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米国で博士課程を修了して

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今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第73回 米国で博士課程を修了して

突然留学を勧められて

 30歳代も半ばに差し掛かったある春の昼下がりに、勤務している大学の経済学部長の突然の訪問を研究室で受けました。

 私はこれまでに学部長の訪問など受けたことは1度もありません。それほど私はごく普通の教員に過ぎなかったのです。

 学内業務に身を入れることもなし、また学問的にも優れているわけでもなく、年に1本ぐらいの小論を書く程度といった月並みの教師に過ぎませんでした。

 そんな私の所へ学部長が「ちょっと話したいことがあるので」という理由で訪問して来たのです。

 そして学部長は急に、「君、アメリカへ行ってくれんか」、とおっしゃるのです。理由は、文部省から教員の“質的向上”のために資金が出ることになり、「誰かがアメリカの大学へ行かなければならないんだよ」とおっしゃるのです。私がアメリカ留学経験者だからと、「君、アメリカの大学へ1年間行ってくれないかか」とおっしゃるのです。それを聞いて飛び上がらんばかりに驚いたのが本人の私でした。今さらアメリカの大学に留学しようなどという考えは、私には全くありませんでした。

 私は名古屋市立大学の博士課程を出て、やっと職にありついた程度の学力の持ち主でした。したがってアメリカの大学へ留学しなさいと言われても、それに答えられるような実力は私にはありませんでした。「とにかく1年間アメリカの大学で勉強してくれば良い」とおっしゃるのです。

 私は、学部長の言葉に逆らって「行きません」というほどの勇気もなく、承知してしまいました。

 さて、どこの大学へ行ったら良いのやらと悩みました。ジョージア大学でお世話になった先生は、アメリカ政府の高官としてワシントンに勤めていらっしゃるので、その先生に相談すると、「フロリダ州立大学にリチャード・クラフト教授がおられ、その先生は教育経済学の専門家だからその先生を頼って行きなさい」というアドバイスをもらいました。

 そこでフロリダ州立大学のクラフト先生に、「先生の下で勉強したい」という連絡を取ると、幸運にも認めて下さいました。そこで私は、フロリダ州立大学のクラフト先生の下で勉強することにしました。

Ph.Dの勉強を勧められて

 フロリダ州立大学は、州都で人口12、3万人あまりを有するタラハシー市にあり、2万人ほどの学生がいる大きな州立大学でした。

 私は、フロリダ州立大学に着くと、クラフト先生にお会いし、一種の面接のような試験を受けました。

 クラフト先生に私の修士論文をお見せすると、先生は「これを発展させればPh.D(博士)論文にもなるだろう。頑張ってみよう」とおっしゃって下さいました。

 つまり、私を先生のドクター・コースの学生として受け入れて下さったのです。私は、何だか夢を見ているようでした。

 クラフト先生の下でドクターの論文を書くに当たっては条件がありました。それは一般のドクター・コース生として8科目履修すること、という条件でした。

 その条件は私にはとても厳しく、ほぼ毎日大学へ行って講義を受けました。講義の合間は「スダディー・ルーム」にこもって勉強し、更に週末は、ドクター論文の作成準備に時間を費やしたのです。

教育経済学の理論的展開

 教育の充実は、その国の発展の最も基本的な要素だと言えます。それは、若き青年に立派な教育を施せば、それがその国の発展の基本的な条件となるのです。しかし、教育の充実度が実際にその国の経済の発展にどれほど寄与するかということは、数的にこれまで計られて来なかったのです。

 例えば、高等教育に投資をすると、その「収益率=リターン」はどれくらいあるのか、といった教育投資の収益率は、計測される試算はありませんでした。

 つまりこれまで、教育というものは崇高なものであって、「教育に投資をしたら何単位の収益があった」というような数字は顧みなかったのです。

 しかしアメリカでは、とりわけシカゴ大学のG.S.ベッカーという教授が、高等教育への投資も立派な経済行為であり、「収益のない所への投資は無駄である」という考えから「教育投資の収益率産出の必要性」を訴えるようになったのです。

 つまり、「高等教育への費用を掛けることは、純粋に投資行動である」とみなすようになったのです。

 クラフト先生も、カリフォルニア大学バークレイ校で、その流れに従って高等教育の経済性を追求してこられたのです。私がジョージア大学に提出した修士論文の、日本の教育投資の収益性について論述した部分にクラフト先生は目を掛けてくださり、それを理論的な展開をさせたらPh.D論文になる、と指導して下さったのです。

 私は、先生の指導を受けて、日本における教育が経済成長における貢献の度合いを数量的に計測すると共に、高等教育への投資の収益率の算出を求める試算を行いました。

 現在、経済成長の達成を目論む時、そこには投資の増大と人口の増大が必要となるのですが、その人口の増大と言っても、ただ単なる人数合わせの増大ではなく、「質的な向上が人間に体化」されて初めて、経済の効率性が追求されることになるのです。

 従って、人間の質的な向上と経済の成長との間には、正の相関関係がある、ということを追求するのがその論文の主たる目的ととなりました。

 私は、G.S.ベッカーの先駆的な論文を見つけ出し、ベッカーの計算方法を用いて、日本の経済成長における教育水準向上の貢献度を計算し、1つの大きな指針的な論文に仕上げました。クラフト先生は、私の論文の1章ごとに丁寧に目を通して、極めて適切なアドバイスを下さいました。

 そして私は、「An Analysis of Economic Return of Educational Investment: Its Role in Determining the Significance of Educational Planning in Japan」と題するPh.D論文をクラフト先生に提出し、4人からなる審査委員の先生方の口頭試問にも合格し、博士号(Ph.D)を取ることができました。

 思えば、ある日、学部長がアメリカへ行くようにと声を掛けてくださったことを契機に、思いも掛けないPh.Dを頂くことになったのです。本当に人生の不思議さを感じさせてくれるのに十分な出来事であったように思われます。

解説者

岡地勝二

岡地勝二

関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰。

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