NSW州消防緊急救援隊員福島訪問

2011年3月の被災地救援から5年め

 2011年3月11日、東北地方を襲った地震と津波の報を受け取ると、1月のQLD州の大水害に続いて、ニュージーランドのクライストチャーチ市の震災救援から戻ってきたばかりのNSW州消防緊急救援隊は直ちに72人の都市部捜索救助チームを編成、南三陸町に派遣した。それから5年が経過し、当時、日本でがれきの中から生存者の捜索救助を行ったNSW州消防緊急救援局のロブ・マクニール・アシスタント・コミッショナーが、再び南三陸町を訪れた。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 マクニール氏は、「当時、町はゴミ捨て場のようなありさまだった。完全に破壊されていて、隊員もあれほどひどい惨状を見たことがなかった。隊員も被災地の人々も疲れ切っており、大勢の死者と破壊とが人々の精神にも打撃を与えていた。その精神衛生の管理もしなければならなかった」と語っている。

 オーストラリア・チームは志津川消防団と協同行動したが、消防団も団員が10人津波に呑まれていた。マクニール氏は、「私達は、日本の捜索隊の精神的なサポートを心がけた。私達ができる最善のことは、日本人と一緒にいて精神的な支えになることだったと思う。困難にあっては誰も孤立したくないものだ。だから私達も日本の消防団員が孤立していないということを示したかった」と語っている。

 さらに、「当時4つの問題があった。一つは福島第一原発の放射能だ。余震やそれに伴う津波の心配もあった。また、現場の夜の気温は零下15度から17度で、私達もテントで眠った。毎日のようにオーストラリアのARPANSAや気象庁に連絡を取り、隊員が直面しているリスクを判断した。4,5日は大丈夫だと言うことで安心して南三陸に滞在した」と語っている。

 マクニール氏は、先週、南三陸を訪れ5周年記念式典に参加してきた。「見違えるようだった。がれきはすっかり片付けられ、復興建築が進んでいた。南三陸は町自体を10mから20m高台に移し、将来の津波に備えようとしていた」と語っている。
■ソース
Fukushima anniversary: NSW firefighter Rob McNeil returns five years after devastating tsunami

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