新・豪リークス/「ゲノム解析でコアラを救え!」

現在TBSのシドニー通信員を務める筆者が、オーストラリアの“ホット”な話題を独自の視点で分析する。あっと驚く“裏情報”や“暴露(リーク)情報”も!?

第25回 「ゲノム解析でコアラを救え!」

今年7月、オーストラリアの研究者らがコアラのゲノムの解読に成功したと発表した。これにより、干ばつによる深林火災や原因不明の感染症などでその数が減少している野生のコアラを救うための有効な情報が得られたという。

◇野生のコアラが餓死の危機

メルボルン市内から約250キロ東に位置するレイモンド島。野生のコアラの生息地として有名なこの島には、770ヘクタールの広さに約250頭のコアラと470人余りの住民が居住しているが、現在オーストラリア南東部の50年ぶりの記録的な干ばつの影響や極度の乾燥による森林火災を防ぐため、当局が木の伐採を進めた。その結果、コアラの餌となるユーカリが不足してしまい、多くのコアラが餓死する事態となった。「これほどのコアラが施設に運び込まれてきたことは今までなかった。本当に深刻です」と、レイモンド島内にあるコアラの保護施設のスタッフは地元メディアの取材に語った。

かつてオーストラリア全土に数百万頭いたという野生のコアラだが、毛皮などを目的とした人間の乱獲により激減。今ではその数が9万頭以下に落ち込んだと見られている。オーストラリアの一部の州は、コアラを絶滅が危惧される「危急種」に指定しているが、生息地によっては集団の分断化で個体が増えすぎてしまった場所もあり、失明や不妊の原因となる感染症のクラミジアなども蔓延している。

有毒なユーカリを餌とするコアラは、一部地域で絶滅が危惧されている(筆者撮影)
有毒なユーカリを餌とするコアラは、一部地域で絶滅が危惧されている(筆者撮影)

コアラがかかるクラミジアとは、人間と同じで性交渉により感染する性感染症で、近親交配もその一因と見られている。放っておくと肝炎や肺炎を起こし、最悪死に至るこのクラミジアに感染すると、レトロウイルスへの感染率が高くなり、いわゆる“コアラエイズ(KIDS)”を発症する個体も増えているというのだ。

大気中の二酸化炭素の増加によりコアラが食べるユーカリの栄養分が減り、コアラが飢餓状態に陥る可能性があるとの報告もある。農地造成や住宅開発による生息地の減少と相まって、もしこのまま何も対策を行わなければ、野生のコアラが今後30年で絶滅する恐れがあると、保護団体のコアラ基金などが警鐘を鳴らしている。

◇コアラのゲノム解読に成功

今年7月3日、オーストラリア博物館主導の「コアラゲノム・コンソーシアム」の研究者らが、世界で初めてコアラの持つゲノム(全遺伝子情報)を解読したと発表した。日本を含む7カ国、54人からなる国際研究チームは、次世代シーケンサー(遺伝子塩基配列解読装置)と光学マッピングを用い、高品質で精度の高いコアラのゲノム配列を5年の歳月を掛けて解読した。これにより、コアラの生態や免疫システムの解明、クラミジアなどの感炎症ワクチンの改良が期待できるという。研究チームを指導したシドニー大学キャサリン・ベロフ比較ゲノム学教授は「研究チームは、2万6,000個以上のコアラの遺伝子を調べました。この結果、コアラが有毒のユーカリやクラミジア菌をどう体内で対処しているのかを理解することができました」と話す。

ベロフ教授によると、コアラは毒性があるユーカリの葉のごく限られた種類だけを餌として食べているが、このゲノム解析により、コアラの持つ解毒酵素の遺伝子情報が他の動物の約2倍あることが判明した。その遺伝子が過去のどこかの時点で複製されたことで、コアラの解毒システムが強力に進化したと考えられるという。

また、コアラは毒を苦味として感じることができる苦味受容体という遺伝子を多く持っていて、これにより安全なユーカリの葉を選んで食べることができる。この分野の解析は、日本の京都大学霊長類研究所の早川卓司特定助教(ゲノム科学)が担当した。

日本を含む国際研究チームが解読したコアラのゲノム配列(写真提供:オーストラリア博物館)
日本を含む国際研究チームが解読したコアラのゲノム配列(写真提供:オーストラリア博物館)

「私たちは、コアラの赤ちゃんが強い免疫システムを持つことに注目しました。コアラは生後半年ほど母親の袋の中で母乳を飲んで育ちますが、コアラの赤ちゃんを母親の袋の中から出して処置を行い、再び母親の元へ戻しても感染症を引き起こすようなことはありません。それは、コアラのミルクの中に、赤ちゃんを菌から守る小さなペプチドを生成する遺伝子が含まれているからです」(ベロフ教授)

今回の研究により、35億の塩基対からなるコアラのゲノムが、人間のゲノムに類似していていることも分かった。コアラの強力な解毒システムを解明すれば、肺炎や敗血症などの感染症の起因菌である黄色ブドウ球菌の解毒剤開発にもつながるというのだ。

◇コアラ保護活動の進展に期待

日本人観光客にコアラの保護について説明するフェザーデール・ワイルドライフ・パークのセーラ・アングさん(写真右、筆者撮影)
日本人観光客にコアラの保護について説明するフェザーデール・ワイルドライフ・パークのセーラ・アングさん(写真右、筆者撮影)

日本からの観光客も多く訪れ、約50頭のコアラを間近に見ることができるシドニー郊外の「フェザーデール・ワイルドライフ・パーク」。ゲノム解読用のDNAサンプルの多くは、ここで飼育されているコアラから採取された。

日本語が堪能な広報担当のセーラ・アングさんは「コアラと一緒に撮ることができる写真撮影料金の一部をユーカリの植樹のために寄付しています。コアラは中国のパンダと同じように大切な動物だと私たちは信じています」と強調する。

オーストラリアだけに生息するコアラは、生息地の減少、地球温暖化などによる環境の変化、感染症の蔓延などにより、今まさに脅威にさらされている。今回の研究では、コアラの過去の個体変動やレトロウイルス感染に関する遺伝子なども同定された。病気のコアラの40%が感染しているというクラミジアの予防ワクチンの開発、改良についても大いに役立つ情報が得られたという。

特有な生態を持ち、乱獲などの過酷な環境の中で生き延びてきたコアラ。ゲノム解析により、今後より科学的で効果的なコアラの保護活動が進むと期待されている。


飯島浩樹(いいじま・ひろき)
日本の民放キー局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。ウーロンゴン大学院でジャーナリズム修士号を取得後、TBSのシドニー五輪支局現地代表となる。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・リポートを日本に送っている。2017年8月より、FCAオーストラリア・南太平洋海外特派員協会会長を務める。

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