タスマニア再発見
No.128 見に行こう! 黄葉のファガス
文=千々岩健一郎
タスマニアには四季があります。そして今の季節は秋、黄葉もあります。
俗に「南極ブナ」と呼ばれるファガス(Nothofagus gunnii)は、オーストラリアで唯一の固有の落葉樹です。桜やニレなど市街地に植えられている落葉樹は、全て海外から持ち込まれた外来のもの。このファガスだけが元々、タスマニアに存在する唯一の落葉樹なのです。
そして、これが存在するのはオーストラリアでもタスマニアだけであり、かつ標高の高い冷涼で雨の多いエリアにしか残っていません。氷河期が終わった後、気温の上昇に伴い山岳地域の高い所に少しずつ追いやられて生き残っている存在なのです。まだこの黄葉を見たことのない方々にはぜひお出掛け頂きたいのですが、かくのごとく存在する場所が極めて限定されています。
北部ではクレイドル・マウンテン国立公園、南部ではマウント・フィールド国立公園、いずれも標高の高い(標高800メートル以上)限られた場所にしかありません。クレイドルでは人気のダブ湖展望台が標高940メートルなので、ほぼダブ湖から上の西向きの斜面に張り付くように多くあります。ダブ湖周遊サーキットの途中で、岩盤の隙間に根を張り曲がりくねった枝ぶりで生えている様子は、まるで自然が造り上げた盆栽の古木のようです。
マウント・フィールド国立公園では、公園入口から曲がりくねった未舗装の山道をかなり登ったフェントン湖の付近にすばらしいスポットがあります。スノーガムの林の中、風化した粗粒玄武岩の岩塊と共にまるで天然のロック・ガーデンのようにあります。
このファガスが黄色く色付くのは、4月後半から5月の上旬にかけて。この時期に訪問すれば、森の中で色付いた姿や色の変わった斜面の広がりが目に入り、ひと目でその存在が分かります。何しろ、これらの公園内に存在する落葉樹はファガスだけなので、色が変化している植物はこれだけ。日本やカナダのように、いろいろな紅葉が入り混じった派手さはないですが、逆にこの木だけが色を変化させているシンプルな風情はタスマニアだけのものです。
「南極ブナ」という名前の由来は、南半球に存在していることに加え、南極大陸に同じ葉っぱの化石が存在するからです。かつて南極やオーストラリア、南米などが1つの陸地、ゴンドワナ大陸として存在していた時代に生きていた植物。現在でもその地域に同じ種類が残り、大陸移動説を導き出すきっかけとなった植物として知られる存在です。ブナとはいえ北半球のブナとは異なり、ミナミブナ科(Nothofagaceae)として独立しています。
千々岩 健一郎
1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うと共に、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手掛けている。北海道大学農学部出身。