日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)
第65回 生産活動を実行する源について:生産関数とは何か
はじめに
いったい「物」は誰がどのようにして作っているのでしょうか。ある国の経済を活発化させるには、いったいどのような仕組み(メカニズム)があるのかご存じですか?このテーマこそが、経済学研究の第一歩です。
例えば、米や麦、鉄を作ったり、若しくは飛行機や汽船を造ったりしていくことは、一国が多くの国民を養っていくための最も大切な課題であり、またこれらを解決することは絶え間なく発展するための最も基本的なことです。
経済学の理論的な考えの発端はこの問題を解決することにありました。
経済学の分野では、この考えを「生産の理論」といい、とても重要なテーマとして取り扱っています。
その重要なテーマの中心となっているのが、生産関数という、一見小難しい言葉によって理論が構築されています。
この生産関数というテーマは、大学の経済学部に入ってすぐに講義で学ぶ大切な問題です。しかし、「関数」という言葉を聞いた途端に学生たちは、ああ、またかという顔をするようです。特に経済学の勉強には、特別な言葉=用語が多いようで学生たちから敬遠されがちですね。実際は、このテーマはシンプルな考えで構成されています。
生産関数という言葉ですが、これはある財を作るために絶対に必要な物=要素の組み合わせのことをいいます。
どんな物でも生産するのにはお金=投資が必要であり、労働や土地があって初めて成り立ちます。それらを「生産の3要素」と呼んでいます。そうそう、当然、高い技術も必要ですね。そのため、物を作る=生産活動には3要素+1技術という関係が成立っています。
生産関数とは
以上のことを1つの式で表現してみましょう。この式はとても簡単ですが、これこそ近代経済学研究の基本中の基本の式です。
という式で表されます。
「O」とはOutputの略称で「生産」のことです。
「K」とは「資本」、「L」とは「労働」を、「N」とは「土地」のことを意味します。更に「t」とは「技術」のことでテクノロジーのことを意味します。上の式は、経済学の最も基本的は式であり「生産関数」といわれ、どんな財=物でも作るのに資本、労働、土地、更に技術を必要とすることを意味しています。
資本Kが増大すれば生産量は増大できますが、労働者がいないと物は作れません。また、土地がないと工場も作れません。更に、経済学の理論では、一国の生産量を増大させるには技術水準が上昇しなければ生産量は増大しないといわれています。
上の式=生産関数という式は、まさに一国の経済の活性化についても貴重な教訓を示しているのです。
日本経済の特質―オーストラリアとの比較
さて、上の生産関数の式を見て頂くとすぐに気が付くと思いますが、この式を用いて日本と豪州との経済に触れてみましょう。
日本は、生産関数の中で、確かにKはそこそこ存在します。しかし、Lは減少傾向にあります。また、土地の制約条件も厳しいですね。
つまり、日本経済が絶えず成長していくさなかには絶えざる技術進歩、tを上昇させていかない限り、生産Oは増大しないということが分かります。
現在の日本では、技術水準にも過去の成長具合と比べると、なんだか「陰り」がみられるようです。事実、大学で高度な理科系を専攻する学生の数は減少傾向にあるのです。以前は、より高度な技術を学ぶために大挙してアメリカの有力な大学院へ留学していったのですが、今ではその数も大幅に減少したといわれています。以前のように若者が高度な技術の習得に情熱を持ち続けて欲しいものだと願わずにはいられません。
一方、オーストラリアの事情はどうでしょうか。確かに経済規模が比較的小さいということから、資本の賦存Kも十分でないでしょう。また人口の増大も大して望めません。技術水準についても制約条件がきついようですね。つまり、この生産関数式で見ると、土地は極めて有望視されるでしょう。
さて、そこで日本の生産関数とオーストラリアの生産関数を比較して、お互いに補完し合えるところは補完し合って両国の生産活動を活発化させていくということは極めて重要な経済戦略だ、と言えるのではないでしょうか。
この生産関数を日本、オーストラリア、アメリカの三国に拡大して考えてみると、客観的に考えて、アメリカという国の生産条件は日本とオーストラリアに比べてより有利な状態にあるようです。つまり、生産関数の中にある、各変数の「値」がアメリカでは大きい、という事実が分かります。以上から、アメリカの経済的優位性は、他国と比較して揺るぎないものだと言えると思います。
要素価格均等化の定理について
この生産関数の問題を拡大して、アメリカの経済学者、ポール・A・サミュエルソンは「要素価格均等化の定理」を構築し、それが基となって第2回のノーベル経済学賞を受けました。
このサミュエルソン博士は、近代経済学を作り上げてきた中心人物だったころからたくさんの「言い伝え」があります。
わずか24歳のときにハーバード大学から博士号をとるときに口頭試問を受け、有名なシュンペーター教授がする質問にサミュエルソンの答えがあまりにも素晴らしかったので、思わず質問者が「私たちが試されているのではないのか」と、絶句したという話が残っています。
サミュエルソン博士によれば、「ある国はその国に豊富に存在する生産資源を大量に使う財の生産に「特化」すれば、どこの国よりも、より有利に財を生産することができるだろう。そして、その財を輸出すればその国の所得は上昇することになる」という見解を示しています。
これを実現化したのが日本だったのです。第二次世界大戦後、日本にはとてもたくさんの労働者が存在していました。それも安くて優秀な労働者で溢れていたため、安い労働者を使い財の生産に特化し、日本は貿易を拡大していったのです。
その結果、日本の労働者の賃金は増大の一途をたどり、ついにはアメリカとの賃金格差を無くすまでになりました。つまり、賃金という生産要素価格は日米で「ほぼ同一化」した、ということです。サミュエルソン博士の洞察力には目を見張るものがありますね。
岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰