日本人の国民性と日本社会―原発問題を考える㉘

ルポ:シリーズ・原発問題を考える㉘

「日本人の国民性と日本社会」

─海外に移住するという選択・その2

世界有数のウラン輸出国として原発産業を支えつつ、自国内には原子力発電所を持たない国オーストラリア。被ばく国であるにもかかわらず、狭い国土に世界第3位の原発数を誇る原発大国・日本。原発を巡る両国のねじれた構造を、オーストラリアに根を張る日系媒体が取り上げないのはそれこそいびつだ。ルポ・シリーズ「原発問題を考える」では、原発を取り巻くさまざまな状況を記者の視点からまとめていく。 取材・文=馬場一哉(編集部)

福島第一原発事故後、東京に住む記者の周りでも多くの人々が自主避難を行った。当時川崎市に住んでいた知人女性は、事故後翌々日には子どもを連れて西日本へ飛んでいた。また、記者の親戚でもあるニュージーランド人は本国の両親からすぐ国外へ出るように言われ、事故当日にはすでに空港までのヘリコプターのチャーターを検討していた。結局電車で移動し国外に出ていたが、当時特に外国人は我先にと国外へ出て行っていたことが非常に強く印象に残っている。

一方で、容易に仕事を休むわけにもいかず、多少の不安を感じながらも「ただちに影響ない」という題目を一応信じ都内にとどまった多くの人々は気休めにマスクをしながら日々を過ごした。もちろん記者もその中の1人であった。しかし段々とその状況にも慣れていき、大半の人々は「まあ大丈夫だろう」という日和見主義者となっていった。そうならざるを得なかったというのが正直なところだろうか。

だが、そのうち人々の間では放射能を恐れて避難しているような人々を「過剰反応」として切り捨てるような空気感が生まれた。そして「危険」と声を挙げる人々の意見は「風評被害」と呼ばれるようになり、声を上げづらくなっていった。

尾賀元夫妻が住んでいた関東南部は線量としては安全とされていたがそれでも不安はぬぐえなかったそうだ
尾賀元夫妻が住んでいた関東南部は線量としては安全とされていたがそれでも不安はぬぐえなかったそうだ

だが、いったいどこからどこまでが安全なのか。100キロ、200キロ、300キロと離れていれば大丈夫なのか。空間線量のモニターの数値に従っていれば安心なのか。そもそも基準値は妥当なものなのだろうか。

結局のところ自分の身は自分で守るしかないというのが結論になってしまうのが今の日本社会の実情だ。さまざまな情報を収集した上で自身のモノサシでそれらを測り、判断するしかない。その結果安全だと判断する人もいれば、思い切って日本を離れ海外移住という選択をする人もいるのである。

当連載では海外の日系メディアだからこそ提供できる情報として、前回から実際に原発事故をきっかけに海外(オーストラリア)移住を選択した人々の声をお届けしている。前回に引き続き、シドニーへの移住を果たした尾賀元芳明さん、妻ナディアさんへのインタビューを紹介したい。

国民の意識の違い

(前回からの続き)

──シドニー以外にもさまざまな国・地域をリサーチ旅行で訪れたと伺っていますが、結果的に移住先としてシドニーを選ばれた理由は何なのでしょうか。

「1年半前のリサーチ旅行でこの都市の文化の多様性を見て、西洋人と東洋人(日本人)のカップルの私たちの居住地として非常に魅力的だと可能性を感じたからです」

──現在は学生ビザでの滞在を余儀なくされているそうですが、定住を達成するためにどのようなアクションを考えていますか。

「まずはしっかりとした仕事を見つけることです、その上で就労ビザの取得を目指しています」

──前回お話を伺ったとおり奥様はチェルノブイリの事故の影響で現在も定期的な検査が必要な状態ですが、不運にも今度は当時住んでいた日本で原発事故が起きてしまいました。そうした奥様の立場における思いなどもふまえた上で当時の日本政府の原発対応などに対するご意見があれば教えてください。また今後どう推移していくことを望みますか。

「事故当時に政権を担当していた民主党の責任を論じる意見もありますが、個人的にはどの政党であっても似たような対応になっていたのではないかと考えています。これは政治的というよりも文化的な面、日本人の国民性や日本文化にもよく見られる日本のものの考え方に関係があると思います」

──政権うんぬんではなく、そもそもの日本社会のありようが反映されたというわけですね。

「はい。集団の中での調和が重んじられ個人の人格形成があまり重視されない社会です。OECDの調査結果にもありますが日本には個人としての有能な科学者は多いが一般的には総じて科学的なモノの考え方ができる人、知識を持っている人が欧米と比較して少ないと言われています。また、革命の経験がなく体制に対し反対意見を述べて対立するような文化・歴史的なバック・グラウンドがない点、縦割りやヒエラルキーが非常に強い社会システムなども挙げられます。過去の広島・長崎、水俣などの経験がうまく活用されないなどの文化的背景もそこには含まれます」

──なるほど。

「日本は工業に依存した産業構造を持ち、たいへん多くの人口を持つ国で大量の電力を必要とする一方、資源が少ないです。そういった状況が原発への依存を生んだ一番の原因だと私たちは考えています。また、プルトニウムの保持と核兵器の開発という野心を持ちながらプルサーマル計画を含む原発を60年以上推進してきた自民党政権のポリシーと産業界・経済界の利益との一致、またアメリカとの深い政治的関係にも大きな原因があるでしょう」

──世界的な原発産業の仕組みの中にどっぷり漬かっているのは間違いないですよね。

「反原発運動とデモが一時的に盛り上がりを見せ、60年代の学生運動を経験した世代の人たちから期待の声が上がったりもしました。しかし、歴史は繰り返します。原発反対運動は急速に減退し、今は跡形もない状況です。原発再稼働は経済の発展や公共の利益のためには仕方がないし、当たり前という雰囲気が日本社会には蔓延しています。個人的には原発に関して政府には何も期待していませんし、産業構造やアメリカの存在などほかの要因の比重が大きすぎると考えています」

──結局のところ、アメリカ次第なのではないかと考えてしまいますね。ところでオーストラリアもまたウラン採掘で原発産業を支えている国です。そのことに関して何かしら考えがあれば教えてください。

「オーストラリアはウラン採掘で他国の原発産業を支え、また利益を得ており、福島で使われていた核燃料もオーストラリア産であることは事実として公表されています。しかし、オセアニアの2国(オーストラリア、ニュージーランド)は、反核のポリシーでも知られています」

──オーストラリア国内には実験施設はあるものの原子力発電所はありません。

「はい。政治的・歴史的な背景もあり、60年代からの南太平洋でのフランスの核実験に対する反発や危機感などからオセアニアは反核意識を強く持っています。また日本と比べ、アメリカとの政治的、軍事的な言わば従属的関係が比較的低いことも原因として挙げられます。そのほか日本と比較するとオーストラリアは一般国民の環境意識が高いことや科学知識が豊富という違いもありますね」

──なるほど。そのあたりも移住の決め手になったのですね。

「はい。他にも地震が少ない地理的な条件、妻の生まれ育った国に近い気候など複数の要素を考え合わせてオーストラリアを住む場所に決めました。その選択は今でも間違っていなかったと思っています」

──ですが、オーストラリアでもたびたび原子力発電所の建設の話が持ち上がります。注視していかねばならないですね。本日はどうもありがとうございました。(了)

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