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アン・ラストン連邦家族・社会サービス大臣

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政界こぼれ話人物編 その232

アン・ラストン連邦家族・社会サービス大臣
(Anne Ruston)

南オーストラリア(SA)州選出の連邦上院議員である、自由党のアン・ラストン家族・社会サービス大臣は、1963年6月10日にSA州のレンマークで誕生している(56歳)。祖父は19年に英国から移民してきた人物で、SA州で果樹園を営んでいた。父親には双子の兄弟がいて、ラストンの叔父に当たるこの人物は、薔薇(ばら)の園芸家として有名な人物であった。大学は南クイーンズランド大学で、ここで商学を学んでいる。

もともと政治の世界には興味があり、大学卒業後はSA州に戻って、地元の自由党州政治家の選挙区スタッフとして6年間、その後、自由党SA州閣僚の顧問を3年間務めた。ただ96年には政治の世界からやや離れ、ワインの業界団体の代表となり、また2003年にはラストン薔薇園のオーナー兼経営者となった。この薔薇園は実に4,000種類もの薔薇を集めた世界でも最大の薔薇園で、創設したのは上述した叔父であった。

このように民間、ビジネス界で活躍していたラストンだが、12年には転機が訪れる。それは、SA州選出の自由党連邦上院議員が任期の中途で政界から引退し、その後任に、当時自由党SA州支部副議長であったラストンが選ばれたことだ。その結果、ラストンは12年9月より連邦上院議員として政界入りしている。そして16年及び19年の上院選挙でも連続して当選している。なおラストンは、地方に在住する唯一のSA州選出上院議員で(注:各州の連邦上院議員数は一律の12人ずつ)、地方や1次産業に強いことがラストンの強みとなっている。

ターンブル政権が誕生した15年9月には、閣僚の登竜門とされる農業・水資源担当の補佐大臣(注:かつての政務次官)として、フロント・ベンチャー入りを果たした。また、モリソン政権が誕生した18年8月には国際開発・太平洋担当の補佐大臣、そして19年5月選挙後の組閣で、閣外閣僚を経ずに一挙に閣内の家族・社会サービス大臣に任命され、現在に至っている。

思想、信条だが、自由党内では右派に分類され、また社会政策分野では相当に強硬な保守である。人柄だが、いかにも温和な容貌で、実際に暖かく面倒見も良いが、しばしば歯に衣着せぬ厳しい発言を行い、物議を醸すこともある。例えば、現在の老齢年金制度は寛大との発言、それどころか、失業手当て額を増額させることは、ドラッグ売人や酒場を潤すことになるだけ、といった「過激な」発言である。確かに、社会保障/福祉制度を所管するラストンとしては、甘い顔はできないとの事情はあるものの、さすがに同発言は批判を惹起(じゃっき)した。ただ、こういったラストンの姿勢を英国のサッチャー元首相を想起させると、好意的に捉える向きもある。

家族は夫のリチャードと1人息子である。ちなみに薔薇の専門家でもあるラストンが最も好むのは、ピンク色のクレアー(Claire)という種類である。

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