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裁判官が着ける馬の毛でできたウィッグの歴史とKCのお話 / 日豪プレス 法律相談室 第89回

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オーストラリア弁護士として30年以上の経験を持つMBA法律事務所共同経営者のミッチェル・クラーク氏が、オーストラリアの法律に関するさまざまな話題・情報を分かりやすく解説!


 オーストラリアの法廷では、裁判官と法廷弁護士(法廷弁論を専門とする弁護士)は、正式な場であることと法史に敬意を表してウィッグ(とガウン)を着用します。こうした慣行は、17世紀の英国から始まりました。

 ウィッグを着けた裁判官と法廷弁護士は、法廷内で特別感があります。近年のインクルーシブ社会において、そうした特別感の必要性が問われ、家庭裁判所を含むオーストラリアの幾つかの裁判所では、裁判官も法廷弁護士もウィッグを着けず、親しみやすさを意図的に出しています。

 ウィッグは1822年より馬のたてがみを使用して作られています。馬の毛でできたウィッグは長持ちするので買い替えることはほとんどありませんが、1つ約1,400豪ドルもします。

 ウィッグを着ければ暑くて汗をかくほどで、裁判中、弁護士はウィッグを外す、というのが今日の慣習になっています。

 しかしそれには条件があり、裁判官がウィッグを外した場合のみ、弁護士も外して良いことになっています。

 オーストラリアの裁判官、法廷弁護士のウィッグ着用は、法服(ガウン)着用が必須となった時に始まり、その特徴ある外見で、裁判官か法廷弁護士であることが一目で分かります。法服制度がなかったころの英国ロンドンでは、弁護士の服装に差があり、きちんとした服装をしているかどうかで偏見が生じる可能性がありました。

 法服制度は、弁護士がユニフォームのようにガウンとウィッグを着用することで、そうした偏見をなくすという目的で開始されました。

 興味深いことに、かつて英国の植民地だったケニアやジンバブエ、ガーナなどでは、今でも法廷でのウィッグ着用が続いています。





 約40年前に英国から独立したジンバブエで、国が経済危機に陥っている中、最近、上級裁判官がウィッグに15万ドルも費やしたということで大きな批判を浴びました。

 アイルランドでは、ウィッグ着用は自由ですが、比較的男性弁護士にウィッグ着用派が多いようです。

 一方、日本は法服としてローブを着用する裁判官はいても、ウィッグを着用することはなく、それに関する決まりもありません。

 日本の弁護士は、正義を意味する16弁のひまわりの中心に秤を配したデザインのバッジ(日本弁護士連合会作製の記章)の着用義務があります。

 オーストラリアにおいて“solicitor”と呼ばれる事務弁護士はウィッグを着用しません。 

 皆さんは “barrister”である法廷弁護士とこの事務弁護士の違いをご存じでしょうか?

  一般的に、前者は法廷で話す弁護士、後者は、証人による陳述書をまとめるなどの証拠収集を担う班のリーダー的役割を果たします。

 何らかの規則で、これらの弁護士が区別されているわけではないので、表向きには、事務弁護士も法廷で話すことができるものの、特に大きな裁判の場合、効率的かつ効果的な責務分担が求められる法曹界において、そういったことはありません。

 証拠収集に集中して力を注ぐ事務弁護士と弁護スキルに長ける法廷弁護士がタッグを組むことで、強力な弁護団となります。

 裁判所に証拠書類を提出する際のルールはかなり専門的かつ厳格なので、不適切な書類は受領されず、それが原因で敗訴する可能性さえあります。

 また、しばしば法廷弁護士費用(A$650/時間)と事務弁護士費用(A$350/時間)に大きな差があるので、定型業務の遂行は事務弁護士に任せることでコストを抑えられるという実利があります。

 法廷弁護士には序列が存在し、トップ階層になると”KC”(King’s Counsel/キングの弁護士)と呼ばれるようになります。

 こうした称号は英国の君主制から来ているので、オーストラリアの第1級の法廷弁護士たちは、2022年9月8日にクイーン・エリザベス2世が他界するまで、 “QC”(Queen’s Counsel/クイーンの弁護士)と呼ばれていました。その時にQCだった弁護士は全員自動的にKCになったわけです。

 これは、法曹界の歴史的瞬間であり、英国ロイヤル・ファミリーの系図を見ると、この先、KCからQCになることは100年以上ないでしょう。

 歴史的に英国との関係が深い(特に英国の法制度を採用している)全ての国で、ウィッグ着用の慣習が続いているわけではありません。

 例えばカナダの弁護士は、高等裁判所でローブを着用しますが(アメリカの弁護士はローブではなくスーツ着用)、ウィッグは着けません。ウィッグ着用の決まりは60年以上も前に廃止になっています。

 ちなみに、植民地時代のアメリカの裁判官はウィッグを着けていました。ウィッグは高価でしたが、アタマジラミ避けになったり、脂ぎった髪よりも見た目が良かったりと重宝でした。

 しかし同時期に起きた2つの出来事がウィッグ時代の終焉につながりました。1つはウィッグ着用時に使用するヘア・パウダーを英国が課税対象にしたこと。そしてアメリカ革命が英国伝統の多くを受け入れなくなったからです。

 最後に、文豪チャールズ・ディケンズのウィッグに関する言葉を引用します。

 “To this it must be added, that life in a wig is to a large class of people much more terrifying and impressive than life with their own head of hair”

 (ウィッグを着けている人の多くは、地毛の人よりもずっと恐ろしくて印象的な人生を送る)

このコラムの著者

ミッチェル・クラーク

MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として30年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート

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