ゼッド・セセルジャ社会サービス・多文化主義問題担当補佐大臣

政界こぼれ話人物編 その202

ゼッド・セセルジャ社会サービス・多文化主義問題担当補佐大臣


自由党のゼッド・セセルジャ社会サービス・多文化主義問題担当補佐大臣は、1977年3月27日に首都キャンベラで誕生している(40歳)。セセルジャは生まれも育ちも、そして成人してからも、一貫してキャンベラに在住する生粋のキャンベラ人である。

両親はクロアチアからの移民で、決して裕福な実家ではなかった。両親がキャンベラで結婚した時には、2人とも2つの職を抱えていたという。

そのためセセルジャも、地元の豪州国立大学法学部に入学後は、スーパーマーケットの店員や高校の清掃人のアルバイトの仕事に就いている。

大学卒業後の2000年には、連邦の運輸・地方サービス省に入省し、法務担当の連邦公務員となっている。公務員を4年間経験した後、04年10月のAC

T選挙に自由党より出馬して見事初当選。即座に影の閣僚となり、また早くも07年12月には、ACT野党自由党のリーダーに就任している。

13年6月まで同ポストに在任した。その間にACTでは08年及び12年と、2回の選挙が実施されたが、セセルジャ率いる野党自由党は敗北を喫したものの、どちらも善戦している(注:与党労働党はグリーンズ党の支持を得て政権を維持。そもそもACTは「公務員の街」であることから、保守政党よりは「大きな政府」を標榜する労働党の地盤と言える)。

ところが13年に入ると、セセルジャは連邦政界への鞍替えを画策し、かなり揉めたものの、党内予備選挙で現役のハンフリーズ上院議員を破り、ACT連邦自由党上院議員候補となった。そして13年連邦上院選挙で初当選を果たし、また16年選挙でも連続勝利している(注:ACT及びNTの計4人の連邦上院議員の任期は下院の任期に連動している)。しかも16年7月選挙後のターンブル第2次保守連合政権の組閣では、社会サービス・多文化主義問題担当補佐大臣として(注:かつての政務次官ポスト)、フロント・ベンチ入りを果たした。

思想、信条だが、セセルジャは自由党内の右派、それも強硬右派に分類され、敬虔なカトリック教徒ということもあって、社会政策分野では極めて保守的である。例えば現在ホット・イシューとなっている、同性愛者間婚姻の法的認知には強く反対している。

ちなみに思想的にはアボット前首相に近く、実際にアボットとターンブルとのリーダーシップ争いでは、アボットの中核支持者の1人であった。ただし自身の出自もあってか、貧困者の救済問題などには熱心である。

小規模なACTとはいえ、若くして大政党の自由党のリーダーを務めたセセルジャは、弁も立つし、指導力も具えている。自由党若手有望株の1人と言えよう。家族は妻のロズリンと5人の子どもである。

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