タスマニア再発見
No. 133 森歩きの楽しみ⑤ モクマオウの林
文=千々岩健一郎
タスマニアの乾いた海岸線を歩くと、松のような細い葉で柳のように垂れ下がった枝ぶりの林に出くわす。これがモクマオウ(Allocasuarina)。当地ではもっぱらシェーク(Sheoak)の名で知られる。針葉樹に見えるが、れっきとした被子植物で、ゴンドワナの起源を持つ豪州でもなかなか由緒のある植物だ。細い葉に見えるのは茎で、よく見るとトクサのような節があり、節には退化した黄色の葉の痕跡が残っている。
林の中を歩くと、落ちた細い葉状の枝が一面に広がり、クッションのようだ。タスマニアの特に東側の海岸線はアボリジニの生活の場所になっていた所が多く、こんな環境はまさに最高のキャンプ・サイトだったに違いない。モクマオウの林ではそんな昔の生活の様子を考えながら柔らかな感触のブッシュ・ウォークを楽しむのも良い。
このモクマオウ、広辞苑を引くと「木麻黄(もくまおう)」という名で豪州原産の植物として掲載されているが、日本では沖縄以南に似通ったものがあるだけで、本州には存在しない植物。タスマニアには異なったタイプがいくつか存在し、海岸線で見られるものは5~10メートルの高さで林を形成する。クレイドル国立公園などの高地では、小さく矮性(わいせい)で、大きくても高さ数メートルだ。
乾燥に強い植物なので乾いた海岸線などを好んで生育し、固い木材になる。豪州本土に生育する同種のものは鉄の木(Ironwood)と呼ばれ、材木の中で最も固い木として流通しているそうだ。
モクマオウは雌雄異株(しゆういしゅ)で雄の木と雌の木が別々に存在している。枝一面に黒い実を付けているのが雌の木。松ぼっくりのような黒くて固い実は、落ちて地面にも広がっている。実と実の間にある小さな赤い花が雌花。雄の木はほとんど全ての枝の先一面に薄茶の雄花を付けているのですぐに分かる。
モクマオウの林は、フレシネ半島国立公園やタスマン半島国立公園の海岸ウォークのあちこちに存在する。先日歩いた南ブルニー島国立公園のフルーテッド・ケープ・トラック(Fluted Cape Track)でも北向きの暖かな海岸線に良い林が広がっていた。林にはならないが、もしクレイドル・マウンテン国立公園で矮性タイプのモクマオウを見たければ、ダブ湖周遊サーキットの歩き始めると、氷河岩の手前辺りに最初の株が登場する。コンパクトなサイズは観察も容易なので、雌花、雄花それぞれをぜひ間近でご観察頂きたい。
千々岩 健一郎
1990年からタスマニア在住。1995年より旅行サービス会社AJPRの代表として、タスマニアを日本語で案内する事業の運営を行うと共に、ネイチャー・ガイドとして活躍。2014年代表を離れたがタスマニア案内人を任じて各種のツアーやメディアのコーディネートなどを手掛けている。北海道大学農学部出身。