タスマニア再発見
No. 132 森歩きの楽しみ④ ブラックウッド
文=千々岩健一郎
先月取り上げた「背高ユーカリ」のある、マウント・フィールド国立公園の滝に続く道の入り口辺りに、どっしりと構えた1本の木がある。ブラックウッド(Acacia melanoxylon)だ。
アカシア属と言えば豪州では専らワトルの名前で知られ、豪州の国花として人気の高い植物で種類も多い。しかし、このブラックウッドは一見、あの黄色の輝くような花を咲かせるワトルと同じ仲間だとは思えないところがある。その理由はタスマニアの森で多く見られるシルバー・ワトルと葉の構造が異なっているからかもしれない。
シルバー・ワトルの葉は羽状の複葉で、言わば本物の葉っぱを持っているが、ブラックウッドはPhyllodeと言われる茎が平たく変形した仮の葉で、形が全く異なる。しかし他のワトルと同様にやはり黄色味を帯びた綿状の花を付け、花が終わると豆のサヤのような実を多数付ける。日本でアカシアと言えば、主にニセアカシアのことを指し、この本物のアカシアはあまり知られず、むしろそのファミリー名、ミモザとして知られている。
ブラックウッドは花よりも材木としての人気が高い。木質部が黒みを帯びているのでこの名前があるが、緻密(ちみつ)で硬く、加工がしやすいといった特徴から、昔から家具や家屋の内装用の材料として利用されてきた。タスマニアではかつてほぼすべての地域に森があり、19世紀初頭には専ら樽(たる)を作る樽板として伐採され、タスマニアの重要な輸出産物となっていたらしい。
木の大きさは、大きくなると40メートル程度まで高くなるが、20メートル程度の物が一般的だ。伐採が進み、森がなくなってしまった現在では生産量も少なく、ヒューオン・パインなどと並ぶ高価なタスマニア産銘木の1つとして木工品の材料などになっている。
環境的には、レインフォレストや前回取り上げた湿ったタイプのユーカリの森で、ユーカリに次ぐ大きさの木として生える。あまり目立たないが、冒頭に挙げたマウント・フィールド国立公園のラッセル滝への遊歩道には数多く存在する。また、北西部では河岸沿いなどにこのブラックウッドの森がある。スタンレー近くのディップ・フォレスト・リザーブ(Dip Forest Reserve)に向かっていく途中の河岸沿いには、伐採を免れた森でかなり大きなブラックウッドの木が多数見られる。9月は開花の時期でもある。ぜひ森歩きの途中、あるいはドライブの途中でご注目して頂きたい。
千々岩 健一郎
1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うと共に、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手掛けている。北海道大学農学部出身。