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【シアター通信】オーストラリア・バレエ団『ジゼル』

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バレエからオペラやミュージカルまで、オーストラリアで上演された話題のパフォーミング・アートをご紹介。

オーストラリア・バレエ団 『ジゼル』

取材・文=岸夕夏

第1幕ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥ(The Australian Ballet 2019 Giselle, Ako Kondo & Chengwu Guo, Photo by Daniel Boud)
第1幕ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥ(The Australian Ballet 2019 Giselle, Ako Kondo & Chengwu Guo, Photo by Daniel Boud)

あらすじ

第1幕

村のワイン祭り。ジゼルは心臓が弱いものの踊りが好きな村娘。ジゼルの清純な美しさに魅了されたプレイボーイ・貴族アルブレヒトはジゼルに言い寄るため、村の青年に変装し2人は恋仲になる。そこへアルブレヒトの婚約者バチルド姫が、父の公爵と一緒に狩の途中で村に立ち寄る。ジゼルに想いを寄せている森番ヒラリオンはアルブレヒトの変装に気付き、嫉妬にかられ村人、公爵一行の前でアルブレヒトの正体を暴く。錯乱したジゼルは正気を失い息絶える。

第2幕

森の奥深くにある墓場。ジゼルは死んで精霊ウィリとなった。ウィリの女王ミルタはウィリたちを集め、夜、森に迷い込む人間を死ぬまで踊らせるが、その魔力は夜明けまでしか持たない。ジゼルの墓の前で嘆くヒラリオンはミルタに踊らされ、死に追いやられる。悲しみと悔恨に暮れるアルブレヒトがジゼルの墓に現れると、ミルタはジゼルを墓から呼び出しアルブレヒトと一緒に踊るように命じる。死してもなお愛しているアルブレヒトの命を救うため、ジゼルはミルタに哀願(あいがん)し共に踊り続ける。やがて夜明けの鐘が鳴るとウィリたちは墓に戻り、ジゼルはアルブレヒトに別れを告げて墓に消えていく。

第2幕よりウィリの群舞(The Australian Ballet 2019 Giselle, Photo by Daniel Boud)
第2幕よりウィリの群舞(The Australian Ballet 2019 Giselle, Photo by Daniel Boud)

『ジゼル』が人びとを魅了する理由(わけ)

オーストラリア・バレエ団は2019年の演目として、オーストラリアの著名な振付家グレアム・マーフィーの新たな創作物語バレエを昨年発表していたが、振付家の健康上の理由により、シドニー公演の演目が『ジゼル』に変更された。地方公演も含めると『ジゼル』は2015年、16年に続いてこの5年間で3回目となる高い頻度の上演だ。それにもかかわらず、筆者が観た初日から7回目の公演では、シドニー・オペラ・ハウスの劇場はほぼ満席だった。ジゼル役はプリンシパルの近藤亜香(あこ)。近藤は15年にタイトル・ロールのジゼルをオペラ・ハウスで踊り、マッカリスター芸術監督はその舞台のカーテンコールで、近藤の最高位プリンシパルへの昇格を発表した。アルブレヒト役は近藤の実生活での夫君であるプリンシパルのチェンウ・グオ。

バレエ『ジゼル』は1841年にフランスで初演され、主人公ジゼルの純粋な愛と裏切りが描かれている。初演から180年近くが経つわけだが、人の価値観も大きく変わり、高速で移り変わる現代社会の中で、なぜいまだに世界中で上演され続け、人びとを魅了してやまないのだろうか。

普遍のテーマに込められた魂

第1幕では、舞台装置や衣装が秋色のグラデーションに彩られ、質素なたたずまいのジゼルの家からは慎ましいが穏やかな日々が窺(うかが)え、祝祭の中で人びとの生の喜びが息づいている。

第2幕は死の世界。ウィリとは結婚前夜に男に裏切られた処女たちだ。顔をベールで覆い、着ることのできなかったウェディング・ドレスを模した白いドレスをまとい、死霊となっている。第1幕と第2幕が相反する両極の世界を描くように、ジゼルとウィリの女王ミルタも鮮やかに対峙する。

近藤のジゼルは可憐で純粋、でもどこか儚(はかな)げで消え入りそうな死の予感を感じさせた。特に目を引いたのが、近藤の繊細で表情豊かな指使い。恋をした喜び、愛される幸せ、生きている証の踊り、豊かな情感が内なる声になって指先からこぼれ落ちる。

アルブレヒトのジゼルへの思いは戯れであったのかは、ダンサーによって解釈が異なる。グオのアルブレヒトからは、身分を超えてジゼルに対し真摯で純粋な想いを感じた。同夜の公演ではマーカス・モレリと山田悠未(ゆうみ)のペザント・パ・ド・ドゥ(農民の2人踊りの意)も観客に強い印象を与えた。足の甲の柔らかなカーブで小さなステップを美しく刻み、空中をふわりと舞うような山田のダンスは瑞々しい。まだ2人が踊り終わる前に観客は待ちきれずに拍手を送ってしまった。そして、第1幕のクライマックスの有名な狂乱の場面では、髪を下した近藤の眼は宙をさまよい、精神が壊れていく様の演技は圧巻で、涙を誘った。

青白い月の光が鬱蒼(うっそう)とした森を照らす第2幕では、美意識の高い照明デザインがひときわ際立つ。ベールを被り、霧がかった中で踊られる一糸の乱れもないウィリの群舞は、観る者を幽玄の世界に導くようだ。近藤のジゼルは難技巧も息を荒ぐことなく、肉体の在りかを感じさせず、空中を漂うように無音で観客を惹き込んでいく。指先にまで強さを感じさせるウィリの女王ミルタの鋭い視線とステップから、裏切った男への憎しみと復讐が表出。それに対して、死のダンスを命じられたアルブレヒトを守ろうとし、ジゼルは全身で十字を切ってミルタをたじろがせた。深い魂の祈りが込められた近藤のマイムは胸を打つ。

グオの空中で静止したかのような高いジャンプも劇場を沸かせた。天に向かうように何度も飛び続けたアルブレヒトの最後の渾身のジャンプは贖罪(しょくざい)と愛する人への祈りだろうか。鐘の音と共に消えた死者たちの後に現れたのは、朝陽の射し込む浄化された生の世界だった。

愛と死、嫉妬、裏切り、憎しみ、赦し、普遍のテーマを描いた『ジゼル』は、これからもたくさんのすばらしいダンサーたちによって魂を吹き込まれ、時空を超えて生き続けるのだろう。(鑑賞:5月7日/シドニー・オペラ・ハウス)

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