キャンベラに移されていた4万年前の男性帰郷

NSW州南西部マンゴ国立公園のマンゴ・マン

 1974年、NSW州南西部マンゴ国立公園内で遺跡調査をしていた人類学者が人間男性の遺骸を発見した。マンゴ・マンのあだ名をいただいた遺骸は4万年前に生きていた先住民族の先祖と判定され、研究のためキャンベラの豪国立大学(ANU)に移された。

 このほど、マンゴ・マンが4万年間眠っていたマンゴ国立公園に返され、地元先住民族の人々が先祖を迎える儀式を執り行った。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 長年、マンゴ・マンの返還を求めていたマンゴ・マン返還アボリジニ諮問団のメンバーで地元パーカンジのマイケル・ヤング氏は、11月17日の儀式に臨み、「先祖の帰郷は私のオジやオバにとってもようやく胸のつかえが取れた思いだろう。ようやくお帰りなさいということができるのだから。私達の文化にとっても伝統にとってもこれが正しいことなのだから」と語っている。

 マンゴ・マンは、大型動植物の時代に生きており、身長約170cm、年齢は50歳ほどで重い関節炎を患っていた。マンゴ・マンは腕と脚を真っ直ぐに伸ばし、手は腰の前に交差されていた。また、遺体は200km以上も離れた地域で採れるオーカーに覆われていた。その埋葬の仕方が研究者の関心を呼び、「コミュニティの間で高く尊敬されていた人物」と考えられている。

 このような儀式的な埋葬法は、ヨーロッパでネアンデルタール人が暮らしていた頃にオーストラリアの初期アボリジニが明確な信仰や埋葬法を確立していたことを意味している。キャンベラに移された後、マンゴ・マンの研究からオーストラリア大陸でのアボリジニの考古学的な知識が大きく発展したが、地元アボリジニ・グループにとっては民族的な痛みをもたらした。

 発見地のレーク・マンゴ周辺はムチ・ムチ、ニジアンパ、パーカンジの3アボリジニ・グループが土地とのつながりを持っている。

 地学者のジム・ボウラー氏は、マンゴ・マンをキャンベラに移すことで科学的な研究は大きく進んだが、同時に地元アボリジニ・グループは不正義が行われたと考えている。ANUの研究者は、移した遺物をすべて元の地に返すことにした。私達は長年連邦や州の政府にマンゴ・マンを適切に安置する施設を造るよう求めてきたが実現していない、と語っている。
■ソース
Mungo Man returned to ancestral home where he died 40,000 years ago

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