第3回 元発行人のローマ便り

元発行人のローマ便り 第3回

第65回サンレモ音楽祭が2月10日から14日まで開催。最初はそのつもりはなかったのですが、心境の変化で見に行ってきました。

行こうと決めたのは良かったのですが、チケット購入に関して散々な目に会いました。こんなに大きな音楽祭なのに、ローマではチケットを買えるような機関というか窓口が一切なし。いろいろ聞いてみると、宿泊ホテルのコンシアージで頼むのが一番とか。ホテル住まいではないので、それは不可能。サンレモに入る前にベニスに数泊する予定でしたが、ステイするホテルの女性マネージャーには大分前に一面識があったので、そこにスカイプして、彼女にチケットとホテルを見つけて欲しいと話すと、彼女は心ここにあらずという感じで、これはダメだと直感しました。後で分かったことは、この女性は世界中にあるこのホテルの系列で長い間マネージャーを務めてきたのですが、クビを宣告され、2月末で終了というドラマの最中でした。会ったらガンと文句を言おうと勇み足だったのですが、事情が分かると慰め役に徹しました。オーナーがロシアの大財閥に変わったことで起きた気の毒なハプニングでした。
 結局、チケットもホテルもウェブでゲットしたのですが、なんせここはイタリア、詐欺だったらどうしようと気が気ではなかったです(小心者なので)。


サンレモのビーチ沿い

とりあえず、サンレモの町とサンレモ音楽祭をブリーフィング。

サンレモは、フランスとの国境近くにある地中海に面した町。イタリアのリビエラと称される、風光明媚な地域です。ローマから汽車で約5時間ぐらい。ここにはサンレモ音楽祭を見るため、大昔1974年に訪れていますが、今回40年ぶりに再訪して思ったのは、こんなに明るくエレガントなとこだったのかいなという驚きです。40年前は何だか貧乏くさい港町だなという印象しかなかったのですが、今回はミニ・サイズのカンヌのような華やぎと洗練が町中にあふれていました。


サンレモの町並み

サンレモ音楽祭は、51年からスタートした歴史のある音楽祭。世界的に注目されたのは、58年の優勝曲「ボラーレ」が世界的にヒットしたため。日本で市民権を得たのは、64年の優勝曲、ジリオラ・チンクェッティの「夢見る想い」が大ヒットしたことで。以降80年ごろまでカンツォーネ(イタリアの歌)・ブームが続きました。

65年には日本から伊東ゆかりが初出場し、見事「恋する瞳」で入賞。数年後には、今は亡き岸洋子が「今宵あなたが聞く歌は」という曲をひっさげて出場し、これも入賞。昔は1曲を歌手2人が歌っていましたが、70年ごろからは1人1曲に落ちついています。

昔は、音楽祭の様相はとてもシンプルで、3晩開催され、最初と次の夜は予選でそれぞれ半分が残り、最後の夜の決勝戦で優勝曲が決まるというシステムでした。今は5晩に渡って開催され、さまざまな催しが付け加えられています。

サンレモ音楽祭も以前のようなイタリアのザ・音楽祭という名声はなく、RAIという国営テレビ放送局からリアル・タイムで中継されますが、視聴率もどんどん落ちているそうです。というわけで、いろいろな新企画を付け加えているみたいです。この辺は少し「紅白歌合戦」に似てますね。そうそう、サンレモからローマに帰ってきて、行きつけのリストランテへ行きいつもサーブしてくれるウエイトレスのお姉ちゃんに、サンレモ音楽祭を見に行ったことを自慢げに報告しようと口を開くと、「サンレモ音楽祭?何なのそれは」と逆質問されたのには、ショックを受けました。


アリストン劇場

さて今年のサンレモ音楽祭。5日5晩は体力も財力も続かないので、3、4、5の3晩に行きました。開催場はアリストン劇場で小規模な劇場です。74年には、たしかカジノに併設されていた小劇場での音楽祭でした。音楽祭は午後8時半にスタートし、午前1時に終わるというスケジュール。劇場の前にはレッド・カーペットが敷かれており、スターも観客もここを歩いて劇場へ入るとのこと。周りはスターをひと目見ようと黒山の人だかり。レッド・カーペットを歩くなんて、そんな恥ずかしいことはできませんので、サイドにあるドアから、ガードマンにチケットを見せて横入り。

最初の夜は、ちょうど新人コンテストの最終日で優勝曲が発表され、優勝者を表彰。ピアノを弾きながら歌ったシシリー出身のヒョロッとした青年。何の興味もわきません。次はベテランによる、サンレモから出たこれまでのヒット曲によるコンペティション。ご丁寧に優勝者に優勝の彫像が授与されていました。内心こんなことをやってるから、サンレモの価値が落ちるんだよと毒づいていましたが。


優勝を果たしたイル・ヴォロ

次の晩は予選曲20曲が歌われ、16曲が次の最終日に残ります。ここで運命的な出会い(大げさ!)となった曲と歌手(正確には歌手たち)。イケメン1人とイケメン未満2人で構成された、Il Volo(イル・ヴォロ=飛行という意味だそうです)というテノール・デュオ・グループで、「グランデ・アモーレ」という曲です。聞いてすぐ、この曲が優勝すると確信しました。簡単に言ってしまえば、日本でも大人気のイル・デイーヴォのジュニア版という感じですが、デイーヴォがオッサンたちが甘ったるい歌をトロトロ歌うのに対して、20歳の青年たちは、パンチとパワーがあり、信じられない歌唱力です。

さっそくネットでチェックしました。2009年のイタリアのジュニア版「ボイス」のような人気歌番組に挑戦した3人。結局優勝したのはイケメンのジャンルーカ・ジノーブル。ところがショーのプロデューサーのひらめきで、3人をグループにして17歳でプロ・デビューさせたところ、イタリアで一躍爆発的な人気グループに。そこからヨーロッパとアメリカへ乗り込み大成功。あっという間にスターになったというサクセス・ストーリーです。日本でも必ずいつか火がつくと期待しています。


優勝者が決まった瞬間

最終日。すべての歌が歌われた後どんどん順位が発表され、1位と2位を残すのみに。残ったのは、もちろんイル・ヴォロとネックというベテラン男性歌手。司会者の「優勝はイル・ヴォロ!」という発表に観客は総立ちで拍手を。子どもも喜ぶ(終わったのが2時半という時刻なのに、かなりの数の子どもたちが観客の中に居て驚きました)、大人も喜ぶ、ボディコンのマイクロ・ミニのお姉ちゃんも喜ぶ(久しぶりに見ました)、日本人のオッサンも喜ぶ、世の中、平和なんだなぁ、幸せなんだなぁと、束の間の痴呆の時間を味わいました。会場を出ると小雨が。こんな時間なのに劇場前は人の山。歌うアホウに見るアホウ。同じアホウなら歌わにゃソンソンとばかり、うろ覚えの「グランデ・アモーレ」を歌いながらホテルへの道を急ぎました。(元発行人 坂井健二)

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