ラジオ・TVプレゼンターのロン・ケーシー氏死去、89歳

人種差別発言でしばしば論議と舌禍招く

 1980年代から90年代にかけてラジオやTVで人種差別的な発言を行い、論議を呼び、番組謹慎を受けるなどしたロン・ケーシー氏がシドニーのロイヤル・ノース・ショア院で死去した。89歳。
 ABC放送(電子版)が伝えた。

 1990年代、番組放送中に携帯電話メーカー「ノキア」の名前が出たところで、「また、ジャパニーズか」と発言し、ノキアなどのスポンサーが降り、番組が終わったといういわくも残している(ノキアは日本語的な名称だがフィンランド企業)。

 ケーシー氏は聴取者電話番組を持ち、移民問題などで反アジア的な発言で知られ、攻撃的なスタイルや激論で「controversy king」のあだ名を受けた。

 ひときわ話題を呼んだのは、1991年に、チャネル9の「ミッドデー・ショー」の「共和制」をテーマにした討論で元ロック・シンガーでベトナム戦争従軍経験のあるノーミー・ロウ氏と立ち上がっての口論になり、ロウ氏がケーシー氏を突いて、イスに押し戻したところ、ケーシー氏がロウ氏に殴りかかった。この場面が電波で放送され、TV界での話題を残している。

 ケーシー氏は1948年にシドニーの2KYラジオを手始めにやがてテレビ放送に移り、チャネル9とチャネル10でスポーツ・ジャーナリストとして知られるようになった。

 1988年、ケーシー氏は、オーストラリアのテレビ放送とスポーツに対する貢献を称えられ、オーストラリア勲章(OA)を受けている。
■ソース
Ron Casey, controversial Sydney broadcaster and TV presenter, dead at 89

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