日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)
第51回:暗いトンネルに入ったままの日本経済の行方
はじめに
かつて世界経済の中にあって、世界各国から羨望(せんぼう)のまなざしで見られていた日本経済は、その輝きを失って早25年以上の歳月が経ちました。私は、1960年代後半から70年代前半にアメリカの大学で勉学に勤しんでいたころ、何かのパーティーがあり、そこで私自身が司会者から「日いずる国、日本からの留学生です!」という形で紹介されたのです。英語もろくにできない私自身は何の輝きもなかったのですが、当時の日本経済は、世界経済においてまさに輝きを放つ存在でした。そのような言葉で紹介される度に私は、穴があったら入りたい思いでした。
そのような日本経済の今は、時どき外国へ行っても、人びとに、「日本経済はどうしたの」と耳元で尋ねられる有様です。いったい日本経済にはいつ再び光が当たるのでしようか。今回は日本経済の有様に目を向けてみようと思います。
日本経済の占い
「当たるも八卦(け)、当たらぬも八卦(け)」という言葉があります。これは、自分の人生の行く末を占い師に見てもらった時の言葉です。この八卦という言葉は、英語では「Fortune Telling」と言います。この「Fortune」という言葉は、運や幸運、更に財産という意味で使われます。毎日、英語で生活をされている皆さんは、このような英語など既にご存知でしょう。
経済学の分野でも、予想や予測という言葉がよく使われます。新聞などで盛んに、いわゆる経済評論家と言われる人びとが、来期の、来年の、日本経済の、更に世界経済の行く末を予測し、それを記事として発表します。そしてさまざまな方面から賛否が巻き起こります。
そこで最近発表された日本経済の「予測」を見てみましょう。4人の経済専門家による今年の日本経済の行く末を見てみると下のような数字となります。この4人の専門家は、大企業のトップが2人、民間研究所の経済評論家、更に日本を代表する研究所に属する経済専門家といった人びとです。
日本経済の行く末
2019年度の日本経済の成長率 | 0.50% |
円相場対ドル(2019年末) | 109円 |
日経平均株価(2019年末) | 2万1,350円 |
そこで、日本の経済の舵取りの最も中心的な機関である、日本銀行の予測と比べてみると、そこに「違和感」が見受けられます。日本銀行の予測を見てみましよう。
日本銀行の予測
年 | 実質成長率 | 物価上昇率 |
---|---|---|
2019 | 0.80% | 1.10% |
2020 | 0.90% | 1.40% |
2021 | 1.20% | 1.60% |
経済評論家と日本行銀の予測を比べると、実質成長率に関しては両者の間でかなりの隔たりが見受けられます。政策当局者は、どうしても「ひいき目」に予測しがちで、経済評論家は、逆に「厳しい目」で予測しがちです。そこで一般の私たちはどちらを信じて良いのか迷います。
しかし両者の予測から分かることは、日本経済は、まだまだ数年暗いトンネルを抜け出せそうにないということです。一概には言えないのですが、日本経済が再度上昇気流に乗っていくためには、幾つかの条件があります。しかし日頃耳にするその条件は、円とドルの関係で言えば、1ドルが150円ぐらいになり、日経平均が2万5,000円程になると、日本経済の中で「資産効果」が発生し、これが日本経済を押し上げる要因となるとも考えられます。この「資産効果」は、一国の経済が上昇していくためにはとても大切な要因だと言えます。「資産効果」とは、株価が上昇傾向に向かうと、株を持っている人は、例え現実にその株を売って現金を手にしなくても、株価が上がっただけで、お金持ちになった気分になり、お金をどんどん使い、それに従って消費が増大し、その消費の増大のお陰で経済が上昇気流に乗るというものです。「景気は気から」と言われるのは、まさに「資産効果」のことを指しているのです。
アベノミクスの「成長へのシナリオ」を一度見てみましよう。もうこれまでにも何度もこのシナリオについて言及してきましたが、大切な筋書きですので、しっかりと胸に刻んで欲しいという願いを込めて記しておきます。
2%インフレ → 3%GDPの成長率 → 2019年秋、消費税を10%に → 2020年GDPを600兆円に → PB(プライマリーバランス)の回復
これがアベノミクスの「成長戦略」でした。それを実現するためにわざわざアジア開発銀行の総裁から黒田東彦氏を日本銀行総裁に据えたのです。黒田総裁の下で2013年の春に、上記のようなアベノミクスのシナリオを描いてきたのです。しかし、あれから6年以上経っているのにアベノミクスは、半分の成果も上げていないのです。この様子では、今年の秋に消費税を10%に引き上げることができるかどうか心配です。消費税を8%に据え置いても、年金問題をどう処理していくかが心配になります。経済の専門家の中には、日本が超高齢化社会に突入しつつある現在でも、年金問題を処理していくためには、日本の消費税を北欧並みに上げなければならいと主張し始めている人もいます。北欧では消費税は25%という高さです。当然、日本で消費税を25%に上げたら、それこそ「暴動」が起こります。なので、何とかして日本のGDPを増大させる必要があります。
1990年初頭、日本のGDPは世界でも2番目でした。現在では、まだ3番目の地位にあるものの、アメリカ・中国とを比べると、両者のGDPは、日本がそれを上回ることは雲の上のことのようです。日本は、近々にGDPでインドに抜かれることが明らかです。恐らくロシア、ブラジル、そして南アフリカ連邦にも抜かれて、日本のGDPの地位は、7から8番目辺りになるのではないでしようか。
GDPを増大させるための方策を日本人は英知を振り絞って考え出さなければなりません。
日本における個人の財産形成の実態
最近、驚くことに、政府当局は「日本人が老後の人生をつつがなく送っていくためには、個人で2,000万円の資金を保有しないといけない」と言い始めました。
そこで、今日本の人びとがいったい個人でどれほどの資産を持っているのかについて見てみましよう。資産と言えば、「実物資産」と「金融資産」から成っています。実物資産とは、土地、家屋、絵画、といった物で所有する資産のことです。金融資産は、現金、預貯金、株式、出資金、国債、投資信託などの証券などを意味します。
さて、日本が現在一世帯当たりの金融資産の大きさを見てみると、1,080万ほどの金額というのです。一見高額と思うかもしれませんが、統計資料によると、約31%の世帯が全く金融資産を持っていないのです。つまり、預金ゼロで毎日生活をしているということを意味しています。これらの人びとは、病気になった時、失業した時など自分自身に何か起こった時に生活できないことを意味します。
そこで政府の援助を期待しているのですが、政府は「皆さんどうか2,000万ほどお金を持って生活してください」と訴えているのです。預金ゼロの人びとが31%もいる中で、どのようにして2,000万円というお金を貯めたら良いのでしょうか。
かつては、各家庭で3,000万円を貯められる人生設計が成り立っていました。まずまじめに働いて退職金を2,000万円もらいます。更に自分で1,000万円貯めようすると総金融資産が3,000万円となります。そして、それを銀行に預ければ預金金利が8%なので、3,000万円の8%に当たる年間240万円の預金金利を得ることになり、月にすると20万円というお金が手に入るのです。もし「年金」が10万円もらえれば、総額30万円という金額が毎月手に入ることになり、生活は「安定する」というものです。
しかし、日本経済が、90年中ごろから急に落ち込み、それに従って金利も一気に下がり、人びとの人生設計は見事に潰れたのです。更に追い討ちを掛けるように、アベノミクスがなかなか効果を発しず日本銀行は、2016年に「マイナス金利」という、銀行に預金をしたら、手数料が取られるという世にも不思議な荒治療の金融政策を導入したのです。
私たちは、日本政府を信頼して、各個人せっせと働き、自分の人生設計をしてきたのに、年金までも当てにできなくなりました。日本政府は「マクロ経済スライド」という方式を導入したのです。このマクロ経済スライドというのは、人びとの年金の額は日本経済の全体(マクロ)状況によって変化する方式です。すると、私たちは、自分の年金は経済の状況によってよりたくさんもらえる、という期待を抱くではありませんか。
経済の状況は、物価、失業率、生産の変化といった大きな変化率があります。しかし、年金は「変化の一番小さいものに合わせてスライドさせ支給する」という方式なのです。もしGDPが減少すれば私たちの年金の支給額もそれに平行して下がっていきます。従って、日本の経済水準が大幅に上昇しない限り、私たちの年金の支給額も増大しなのです。つまり人びとの老後の年金生活は苦しくなっていくことを意味します。
そこで政府は、「皆さん各自で2,000万円貯めて、そして老後のことは自分で面倒をみてください」と言い出したのです。
現在の日本では、「非正規(アルバイト)」の労働者が38%近くにも達しているというのに、どのようにして自分で老後の準備をしたら良いのでしようか。
このマクロ経済スライドについては、また機会をみて書くことにします。
岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰