坐禅修行/花のある生活

花のある生活 第38回
─ flower in life ─

坐禅修行

いけばなも坐禅も、花と語らい自分と語らい、花をいけて自分をいける。心静かに花材を見つめ自分も見つめて、美しい花をいけてみませんか
いけばなも坐禅も、花と語らい自分と語らい、花をいけて自分をいける。心静かに花材を見つめ自分も見つめて、美しい花をいけてみませんか

 青もみじの季節に京都の禅寺へ坐禅修行に行かせて頂きました。無心さを欠くと、虫の声や雑音が騒がしく耳に入ってくると聞いていたので、参加する前から、自らの雑念が周囲に知れないだろうかと少々懸念しました。友人には挑戦する前から結果を心配しては良くないと苦言を呈され、確かに私はいつもそうだと考え方の癖を省みたりと、坐禅の前から既に修行道を歩むこととなりました。

 華道のお稽古においても、安全牌とならず、結果を恐れずやってみること、いつもやらないことに挑戦してみることだとご指導頂きます。最近、私が読んだ本の中にも、「卵を割らなければオムレツは作れない」というフランスのことわざがあり、解釈はそれぞれだと思いますが、とても勇気を頂きます。自分の殻を割ることでしか得られない何かがあり、また行動なしでは結果は得られないなら、挑戦してみるしかありません。

 坐禅というと自分と向き合って無になるイメージですが、私が体験したものは「ゆるめる、ほどく、手放す」ことがエッセンスとなっていました。肩肘(ひじ)を張って頑張ることも大切ですが、肩の力を抜いて手放してみることがあってもいい。例えば蚊に刺された痒みを掻かないように、時間が経ってその痒みがなくなるまで待ってみよう。と、坐禅指導の僧侶が申されました。力みから解放していくことは、とても難しいことに感じます。

 狙いや計らいごとを持たないで座ること。それは1つの挑戦かもしれません。坐禅や瞑想のように自分と向き合う時間があれば、虫の声や雑音にどのように感情が動かされるのだろうと、1度自分の心の声を聞いてみるのもいいかもしれません。もしかしたら次からは心が静寂に包まれ、騒がしいほどの音は聞こえなくなるかもしれないですね。

このコラムの著者

Yoshimi

Yoshimi

いけばな講師。幼少期より草月流を学ぶ。シンガポールでの華道活動を経て、現在はシドニーでいけばな文化芸術の発展に務める。令和元年には世界遺産オペラ・ハウスで日本伝統芸能祭に出演。華道教室を主宰。オンライン・レッスン開催中。
Web: 7elements.me

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