【今さら聞けない経済学】経済の基本問題にかえって

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今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第58回:経済の基本問題にかえって

はじめに――チコちゃんの力

今、日本でとても人気のあるテレビ番組に、NHKの「チコちゃんに叱られる!」という、一見、子ども向けのような番組があります。着ぐるみである5歳の少女・チコちゃんが、ゲストとして招いた芸能界の人びとに辛らつな質問をして、その問答をめぐって繰り広げられる丁々発止の議論の展開が、とても示唆に富んだ番組です。日頃、よく知っている問題でも、いざ真正面からチコちゃんに質問されると、ゲストの人びとは答えられず、その都度ドカーンと、チコちゃんから「ボーっと生きてんじゃねーよ!」という決めゼリフで叱られます。するとゲストは「なんでこんな簡単なことを知らないんだろう」と、しょんぼり自分を反省するという仕掛けなのです。このようなことは、チコちゃんの世界だけではなく、私たちの日常の周りにいっぱいあります。私は、講義や講演をするたびに、たくさんの人びとに簡単な経済の事柄を質問します。でも、しっかりと答えられる人は案外少ないです。つまり、たくさんの人が“チコちゃんの世界”に入っていくのです。どんなに長く1つのことを学び、経験してきても、もうこれで十分ということは、まずありません。経済学の世界でも同じことが言えます。私を含めておそらくたくさんの人びとがチコちゃんの世界と同じ経験をしてきたのではないでしょうか。でも案外それが“人生”かもしれませんね。この世の中のことのあらゆることに精通していたら、どれだけ命があっても持たないかもしれませんから。

経済学事始め

さて、もう一度チコちゃんの世界にかえって経済学の基礎を学んでみましょう。経済学の1丁目1番地とは、一国の経済のあり方を理解することです。その第1が、その国の経済の規模を知ること。経済の規模とは、国内総生産を指します。これはGDPとして知られています。今さらGDPとは、という顔をしないでください。先に述べたように、私は講義をする時、まず受講者の皆さんに「GDPとはなんですか」と質問するのです。するとちゃんと答えられる人は、まずいないのです。そこでチコちゃん役の私は「ちゃんとGDPを覚えない!」と言います。さすがに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と強いことは言いませんが。「G」とはGrossのことで、「総体、全体の」という意味です。「D」はDomesticで、「国内の、自国の」という意味です。PはProductで、「生産物、儲け」を意味します。つまりGDPとは、ある国で1年間に新たに作り出された利益の総計です。従って日本のGDPとは、日本の国内で新たに作り出された利益の総計を意味します。外国企業が日本にやってきて日本で利益を上げてくれたら、それは日本のGDPということになります。なので、日本へどんどん外国企業がやってきて生産活動を活発にしてくれれば、日本のGDPは増大します。つまり、日本は金持ちになるということですね。日本のGDPがもう20~30年も増大しない理由について、これで皆さんも「どうりで」と理解されたのではないでしようか。そうです、日本に外国の企業が入ってくるどころか、逆に日本の企業がどんどん海外へ出て行ってしまったので、日本での利益が増大しなくなり、日本のGDPは一向に増えないのです。

一方、中国のGDPはどんどん増大しています。それはなぜでしょう。その原因は、日本からたくさんの企業が中国へ出て行ってしまったからなのです。中国のGDPはどんどん増大し、今ではアメリカに次いで世界第2位の経済大国になりました。少々言葉はきついかもしれませんが、かつて中国には「貧困国」というレッテルを貼られていた時代がありました。でも今では、中国はGDP大国というイメージで世界から受け入れられています。中国と日本は、経済に関して立場が逆転してしまったのです。なぜ、日本のGDPは増大しないのか。日本経済の長期停滞原因について考えてみましょう。

生産要素の賦存(ふそん)について

経済活動に必要なものを「生産要素」と言います。それはどんな国についても同じことが言えます。物を作るために絶対に欠かせないものです。おそらく、この記事の読者の皆さんも学校時代に社会の授業で勉強されたことがあるでしょう。その生産要素は「資本・労働・土地」のことを意味します。これを生産の3要素と呼びます。今ではこの3要素に「技術」が加わって、生産の4要素と言います。

例えば、ある企業が物を作るとき、まずお金を工面します。これが「資本」です。そして、工場を建てるために「土地」を求めます。さらにその工場で働く人びと、つまり「労働」を求めます。きっと皆さんは、社会科の授業でこの3つを中心に学んだと思いますが、現在では生産活動と切っても切れないものとして、「技術」が挙げられるのです。これは当然ですね。テレビを作るにしても、自動車を作るにしても、より高度な技術がなければより良い製品はできません。そこで、技術水準の向上が一国の経済の拡大にとって絶対に欠かせない要素だと言えます。

かつて日本は、「技術大国」として世界から羨望の眼差しで見られていました。しかし、現在では、その技術は容易に海外へ移転していき、外国の企業の活性化に大いに貢献している、というのが実情です。技術移転という問題は世界経済の活性化にとって極めて重大な問題です。日本の企業が海外に展開する時、当然その企業が開発した技術も共に外国へ出て行くのです。そして外国での生産活動に貢献するということになります。

私にはこんな経験があります。学生時代に、ロータリー・クラブの交換学生としてアメリカへ留学する幸運に恵まれました。アメリカのジョージア州のジョージア大学で学びました。滞在中、知人にある会社の工場を案内されました。その工場の入り口で、工場長さんから「カメラは絶対に持って入らないように」ときつく注意されました。その理由は、私が生産現場をカメラに収め、日本の企業に渡すことを防ぐためです。つまり、技術移転の発生を防ごうとしたということです。大学生の私には、技術移転の問題など頭の端っこにもありませんでした。でも若い時に企業のあり方の厳しさを身をもって体験いたしました。

賃金格差と企業のあり方

更に、企業は日本から外国へ、とりわけ中国へ進出していきました。日本で生産する時にネックとなっていたのが、人件費の問題です。かつて中国では、人件費に関して、日本の人件費の20~25分の1ほどと差がありました。中国の労働者の賃金は、考えられないほど安かったのです。その安くて豊富にある労働者を求め、大挙して日本の企業は中国に工場を作りました。安い労働者を大量に使った製品を世界に売りさばくという生産方式を取っていました。当然、日本国内で工場がなくなった土地には、草が生えるという状態になります。つまり、ぽっかりとその土地が空っぽになってしまったのです。それを「空洞化現象」、あるいは「ドーナツ化現象」と呼び、日本における生産活動は不活発になる一方でした。ドーナツとは皆さんもお分かりになるでしょう。お菓子のドーナツは真ん中にぽっかりと穴が開いていますね。そのイメージです。いったん、空になった土地に国内の企業が進出するということはあまりありません。このような状態になって日本経済は、潮が引くように衰退していったと考えられます。

円高と企業の海外進出

更に追い討ちをかけるように、「円高」の定着問題を挙げなければなりません。読者の皆さんは、1970年代の始めまで、1ドルは360円だったという事実をご存知でしょうか。1ドルが360円ということは、当時100万円のトヨタ車は、約2,780ドルで買えたのです。アメリカの人びとにとって驚くほどの安さです。品質の良い日本製で5万円のソニーのテレビが、138ドルで買えたのです。「高品質・低価格」の日本製品は、アメリカで飛ぶように売れました。

つまり、日本からどんどん輸出が増え、それに従って、外貨であるドルが日本に入ってくるのです。そのドルで、外国から生産に必要な原材料をどんどん輸入し、それによって製品を作り、さらに輸出するという、言わば「輸出の好循環」が見られるようになりました。すると、日本経済に「奇跡」が起こり、「ミラクル・ジャパン」や「陽出ずる日本」と言われ出したのです。確かに、日本人は勤勉で優秀という事実もありますが、ドルと円の関係も見逃すことはできません。

しかし、「日本の時代」と言われ始めた途端、ドルの中心力は衰え、それにつれて「円高=ドル安」という状態が定着しました。これによって「陽出ずる国」から「陽沈む国」へと変わり行く日本、と言えそうな状態になりました。1ドル=360円という「固定相場制」の変更を見たのは、あの有名な「ニクソン・ショック(1971年8月15日)」であったという事実を見逃すことはできません。第2次世界大戦をほぼ無傷で終え、世界の超大国となったアメリカは世界の通貨体制でもその支柱を一手に牛耳るようになりました。アメリカのドルを世界の通貨の中心に据えたのです。アメリカは、世界のドル体制を築こうとしたのです。しかし、そのような状態がいつまでも続く道理はなく、あのベトナム戦争を引き金としてアメリカ経済は衰退の一途をたどり、ドルによる世界経済の構築という計画を放棄せざるを得なくなったのです。それが、あの悪夢のような「ニクソン・ショック」といわれる出来事です。これにより、「ドル帝国」という輝かしい地位を捨てなけらばならないような状態に陥りました。その煽りを受けて、日本とドルとの関係もかつてのような状態に戻らず、円高がいまや定着しつつあります。なぜこのような状態になってしまったのか、この状態から脱するためには誰が、何をどのようにしたら良いのか。私たち日本人は一丸となって考え直していかなければならないと思います。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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