに注目しています。評判上のリスクに関する懸念だけが理由ではなく、環境・社会・ガバナンス(Environmental/Social/Governance – ESG)のリスクに対する企業のコミットメントと成熟度は、強力なガバナンス、企業倫理、回復力及び長期的な価値創造の可能性の指標であると理解しているからです。

EYの2018年「Investors Survey」によると、人権への対応とサプライチェーンのリスクは、17年から18年の間に投資家の注目が特に大きく増加した2つの領域です。18年には、投資家の52%がサプライチェーンのESGリスク、49%が人権への対応をそれぞれ投資判断を行う上で重視すると報告しています。

企業が現代の奴隷制度の問題に対処し、より強力なビジネスを築くためにサプライチェーンを見直すという事例も見られますが、現時点での措置は圧倒的に事後対応型であり、市場トップの少数企業に限られています。

現代奴隷法の狙いは?

現代の奴隷制度とは、立場の弱い労働者から何らかの形で搾取することを意味します。これは世界中で約4,000万人に影響を及ぼしています。典型的な例には、発展していない地域からの出稼ぎ労働者に対して採用の見返りに母国への資金送金を制限したり、基本的な自由が認められないといった労働環境が挙げられます。

今回の現代奴隷法では、NSW州及び連邦レベルの両方で、企業のオペレーションとサプライチェーンにおいて、現代奴隷制度のリスクに積極的に対処することを順守させるために、その取り組みについての外部報告が義務付けられます。

適用対象

連邦法

  • オーストラリアで事業を行う全ての企業
  • 1億ドルを超える年間連結収益
  • 公共部門に対する特定要件

NSW州法

  • NSW州内に従業員がいる全ての企業
  • 5,000万ドル超1億ドル未満の年間収益
  • 公共部門に対する特定要件

▶報告期間内にオーストラリア国内で事業を行う全ての国内企業及び外国企業(会社、トラスト、パートナーシップ、個人事業、投資組合、NPOを含む)

注:「オーストラリア国内で事業を行う」は、Corporations Act(会社法)及びASIC登録要件に従って判断することになります。注:企業は、グループ内の複数企業をカバーした共同声明を行うことも選択できます。

▶連邦法は、年間収益(オーストラリア会計基準に基づく連結収益)が1億ドルを超える企業に適用されます。

▶NSW州法は、年間収益が5,000万ドルを超える(連邦法の対象になっていない)企業に適用されます。

▶NSW州法と連邦法には共に、公的機関に適用される現代奴隷制度のリスク管理に関する類似の条項があります。

求められる報告内容

連邦法とNSW州法は、企業がサプライチェーンとオペレーションにおいて、現代奴隷制度のリスク評価方法と軽減措置について報告することを義務付けています。具体的には、以下のような報告要件を定めています。

  1. 企業の構造、そのオペレーション及びサプライチェーン
  2. 企業のオペレーションとサプライチェーンに存在する現代奴隷制度のリスク
  3. リスクの評価と対処のために講じている措置(デューデリジェンスと軽減措置を含む)
  4. 企業における当該措置の有効性評価方法
  5. 企業が所有または支配する企業との協議プロセス

この報告は政府管轄のオンライン・データベースに集約され、一般公開されます。報告義務を順守しない企業にはNSW州法に基づきペナルティーが科せられることになります。

対応策

企業は調達プロセスをレビューすると共に、リスク管理のアプローチを策定するために組織横断的な共同プロジェクトを立ち上げる必要があります。

また、取締役(または相当する役職)は報告を承認する必要があるため、取締役会が正しい情報を入手し、企業の対応と報告内容の正確性について十分に把握しておくことが極めて重要です。

対応時期

連邦法は19年1月1日に施行され、それに基づく最初の報告は、翌日の1月2日以降に開始する会計年度から適用され、期末日後6カ月以内が期限です。

  • 会計年度末が6月の企業は、19年7月1日から20年6月30日の期間に関しての報告を行い、その期限は20年12月31日です。
  • 会計年度末が12月の企業は、20年1月1日から12月31日の期間に関しての報告を行い、その期限は21年6月30日です。

報告は毎年実施することが義務付けられており、取締役による承認、署名が必要となります。

報告を怠った企業、または誤った情報や誤解を招く情報を報告した企業は、NSW州法に基づき最高110万ドルの罰金の対象になる場合があります。また、その報告は、取締役(または相当する役職)の承認を得る必要があります。

今後のアクションは?

今こそがサプライチェーン内のリスクと機会を見直す時期です。現代奴隷法では、これらのリスクをより適切に管理するためのビジネス・プロセスをどう適用するかについて今すぐ考察し始めるよう促す一方で、これらのプロセスが、低炭素化への取組みや、調達を通じた社会貢献といった他のリスク及び機会に同時に対応できる方法について検討することも促しています。

優先度の高い領域を特定するには、組織横断的な共同プロジェクト・チームが必要になるでしょう。なぜならこれらの取り組みは、ビジネス戦略において、機会の最大化及びビジネス・リスクの最小化を図ることと密接に関連してくるからです。

サプライチェーンの持続可能性を高め、法制化された期限内で現代奴隷制度のリスクに対処するためのビジネス・プロセスを確立するために、優先度の高い領域について専門家に相談されることをお勧め致します。

※この記事は出版時の時点で適用される一般的な情報を掲載しており、アドバイスを目的としたものではありません。


EYジャパン・ビジネス・サービスのウェブサイトはこちらから
www.ey.com/AU/en/JapanBusinessServices

コンタクト

石川達仁(シドニー)
Tel: (02)9276-9339
Email: tatsuhito.ishikawa@au.ey.com

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