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オーストラリアの田舎で暮らせば⑬わずか1ミリのマダニの危険と獣肉アレルギー

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 オーストラリアの危険な生き物といえば、北部や海辺ならワニやサメが頭に浮かぶが、草地にはヘビやクモ、そしてマダニがいる。体長1ミリ前後のマダニの幼生でも、皮膚に寄生されると命に関わることがあり、どれほど注意してもしすぎることはない。田舎暮らしを始めて以来、手痛い経験を積み重ねながらマダニの知識と対処法を身に付けてきた。(文・写真:七井マリ)

皮膚に咬み付く極小のモンスター

肉眼では生き物だと判別できないほど小さく、誤って触ってしまった

 シドニーからサウス・コースト地方に移り住んで1カ月が経ったころ、首の付け根あたりに違和感を感じて手をやると、極小のかさぶたのようなものが指先に触れた。気になって爪で引っ掻いてもつまんでも一向に剥がれ落ちる気配がない。不可解に思って鏡を見ると、1ミリほどの赤黒い何かが皮膚から突き出すように付着していた。マダニだと気付いた時には手遅れで、触ってしまったせいで猛烈なかゆみが襲ってきた。

 よく見るためにスマートフォンで撮った写真を拡大すると、脚が何本か生えたその姿は明らかに生き物。口の部分は完全に皮膚の中に埋まり、ぶら下がるようにして食い付いていた。コバエほどのサイズなのに触っても離れも潰れもしない強靭さは気味が悪い。

 マダニのしずく型の胴体からはクモと同じ8本の脚が生えている。ちなみにマダニ(tick)とダニ(mite)は別の節足動物だ。マダニは吸血性だが蚊のように刺すのではなく、鋭いハサミ状の口で皮膚を裂き、歯を使って咬(か)み付き、セメント様の物質を分泌し連結部分を硬化して寄生するというモンスターのような習性を持つ。この辺りで見掛けるマダニは最大5ミリ程度だが、吸血すると1センチ超に膨らむことも。咬まれると長期間にわたるかゆみや痛みの他、重篤な感染症やアレルギー症状がもたらされることがあるので危険生物と認知されている。

 マダニの生息する草地に入れば常に危険と隣合わせだ。人だけでなく家畜や野生動物にも付き、よくカンガルーやワラビーもかゆそうに体を掻いている。犬や猫はマダニの神経毒で四肢の麻痺を起こすことがあるので注意しなくてはいけない。

マダニに咬まれたら「触らない」

手前にいる子カンガルーの頭頂部に、白っぽく膨らんだマダニが見える

 マダニに咬まれないために一番良い方法は、マダニのいる場所に足を踏み入れないことだ。カンガルーの餌場になっている草地や灌木が茂るところを避ければ、リスクを下げることができる。

 マダニは暖かい季節に特に活動的だが、ここでは冬でも零下にならないので年中対策が必要だ。庭仕事の際は肌の露出を避け、長ズボンの裾を靴下にたくし込み、虫よけスプレーを振りかける。それでも草から跳び移ったマダニが服を登って、袖口や襟ぐりから入って皮膚まで達することがある。咬みつかれる前に、まだ這っているうちにつまみ取ってしまえば害はないが、小さいのでなかなか気付きにくく何度も咬まれてしまった。

 吸血中のマダニを家庭用のピンセットなどで無理に取ろうとしたり、触れたりして刺激すると神経毒が分泌されてしまう。もし見つけたら、触らずに専用の凍結スプレーか疥癬(かいせん)用のペルメトリン·クリームを使って殺す、または医療機関で処置してもらうことが推奨されている。いずれの場合も、マダニが媒介するさまざまな感染症を防ぐには対処の早さが肝心だ。

 ある時、頭皮に食い付いた大きめのマダニにうっかり触れてしまい、途端に刺咬部が焼けるように熱くなった。かゆみと痛み、腫れが広がり、続いてひどい頭痛と胸やけに襲われ、座った姿勢を保っていられないほどだった。救急車を呼ぶことも念頭に置きつつ市販の抗アレルギー薬を摂り、安静にしていたら幸い1時間足らずで症状が緩和。息苦しさや視界不良、じんましんなどの症状が出た人の話も聞いたことがあり、小さな生物といえども決して油断はできない。

獣肉アレルギーとマダニの関係

咬み付く前に捕獲した約5ミリのマダニを空きビンに入れて観察。ガラス面を難なく登っていた

 田舎暮らしを始めて4カ月経ったころから胃の鈍痛と吐き気が頻繁に起きるようになったが、生来の胃弱体質もあってそれがアレルギー症状だとはなかなか判別できなかった。偶然にもその頃、マダニに咬まれたことに起因する肉のアレルギーについてのニュースを見た。牛肉や豚肉、羊肉など哺乳類の肉を食べた数時間後に激しく嘔吐し、命の危険もあるアナフィラキシー・ショックを起こすというものだったが、自分の症状レベルとの不一致からその時はピンと来なかった。

 とはいえ頻発する不調に耐えかねて調べると、オーストラリアやアメリカ政府の保健セクターなどによる情報が見つかった。特定の種類のマダニ(オーストラリアの場合はAustralian paralysis tick)の唾液成分が体内に入ったことで起こるアレルギーは、獣肉アレルギー(Mammalian meat allergy)やアルファガル症候群(Alpha-gal syndrome)と呼ばれる。救急搬送されるレベルの重篤な症状の他、じんましん、消化不良、吐き気、下痢、息切れ、血圧低下、めまい、唇や舌の腫れなどの症状が出ることもある。アレルギーの発症はマダニに咬まれてから数週間後以降だという。

 自分の食生活と症状の関係を検証してみると、食事に牛肉や豚肉が含まれていた時だけ明らかな胃痛や吐き気が確認でき、実験的にハムをひと欠片だけ食べた後も反応が出て苦しんだ。このアレルギーは豚由来のゼラチンや乳製品、魚卵にも要注意だが、知っていれば回避できるという事実は救いに思える。

 ただし、マダニに咬まれた全ての人がアレルギーを発症するわけではない。現に、私のパートナーも幾度となくマダニに咬まれているが、肉類に関するトラブルとは今のところ無縁だ。

気候変動で増えるマダニの被害

ニワトリのトサカや顔など羽がない部分にマダニが付いたこともある

 野生のカンガルーと庭を共用するほど自然との距離が近いライフスタイルなので、庭に出るたびに服や肌に付くマダニへの対応には終わりがない。注意深く対処しながら共存していくしかないだろう。

 オーストラリアでは過去3年の夏季に極端に雨が多かった影響で、マダニが繁殖しやすい環境が醸成され、個体数が増加中と報道されていた。同じくマダニの被害が問題化している欧米では、気候変動による温暖化に伴ってマダニの活動するシーズンとエリアが拡大しているという研究報告もある。日本でマダニに関連する感染症の患者が年々増えていることとも無縁ではないだろう。

 気候変動の影響は溶けゆく氷山や激しい集中豪雨などの大きな現象だけでなく、マダニのような小さな存在を通しても確実に人間社会に波及している。マダニに咬まれた傷跡の痛がゆさがしばらく続くのは、大局から目を逸らさずに考え続けるための警鐘の1つだと思うべきかもしれない。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住





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