検索
Close this search box.

「チンチラ・レッド」を追え−QLD州チンチラの赤い木の化石/トミヲが掘る、宝石大陸オーストラリア 第29回

SHARE

Chinchilla, Queensland / Petrified wood

 今回の遠征先は、QLD州の州都ブリスベンから国道2号線を北西へ300キロ走った所にあるチンチラ(Chinchilla)。ターゲットは木の化石(Petrified wood)だ。

 それにしても、「木の化石」という言葉の響きが何だか不思議だが、木も化石化すれば石になる。チンチラ一帯ではまれに赤い木の化石「チンチラ・レッド」と呼ばれる希少な化石が採れることは以前にも触れたが、今回はその「赤いヤツ」に狙いを定めて探しに行く旅だ。

チンチラ南部のキャンプ場。今回のベースだ。キャンプにたき火は欠かせない!

 出発時間が遅かった上に、ゆっくりとドライブを楽しみながら来たので、目的地に到着したころにはもう夕暮れ時。町の南にあるダムのほとりのキャンプ場にテントを張り、夕食を取り、その日は早めに床に就いた。

 翌朝、石掘りの旅のルーティンである朝の散歩がてらキャンプ場の周りを歩いたが、収穫はゼロ。朝食を取りに中心街に行ったついでにそぞろ歩きした。やはりこういう時はついつい足が地元の博物館に向いてしまうのが、石掘りの性(さが)だ。さすがに木の化石で有名な町だけあって、ずらりと木の化石のコレクションが並んでいた。断面を平に磨いた物だけでなく、カボション・カットに研磨された物もあり、見ている内にあっという間に小1時間が過ぎてしまった。

チンチラの博物館。さすが木の化石のメッカだけあって、展示物は地元産出の最高品質の木の化石ばかり

 その後、車で更に西のベイキング・ボード(Baking Board)に向かう。愛用している石探しのバイブルに記載されていたポイントがあるので、その地図を頼りに町外れの未舗装路を走る。しかし、50年以上前に発刊された本の情報だけあって、狙ったポイントはフェンスが往来を遮り、立入禁止になっていた。しかたなく周りを軽くうろちょろ歩き回って、枝の形を保った木の化石など最低限の獲物は確保できた。

 このチンチラの一帯、実はあることでオーストラリア初として知られている。何を隠そう、チンチラは「オーストラリアとサボテンとの戦い」に終止符が打たれた町なのだ。その仁義なき戦いは、1788年、赤い染料を作るためにプリッキー・ペア(Prickly Pear)という種類のサボテンを持ち込んだことに端を発する。

サボテン戦争の後は、チンチラなどQLD州南部の内陸部では綿花の生産が活発になった。うまく時期が合えば、一面真っ白な綿花畑を見ることができる

 1848年、チンチラ周辺で群生するようになったサボテンは、ここの気候が最適だったのか爆発的にその数を増やしていった。手が付けられないほどの広がりようで、約30年間で4万平方キロメートルの土地を侵食。その後も勢いはとどまることを知らずNSW州北部にも広がり始め、1920年にはその広さは24万平方キロメートルにも達した。困り果てた政府は、1万ポンド(現在の約65万豪ドル)の報奨金をちらつかせて解決策を募るほどだったという。

 「さすが、オーストラリア」と、そのスケールを笑えないほどの大問題に発展し、実際に火炎放射器、第1次世界大戦で使用された戦車、塩素ガス、炭酸やヒ素などあらゆる手立てを駆使してサボテンの侵食を止めようとしたが、全て空しく失敗に終わった。

 万策尽きたかと思った時に救世主が現れた。20年代に、ある青年が南米に生息するカクトブラスティス(Cactoblastis)という、サボテンを食べる蛾の卵を持ち帰り孵化(ふか)に成功。36年、政府はその蛾とサボテンの戦いの地にチンチラの一帯を選んだ。その結果、政府と農家を長年困らせたサボテンはわずか数年で根絶。蛾による世紀の大駆除は大成功に終わった。

 以来、このエリアの広大な土地は、以前のように耕作が可能となり、現在ではスイカを始め、綿花やキビを育てる一大農業地帯になった。そして、毎年2月にスイカ祭りが開催され、町の案内所の横には”Big Melon”を作るほどのスイカの名産地になりましたとさ……って、石掘りには関係ないような話で少し脱線したので路線修正。

午後からアタックした町の南部で見つけた「赤いヤツ」。日焼けしていたり、鉄分が付着して表面だけ赤い可能性もあるのでスライスしてみないことには100%言い切れないが、テンションが上がることに変わりはない

 チンチラに戻ってから、公園で昼食を取り、午後からは本に書いてあるもう1つのポイントの探索に町の南部へ。そのポイントに到着し、薮の中を進みながら石を探す。ここがサボテンの林だったらと思うとぞっとする。石掘りを代表して、カクトブラスティスに最大限の感謝の意を込めつつ足下に転がる石を観察しながら歩く。小さめではあるが化石があちこちに落ちている。

 「さすがは、俺のバイブル。頼りになるな」と思いながら更に歩き続けていると、大きめの梨ほどのサイズの薄いクリーム色の木の化石を発見。手に取ってからもっと近くで見ようと顔に近付けた瞬間、視線の先の茂みに赤い物体を捉えた。

 「まさか !?」と思い手を伸ばし、地面に半分埋まっていた赤い物体を引き抜く。

「あ、あ、赤いヤツだ!」

 拳大のサイズで、側面には縦の木目があり、ひと目で木と分かる化石だ。やはり、狙った獲物に出合えるこの瞬間は格別で、当然ながら、歓喜の雄叫びが口を衝(つ)いた。

 その日の最大の獲物である「赤いヤツ」をキャンプ場に持ち帰り、たき火の炎の灯りでじっくり観察しながら夕食を取る。枕にして眠るほどの大きさの物は採れなかったが、「赤いヤツ」と共に床に就き、今回の石探しの最後の夜は更けていった。

化石マニアのお墨付きをもらったチンチラ・レッドの「赤いヤツ」をカボション・カットに。硬い場所と柔らかい場所が入り乱れ、奇麗な形を保ちながら研磨するのは困難だったが、満足のいく出来に

 翌日、帰宅後、早速「赤いヤツ」を切る。断面は赤、黒、クリーム色が混ざっていて、年輪っぽい線もなく、ひょっとしたら木の化石ではないのではないかとの考えが頭をもたげてきた。念の為、化石に詳しい知り合い3人に聞いてみると、そろって「奇麗なチンチラ・レッドに間違いありませんね」の鑑定でひと安心。しかも、根に近い場所の化石と思われるとのことで、分かりづらい断面だったのも納得だ。

 カボション・カットに研磨してみると、赤と黒の部分は硬く、クリーム色の部分は柔らかく、奇麗な楕円形に成形するのにコツのいる石だった。それでも、しっかりと時間をかけ丁寧に作業してお気に入りの作品に仕上げられた。

 狙った獲物が狙った場所で見つかるこの興奮。そして研磨することで、旅の思い出を石に閉じ込める快感。分かるかなぁ、分かんないだろうなぁ……。やったことある人間にしか分からない、この感覚。これだから石探しはやめられない。

このコラムの著者

文・写真 田口富雄

在豪25年。豪州各地を掘り歩く、石、旅をこよなく愛するトレジャー・ハンター。そのアクティブな活動の様子は、宝探し、宝石加工好きは必見の以下のSNSで発信中(https://www.youtube.com/@gdaytomio, https://instagram.com/leisure_hunter_tomio, https://www.tiktok.com/@gdaytomio)。ゴールドコースト宝石細工クラブ前理事長。23年全豪石磨き大会3位(エメラルド&プリンセス・カット部門)

SHARE
オーストラリアでの暮らしの最新記事
関連記事一覧
Google Adsense