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閉店後の静ひつに包まれたショッピング・センター/タカ植松のQLD百景 第40回

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ガーデンシティ/ブリスベン

Text & photo by Taka Uematsu

 ふと、SNSで目に止まった広告。我が家の近くのショッピング・センターの映画館でデジタル・リマスター版の『七人の侍』が上映される。大画面で不朽の名作を見られるチャンスなど早々ないと、さっそく見に行くことに。

 3時間近い長編が終わったのは、午後9時過ぎ。閉店後の閑散としたセンターの中を歩いて駐車場に向かう。よく磨かれたピカピカのフロアを踏みしめる自分の足音だけがこだまする。しばらく、静ひつな空間を歩いているうちに、デジャブのような懐かしさがもたげた。脳みその奥の海馬の古い記憶をかき分けて思い出した。

 社会人として最初の就職先の外資アパレル。初任地の百貨店から異動した先が、某県郊外のショッピング・センターの店舗。とにかく馬車馬のように働いていたそのころ、閉店後のがらんとしたセンター内でボーっと過ごす休憩時間が救いだった。畑違いの人間が間違って入った業界は決して楽ではなく、今風に言えばパワハラ的な辛い経験もした。それでも、隣のスタバで淹れてもらったダブルトール・ラテを片手にひと息つくひと時だけに生かされていた。

 ふと我に返ると、視線の先にテイクアウェイのコーヒーを片手にした若い女性がベンチに腰かけていた。まるで四半世紀前の自分を見るようだった。彼女は、大きく1つ肩で息をして、腕時計を見やってからおもむろに立ち上がった。すれ違いざまの後ろ姿を「頑張れ」と呟き見送った。しんと静まり返った通路にこだまする彼女の足音は軽やかで、まるで「頑張るわ」とのアンサーに聞こえた。

 世の中、みんな頑張っているんだと思うと、なんだか自分の歩みも軽やかになった。「生きて行くんだ、それでいいんだ」どこかで聞いた歌の一節を口ずさんでいた。

植松久隆(タカ植松)

植松久隆(タカ植松)

文 タカ植松(植松久隆)
ライター、コラムニスト。ブリスベン在住の日豪プレス特約記者として、フットボールを主とするスポーツ、ブリスベンを主としたQLD州の情報などを長らく発信してきた。2032年のブリスベン五輪に向けて、ブリスベンを更に発信していくことに密かな使命感を抱く在豪歴20年超の福岡人

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